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ライフスタイル最終更新日:2024.07.05 公開日:2024.07.05

『イタリア発 大矢アキオ ロレンツォの今日もクルマでアンディアーモ!』第51回──【Movie】ベスパ大好き!青年の主張 Vespa World Days 2024

イタリア・シエナ在住の人気コラムニスト、大矢アキオ ロレンツォがヨーロッパのクルマ事情をお届けする連載企画。第51回は、いまイタリアの若者たちの間で人気再燃中の「ベスパ」の魅力について迫ります。

文と写真=大矢アキオ ロレンツォ(Akio Lorenzo OYA)

2024年4月20日、イタリア・ポンテデラ市で開催された「ベスパ・ワールドデイズ2024」のパレード。

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生まれ故郷で世界大会

イタリアを代表するスクーターのひとつ「ベスパ」のファン大会「ベスパ・ワールドデイズ2024」が、イタリアのトスカーナ州ポンテデラで、4月18日から21日の4日間にわたって開催された。

ポンテデラは1946年以来、ベスパの生産地として知られる。2004年はメーカーであるピアッジオ社が創立140年、ポンテデラ工場100年という節目であることから、同地が選ばれた。期間中は55の国・地域のベスパ・ワールドクラブによる協力のもと、推定3万人以上のファンと約2万台の新旧ベスパが参集した。

主催者発表によると、地域別ではドイツ、フランス、イギリス、スペイン、オーストリアそしてスイスからの来場者が特に多かった。またオーストラリア、香港、日本、メキシコ、アルゼンチン、フィリピン、アメリカ、カナダ、コロンビアといった遠来参加者たちも会場を賑わせた。

市内の広場で。英国から参加したケヴィン・ホッグソンさんは元・庭師。引退後の人生をベスパと過ごしている。

ドイツのドルトムントからやってきたヘラルト&ジークリート夫妻。サイドカーはドイツ製、写真では見えにくいが後方のトレーラーは英国製であることからしても、ベスパ用社外アクセサリーの豊富さが窺える。

往年のイタリア郵便配達員のコスチューム・プレイ。スピーカーから古いカンツォーネを流していた。

ポンテデラは1946年以来のベスパ生産拠点。市内にある「ピアッジオ・ミュージアム」も期間中、参加者に開放された。

1945年の試作車。この時点の社内呼称は、イタリア語でハチを意味するVespaではなく、パペリーノ(Paperino ドナルドダック)だった。

“4輪のベスパ”としてフランスのACMA(アクマ)社で1957年から61年に製造された「ベスパ400(左から3台め)」も。2台が参加した。走行シーンは動画をご覧いただきたい。

ポンテデラ市内でも、ベスパをかたどったアートなど、さまざまなイベントが企画された。地元商店主たちもベスパやそれを模したオブジェをウィンドウに飾って盛り上げた。

アーティスト、パオロ・アミーコ画伯のライブ・パフォーマンス。ベスパのタイヤにアクリル絵の具を付着させ、生みの親であるコラディーノ・ダスカーニョ技師を描く。

市内には、ベスパが登場する歴代3映画に着想を得た巨大ベスパが展示された。これはいうまでもなく1953年の「ローマの休日」。

商店街各店のウインドウには期間中、ベスパにまつわるディスプレイが施された。

自作のプレートを吊り下げたゴールドジュエリー工房のステファニアさん(中央)。

3日目の20日土曜日はクライマックスであるにもかかわらず、朝から大雨に見舞われた。しかしパレードの出発時刻近くになると一転。陽光が参加者たちのベスパに降り注ぎ始めた。上空に三色旗のスモークが飛行機によって描かれたあと、ベスパ・ワールドデイズ史上最多となる1万5千台が最前列から最後尾まで約1時間かけて出発。約20キロメートル離れた村へのツーリングを楽しんだ。

