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最終更新日:2024.08.22 公開日:2024.06.19

片岡義男の「回顧録」#2──ゴローの若さが、僕に500ccを選ばせた 『スローなブギにしてくれ』とホンダドリームCB500FOUR

片岡義男が語る、1970~80年代の人気オートバイ小説にまつわる秘話。第2回は『スローなブギにしてくれ』とホンダドリームCB500FOURです。

文=片岡義男/KURU KURA編集部

『スローなブギにしてくれ』/(株)KADOKAWA/1979年発行

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『スローなブギにしてくれ』という短編小説の主人公が乗るオートバイはホンダの750㏄しかない、と初めのうちは考えていた。口数の少ない実直な男で、やるべきことを正しい順番で正確にひとつずつやっていく男、という性格を考えていたからだ。しかしストーリーを作っていくにしたがって、このような性格ではない、という思いが次第に大きくなっていき、最後には、その性格設定に合わせて、オートバイを変更しなくてはいけないことになった。

主人公の青年は、まだ少年のようであり、不安定な部分を多分に残しつつ、いま少し成長したいと願っていながら、その願いはいまのところかなう様子は見えない、という状態のなかにある、という設定になった。物語がそのような男性を必要としたからだ。ほんとは750に乗りたいと思っていながら、いまの自分を冷静に第三者の視点でとらえるなら、絶対に750ではないと結論している醒めた部分のある、まだごく若い男、ということにした。

排気量は当然のことながら750より下まわる。いくつがいいか。750への憧れを残してのいまの彼のオートバイなのだから、500しかないだろう、という結論になった。4気筒の500だ。このオートバイを彼はまだ扱いかねている、という状態もどこかに少しでいいから出しておきたい、とも僕は思った。走りかたのなかに出ているのがいちばんいい、と忠告してくれた人がいて、その忠告に僕は賛成だった。4気筒の500を扱いかねている走りかた。これを物語のなかで文章に出すのは至難の技だから、当時の僕にこなせたわけがない、といまでも僕は思っている。

750に乗る男は、二年くらい前にようやく短編のなかに作ることが出来た。4気筒のそれぞれから排気管が出ていて、カーヴしながら二本ずつ左右に別れていくあのマフラーの印象は強烈だった。この印象を抱いている女性が彼の750を立ちどまって眺めるところから、彼と彼女との関係が始まっていく。

オートバイから生まれてくる物語はいくらでもあるなあ、きりがないなあ、とつくづく思う。関係が始まる以前、まだおたがいに口をきいたこともない頃のふたりが、峠道をオートバイですれ違っていた、という伏線を張ったのだが、このエピソードは気に入っている。あまりにも気に入っているから、また別の物語のなかで使いたいと思っている。そのためには、物語をひとつ、作らなくてはいけない。

文=片岡義男

HONDA CB500FOURミニヒストリー

1979年に文庫本化された『スローなブギにしてくれ』は、5つの作品から構成される短編集である。カバータイトルになったこの作品では、70年代という時代を背景に、エキセントリックな猫好きの少女と、彼女に翻弄されるオートバイ好きの青年の、不器用な恋愛模様が描かれている。

5つの短編の中から、同作品がクローズアップされたのは、やはり藤田敏八監督によって映画化されたことが大きい。古尾谷雅人、浅野温子、山崎努、原田芳雄らの俳優陣をそろえて制作された映画『スローなブギにしてくれ』は、60頁弱の原作に他の片岡作品をミックスして、映画ならではのストーリーに仕立てられており、公開と同時に大きな注目を集めた。

小説は、夕暮れの第三京浜を疾走する主人公ゴローの目の前で、マスタング・マッハ1から少女が放り出されるシーンで始まる。このとき登場するゴローの愛車が、今回ご紹介するホンダドリームCB500FOURだ。

500ccや600ccという排気量のオートバイは、ナナハンに対し、どこかマイナーな印象があった。だが、一部のライダーは敢えてこの排気量をチョイスし、ジャストサイズであることを武器に、巧みなライディングでナナハンの鼻を明かすことを好んだ。ゴローもまた、そんなライダーのひとりだったのかもしれない。ホンダ4気筒の第2弾として登場したCB500FOURとは、どんなオートバイだったのだろうか?

