片岡義男の「回顧録」番外編 #1──『嘘はほんのり赤い』に登場するオートバイは何だったのか?
片岡義男の小説に登場する正体不明のオートバイを、小説内の描写を手掛かりに推理する連載。第1回は『嘘はほんのり赤い』に登場するオートバイにフォーカスします。
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小説に登場するあのオートバイが気になる
片岡義男氏の小説には、オートバイや自動車が印象的な存在として登場します。車名がはっきり記されていることもありますが、ときには詳細なスペックや走りの印象が語られながら、なぜか車名だけが明かされていないこともあります。
そんな“正体不明のマシン”を作品中の描写から探り当てるのも、片岡作品ならではの楽しみ方ではないでしょうか。
今回取り上げるのは、1987年に『野性時代』6月号に掲載され、同年に『嘘はほんのり赤い』(角川文庫)へ収録された短編小説『嘘はほんのり赤い』です。
女性ライダーとの出会いから始まるストーリー
物語は、日本海沿いのツーリング特集の取材に来ていたオートバイ雑誌編集部員の清水が、越前海岸を走る女性ライダー・青山有美子と出会うところから始まります。
後日、彼女は編集室に清水を訪ね、そこで同僚の編集部員・松田とも知り合うのですが、そのわずか一週間後、なんと松田は取材中の不慮の事故によって命を落としてしまいます。
清水の提案で、松田を追悼するため、有美子は清水と共に松田が好きだったツーリングコースを走ることになります。そこで印象的に描かれるのが、有美子が乗るオートバイです。
有美子のオートバイを推理する
生前の松田は、その車種について「新車発表の写真を見ただけで購入した編集部員もいる」と語っており、この会話から有美子のオートバイは80年代中盤にかなり話題になった新型車であることがうかがえます。
さらに作品中には、
●SOHC4バルブ空冷4サイクルエンジン
●ボア×ストロークは96mm×84mm
●最高出力42ps/6500rpm
●後輪は18インチ
といった具体的な描写も登場します。
これらの情報をもとに考えていくと、ひとつの有力な候補が浮かび上がってきます。
ヤマハの単気筒モデル、SRX-6です。
トラディショナルな英国風ではなく、現代的なデザインと走りで登場したSRX600。
作品中には排気量も気筒数も明かされていませんが、ボア×ストロークや最高出力はSRX-6のスペックと一致しており、作品中の走りの描写も、SRX-6を想起させる要素が数多く見られます。
また、有美子は回転計と速度計の位置をわざわざ入れ替え、回転計が中央にくるようにカスタムしています。これは速度計と回転計の配置が通常のオートバイのように左右対称ではないことを示しています。
速度計が大きく中央に配置され、小振りな回転計が右斜め上に配置されているSRX-6のメーターは、まさにその通りのレイアウトだと言えるでしょう。
後輪のサイズについても、初期型のみ18インチが採用されていたことが確認できました。
これらの特徴を総合すると、彼女が乗っていたのは初期型SRX-6である可能性が高そうです。
現代的なシングルスポーツだったSRX
作品中ではSRX-6について、「3000回転から7000回転までのあいだにオートバイの楽しさが凝縮されている」といった趣旨の描写が与えられています。
では、SRX-6とはどのようなオートバイだったのでしょうか。
流れるようなフォルムの初期型SRX。極端に短いマフラーは当時としてはかなり斬新。
単気筒ながら強制式と負圧式の2つのキャブレターを持ち、速度域に応じて連動。
1985年4月に400ccと600ccの2モデルで登場したSRXは、当初、ヤマハの定番モデルであったSR400/500の後継として開発が進められたとされています。
SR500がオフロードモデルXT500をルーツとしていたように、SRX-6もXT600の単気筒エンジンをベースとしており、その点には共通する思想を見ることができます。
しかし、そのキャラクターはクラシカルなSRとは大きく異なりました。
「モダンシングル」をコンセプトに掲げたSRXは、レトロな趣よりもスポーティで洗練されたスタイルと走りを追求したモデルでした。その結果、当時盛り上がりを見せていたシングル・レースでも多くのプライベーターに支持され、大活躍しました。
SRとは異なる方向性を目指したSRXは、結果として別のファン層を獲得しました。そしてSRとともに、ヤマハを代表するビッグシングルとして大きな存在感を放つことになりました。
思わずタイトルを見返してしまう
80年代のバイクブームの熱気が感じられる本作には、当時の二輪雑誌業界の自由な空気や、まだ珍しかった女性ライダーへの憧れなど、オートバイ業界を取り巻く時代背景が生き生きと描かれています。
そして本作には、読み終えたあとに思わずもう一度タイトルを見返したくなるような仕掛けが物語の中にさりげなく用意されています。
片岡義男ファンはもちろん、作品未読の方にもぜひ手に取っていただきたい一編です。
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