片岡義男の回顧録 番外編#2──『昔々、ある夏の日に』でボビーが乗っていたオートバイは何だったのか
片岡義男の小説に登場する正体不明のオートバイを、小説内の描写を手掛かりに推理する連載。第2回は『昔々、ある夏の日に』に登場するオートバイにフォーカスします。
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気になるあの一台を徹底検証
片岡義男さんの小説には、オートバイや自動車が印象的な存在として登場することが少なくありません。車名がはっきり書かれていることもあれば、スペックや特徴は詳しく描かれているのに、なぜか車種名だけが明かされていないこともあります。
そんな“正体不明のマシン”を作品中の描写から推理するのも、片岡作品の楽しみのひとつです。
今回取り上げるのは、1984年に『月刊小説王』に掲載され、後に『ボビーをつかまえろ』(角川文庫)に収録された短編、『昔々、ある夏の日に』に登場するオートバイです。
真夏を背景に描かれる生と死
物語の主人公は17歳の少年、ボビー。彼は愛車を売る決意をし、東京から買い手の待つ九州まで、最後のツーリングを楽しみます。そして、その代金で新しいオートバイを購入し、帰路、同級生の小林理美の実家を訪ねます。この話は、そんなひと夏の旅を描いたロードノベルです。
さて、片岡作品の愛読者であれば、「ボビー」「オートバイ」「夏」という組み合わせに既視感を覚えるかもしれません。片岡作品では、これらがしばしば“死”の予感と結びついて描かれるからです。
真夏のまぶしい生命力と、その裏側にある濃い影のような死の気配がセットとして描かれたこの作品は、まさにその象徴と言えるでしょう。
ボビーが購入したオートバイは何だったのか?
作品中には2台のオートバイが登場します。ひとつはボビーが手放す愛車。そしてもうひとつが、その代金で購入する新しいオートバイです。
手放した愛車については、4ストローク650㏄という記述しかなく、特定は困難です。
一方、新しく購入したオートバイには、以下のような多くのヒントが残されていました。
●スカイブルーと深紅に塗り分けられた燃料タンク
●4ストローク650cc並列二気筒
●後輪にフルフローター・サスペンションを採用
●全長2,100mm強
●車重180kg前後
この中で車種特定の有力情報となるのがフルフローター・サスペンションです。これは当時のスズキが採用していたリアサスペンション機構で、この時点でメーカーはスズキに絞り込めます。
小説が発表された1984年前後のスズキ車を調べてみると、条件に合致しそうなモデルは1台しかありません。1983年発売のGR650です。
実際のスペックを確認すると、
●ブルー塗装部分の周囲に赤いラインが入っている
●排気量650ccの並列二気筒
●全長2,120mm
●車重178kg
と、作品中の記述と驚くほど一致しています。こうした点を総合すると、ボビーが新たに手に入れたオートバイは、スズキGR650であると考えられます。
1983年3月に発売されたGR650。オーソドックスな外観だが、中身にはいくつもの画期的な先進装備が奢られていた。
かなりの意欲作だったGR650
二本サスと異なり、クッションユニット本体が見えないフルフローター・サスペンションを採用。
車種を絞り込むうえで決め手になったフルフローター・サスペンションは、もともとロードレースやモトクロスの競技車両に用いられていた技術で、市販車ではRG250ΓやGSX-Rなどのレーサーレプリカや、DRなどのオフロードモデルへの採用が中心でした。
標準的なロードスポーツながら、最新メカニズムを投入されていたGR650は、かなりの意欲作だったと言えるでしょう。
さらにGR650の並列2気筒エンジンには、ピストン裏にオイルを噴射して冷却する機能や、世界初となる可変マス式慣性機構が採用されていました。
これは約3,000rpm以上で補助フライホイールを自動的に空転させるしくみで、フライホイールマスを変化させることで、低回転での粘り強さと高回転での軽快なレスポンスを両立させていました。
GR650は「バーチカル・ルネッサンス」というキャッチコピーのもと、多気筒化が進んでいた当時の大型車市場に対して、ビッグツインの魅力を新たな技術で再提案した一台と言えるでしょう。
玄人好みのオートバイが登場する珍しい作品
可変マス機構のほか、オイルを直接ピストン裏側に噴射して冷却する「オイルジェット・ピストンクーリング」も備えた二気筒エンジン。
片岡義男さんは他の著作の中でも、カワサキやメグロのようなビッグツインが好みと語っていますが、多くの作品を読んでいくと、GR650のような玄人好みのビッグツインもしばしば登場していることが分かります。作品の中に散りばめられたわずかな手掛かりを追っていくと、作者の好みや当時の空気感まで感じることができるのです。
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