■CB750FOURのダウンサイジング版として登場 CB500FOUR(1971年)

全長×全幅×全高=2,105×825×1,115(㎜) 車両重量=196㎏ エンジン型式=4サイクル直列4気筒OHC 排気量=498cc 最高出力=48ps/9,000rpm 最大トルク=4.1㎏-m/7,500rpm 変速機=5速

1961年、世界GPの250ccクラスに投入されたホンダRC162は、第2戦のドイツGPで高橋国光が日本人初優勝を飾ると、その後は連戦連勝を記録。RC181で最高峰500ccクラスに挑んだ1966年には、史上初の同一メーカーによる5冠(50/125/250/350/500cc)を達成、日本製4気筒の優秀性を全世界に示した。その成果は市販モデルの開発にもフィードバックされ、ホンダ製4気筒モデルは、市場においても世界を席捲した。そんな時代の象徴ともいえるのが、1969年に発売された「DREAM CB750FOUR」である。

OHC4気筒に、気筒あたり一つずつのキャブレターとマフラーを装備したこの贅沢なモデルは、メカニズム、動力性能ともに世界一の高級車を目指していた。同排気量のライバルと比べても、その差は歴然だった。英国の3気筒モデル、トライアンフ・トライデント、BSAロケット3、2気筒のノートン・コマンドがすべて60psの最高出力であったのに対し、CB750 FOURは67psを発揮。変速機もライバルの4速に対し、5速を採用していた。

発売と同時に世界中で大人気を博したCB750FOUR。しかしそんなオートバイにも弱点はあった。日本人の体格にはやや大きすぎたのである。国内市場の意見を重視したホンダはCB750FOURと同等の最新メカニズムを採用しつつ、より扱いやすいモデルの開発に着手する。そうして誕生したのがCB500FOURであった。

CB500FOURは、カム軸受加工方式の採用で、軽量コンパクトに仕上げた4気筒OHCエンジンを搭載。また、キャブレターには、閉じ側にもリンク機構を持つ強制開閉式を採用するなど、より軽快でリニアな操作性を追求していた。軽量なボディは750に比べて40kg近く軽い196kg。それでいて750と同様の4本マフラーを装着した外観は、当時の500ccの中でも一際、高級感を醸し出していた。

■排気量をアップして余裕を増した2世代目 CB550FOUR(1974年)

全長×全幅×全高=2,110×830×1,120(㎜) 車両重量=207㎏ エンジン型式=4サイクル直列4気筒OHC 排気量=544cc 最高出力=50ps/8,500rpm 最大トルク4.4㎏-m/7,500rpm 変速機=5速

1974年、CB500FOURは排気量を50㏄拡大し、「CB550FOUR」へと進化した。排気量を拡大した目的は、動力性能というより扱いやすさを向上させるためで、最高出力は2psアップの50psに抑えながら、その発生回転数を500rpm下げ、中低速トルクを向上させた。また、安全面の向上も行われ、ヘッドライトに、ハイ・ロー切り替え時に消えることのないオーバーラップ式を採用。ギアが入っている際にはセルモーターが作動しない機構を組み込むなど、さまざまな機能充実が図られた。

■排気音対策のため、集合マフラー仕様を追加 CB550FOUR-Ⅱ(1975年)

全長×全幅×全高=2,115×835×1,110(㎜) 車両重量=206㎏ エンジン型式=4サイクル直列4気筒OHC 排気量=544cc 最高出力=50ps/8,500rpm 最大トルク4.4㎏-m/7,500rpm 変速機=5速

1975年、騒音対策のため、4本出しマフラーをエグゾーストパイプから1本に集合し、右側1本出しに変更したカフェレーサー風のCB550FOUR-Ⅱが追加設定された。このモデルでは、エアクリーナーにインテークダクトが採用され、吸気音の低減も実現。集合マフラーの排気脈動効果により、パワーフィールもより中低速でねばりのある特性となった。

また、燃料タンク容量も14リットルから17リットルに増やされている。

■メガホンマフラーとなった最終モデル CB550FOUR-K(1977年)

全長×全幅×全高=2,160×830×1,115(㎜) 車両重量=212㎏ エンジン型式=4サイクル直列4気筒OHC 排気量=544cc 最高出力=50ps/8,500rpm 最大トルク4.4㎏-m/7,500rpm 変速機=5速

1975年の免許制度改正により、400㏄を超える排気量に乗ることが難しくなったとき、CB750FOURの豪華さと、軽快な操縦性を両立したモデルとして登場したCB500FOURの存在意義は大きく変わった。時代の主役は400㏄となり、500ccや650ccといったナナハン未満の排気量車は、国内でのポジションを見失いはじめていたのだ。

1977年のCB550FOUR-Kでは、4本出しのメガホンマフラーが採用されるも、その雰囲気は非常に地味にまとめられていた。そして1979年には、ついに後継モデルであるCB650にバトンタッチし、その役割を終えた。

80年代以降、500~600㏄という排気量のオートバイは、400㏄モデルと車体を共用しながら、欧州市場を中心に販売される。皮肉なことに、日本の免許制度によってはじき出されたこれらのオートバイの多くは、400㏄の車体との組み合わせがベストバランスを生み、海外で高い評価を受けることになった。

文=KURU KURA編集部
写真協力=本田技研工業(株)
参考資料=自動車ガイドブック(日本自動車工業会)、日本のモーターサイクル50年史(八重洲出版)

(JAF Mate 2016年12月号掲載の「片岡義男の「回顧録②」」を元にした記事です。記事内容は公開当時のものです。)

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