スイス・ベルンのベスパ・クラブがスタートの合図を待つ。

パレード。スタートの合図とともに、参加者は次々とキックスターターを蹴ったり、スタータースイッチを押した。手前はファンの間で人気の“フェンダーライト”モデルだ。

先頭左は地元ポンテデラの、右はサルデーニャ島イグレシアスのクラブメンバー。

全車が出発するまで1時間以上。まさにハチの大群のようなエンジン音が企業城下町に響き渡った。

タッチで交流するギャラリー&エントラントも多数。

フランス東部アルザス地方ストラスブールのクラブは、地域の名物コウノトリのコスプレで参加した。

若者ファンが魅了される理由

期間中、参加者たちのベース「ベスパ・ヴィレッジ」に充てられたのは、市内のメルカート広場である。名前から想像できるように、普段は青空市場用の巨大スペースだ。そこでは、熟練愛好家とともに、若めのファンもたびたびみられた。

「50」「PX」といった、いわゆる“ヴィンティッジ系”ベスパがヨーロッパの若者の間で好評を得ているのは、そのスタイルだけではない。理由は3つある。

ひとつは入手が容易なことである。4輪・2輪系スワップミートで、ベスパは、極上ものだと円安もあって百万円級に達するが、未再生だと50万円台前後のものが見つかる。

イタリアでは、多くの家庭が「カンティーナ」と呼ばれる広い物置を所有しているのも、ベスパにアプローチしやすい秘密だ。カンティーナ内の保管品は多くが家財道具だが、それだけではない。かつて筆者の近所に住んでいたお年寄りは、普段は乗らない「フィアット600」1台ばかりか、予備のシャシーや無数のタイヤまで収めていた。ゆえに昔使われていたベスパの1台や2台が眠っているのはよくあることで、それらを若い世代が引っ張り出して、趣味として再生するのである。実際、動画の中に出てくるトスカーナ州に住むフランチェスコさん(18歳)も、祖父が持っていたベスパ50を10年がかりでこつこつとレストア。パレードに参加した。

「ヴェスパ・ヴィレッジ」と名づけられたベース内で。これはサドルのショップ。

トスカーナ州コッレサルヴェッティから父ニコラさん(右)と参加したフランチェスコさん(左)。

若い世代に人気の理由第2は、部品入手やチューンが容易であることだ。2輪系のスワップミートでは、プロだけでなく、個人もたびたびベスパの部品を模擬店感覚で展開している。近年ではインターネットでもサードパーティー部品が数多く手に入る。加えて、イタリアには古くからベスパを手掛けている、日本でいうところの間口一間のような修理工場がちょっとした街なら必ず1軒はあって、夕方になると若者たちの溜まり場になっていたりする。

そして最後は、ベスパを通じた「つながり」である。イタリアでは、かつてベスパを直したことがある人が家族や親戚、近所に大抵一人はいて、レストアに関する助言を得られる。フランチェスコさん同様動画に登場してくれたクリスティアンさん(33歳)は、兄の影響を受けてベスパ道に入門。今回もその兄から譲り受けたというベスパ「125プリマヴェラ」で参加した。

他では得られない「友情」

つながりといえば、さらに素晴らしいコメントを残してくれたのは、兄とともにスペイン・カタロニア地方から参加したロジェさんである。愛車は1973年の「160gt」。当時スペイン工場で組み立てられたモデルだ。

ロジェさんは「ベスパ愛好家の多くは、道端で他のベスパが故障で立ち往生していると、自分も道路脇に停めて修理を手伝います。この友情は、同じ2輪でも他ブランドではなかなか見られないものです」と熱く語った。

最終日、2025年のベスパ・ワールデイズ開催地はスペインの港湾都市ヒホンであることが発表された。ロジェさんの国だ。彼は「今回のポンテデラのオーガナイズは素晴らしく、それを超えるのはけっして容易ではないでしょう」としながらも、「世界のベスピスタ(ベスパファン)が私たちの文化、ホスピタリティ、景観、美食を知ってくれることは、なによりもの誇りです」と語った。

他ブランドではできない、さまざまな体験が、これからも若いベスパファンたちを魅了し続ける。

スペインからやってきたロジェさん(36歳)。愛車160gtは故郷のスペイン工場製である。

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