進化し続けるJNCAP。「MPDB」など、2023年度以降の衝突安全
1995年から始まった、国土交通省と独立行政法人 自動車事故対策機構(NASVA)によるJNCAP(自動車アセスメント)。2020年度以降も新たな評価試験が追加されたり、評価方法が変更されたりするなど、常に進化し続けていく。そんな近い将来のJNCAPの新たな姿について、シリーズで解説する4回目は、2023年度以降に追加される衝突安全性能評価の新たな試験を紹介する。
JNCAP(Japan New Car Assessment Program)は、新車を対象としたクルマの安全性能評価試験のことだ。JNCAPの試験は、安全性能を含めたクルマの基準を定めている保安基準よりも、さらに厳しい条件で実施されている。つまり、すべての市販車が保安基準を満たしているが、JNCAPではさらに高いレベルでの安全性能が評価されているのだ。それを点数化して公表することで、メーカーにはさらなる安全性能の追求を促し、ユーザーにはより安全性能の高いクルマを選択できるようにしているのである。
JNCAPには、衝突時の安全性能を実車によるクラッシュテストで評価する「衝突安全性能評価」(画像1)と、事故を未然に防ぐ予防安全技術を評価する「予防安全性能評価」の2種類の試験がある。今回は、衝突安全性能評価に関して、2019年度に公表された「令和元年度第1回自動車アセスメント評価検討会 資料5-1 自動車アセスメントロードマップ(2018)改訂版」(以下ロードマップ)を基に、2023年度以降に導入が検討されている新たな試験について取り上げる(画像2)。
2023年度に導入される前面衝突試験「MPDB」とは?
JNCAPは1995年に、乗員保護性能を評価する「フルラップ前面衝突試験」(※1)と、歩行者保護性能を評価する「ブレーキ性能試験」の衝突安全の2種類からスタートした。その後衝突試験に関しては、1999年度に「側面衝突試験」が、2000年度に「オフセット前面衝突試験」(※2)が追加。それ以来変更がなかったが、四半世紀近い時間を経て2023年度から導入されようとしているのが「MPDB」だ。
MPDBとはMobile Progressive Deformable Barrier(モービル・プログレッシブ・デフォーマブル・バリア)の略だ。邦訳が未決定なので直訳すると、「前方可動式の変形可能なバリア」といった意味になる。オフセット試験で使用されているデフォーマブル・バリアを、台車の前面に取り付けたイメージだ。側面衝突試験で用いられているムービングバリアもその1種といえるだろう(画像3)。サイズ的には、高さを除けば乗用車と同程度である。
MPDB前面衝突試験は、対向車同士の衝突を想定したものになる。試験車両とMPDBがお互いに向かっていき、すれ違えずに前面衝突するという内容だ。同じ対向車同士の衝突を想定した試験でも、固定式バリアに衝突するオフセット試験より、MPDB試験の方が対向車同士の衝突事故の再現性が高いと考えられている。
変更されるのは試験ではなくバリアの方式?
MPDB試験は2020年度に調査・研究、2021年度に試験・評価方法検討、2022年度に予備実験というスケジュールだ。それと同時に、2021年度からフルラップとオフセット(画像4)の両試験も2年間かけて試験・評価方法の再検討を行う。これは試験の入れ替えというよりも、フルラップ試験とオフセット試験のバリアを固定式からMPDBに変更するかどうかを検討するということのようだ。衝突試験の再現性の高さから、オフセット試験に関しては固定式バリアからMPDBに変更することも考えられているようである。
一方のフルラップ試験に関しては、MPDBに置き換わる可能性は低い模様。ただしフルラップ試験も2年間かけて試験・評価方法が再検討されることから、こちらも固定式バリアからMPDBに切り替えられる可能性がゼロというわけではないようだ。
MPDBに併せて導入される可能性のある新型ダミーとは?
衝突安全性能評価試験は、センサーを装備したダミー人形を運転席、助手席、後席などに1体もしくは2体座らせて行われる(画像5)。そして衝突時にダミー人形の頭部や胸部など各部に加わる衝撃を測定するなどして、乗員保護性能を評価しているのだ。
現在のダミー人形はヒトの身体構造を忠実に再現すべく、頸椎や脊椎なども精密に作られている。関節の可動範囲をヒトに近付けることで、衝突時にヒトの身体がどのように動き、その結果どこに強い衝撃が加わるのかを調べるのである。
MPDB試験の導入に合わせ、ダミー人形も最新型として、より人間らしい(生態忠実度が高い)ことを特徴とする米NHTSA(米運輸省道路交通安全局)製「THOR」(※3)の導入が検討される。MPDBに関する2020年度の調査・研究から2022年度の予備試験まで、すべてTHORも含めて行われる予定だ。
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2025年度にはより過酷な衝突試験が追加される?
2025年度に追加される新たな衝突試験はより過酷なものに
MPDB前面衝突試験の次に導入が予定されている評価試験は、現時点では決定していない。まず、どのような試験を導入するのかの「追加項目検討」が、2021年度に実施される。その選定を受けて2022年度にその試験に関する調査・研究が、翌2023年度には試験・評価方法の検討が行われる。ロードマップは2023年度までしか掲載していないが、JNCAPは1年ごとに調査・研究⇒試験・評価方法検討⇒予備試験という流れを経て正式導入とすることが多く、2024年度に予備試験が実施され、2025年度から正式導入となる可能性は高い。候補となっている試験には、以下の5種類がリストアップされている。ただし、これら以外の試験が選ばれる可能性もあるという。
●スモールオーバーラップ前面衝突
●ポール側突
●ファーサイド側突
●後突燃料漏れ
●後席の頸部保護
続いては、これらの試験がどのようなものかを紹介しよう。
前面から電柱などへの衝突を想定した「スモールオーバーラップ前面衝突」
「スモールオーバーラップ前面衝突試験」とはオフセット試験の1種で、電柱やポールのような細い物体への前面衝突を想定している。海外の自動車アセスメントでは、米道路安全保険協会(IIHS)が導入しており、オーバーラップ率25%で実施されている。オフセット試験が40%と半分近いのに対し、スモールオーバーラップ試験は4分の1しかなく、運転席側のヘッドランプ周辺からフロントタイヤにかけて大きな衝撃がかかる。タイヤが脱落してしまうこともあるほど、運転席の近くまで損壊してしまう。動画1は、IIHSがYouTubeで公開しているスモールオーバーラップ試験の動画で、激しい損壊の様子を見て取れる。
現在のクルマは、ボンネットやトランクなどのクラッシャブルゾーンで衝突時のエネルギーを吸収する構造だ。さらに複数のフレームに衝撃を伝えることで、車体全体に拡散させて逃がす構造も採用されている。しかし、斜めなど想定外の方向から狭い範囲に大きな衝撃エネルギーが加わると、うまく吸収と拡散ができないこともある。
スモールオーバーラップ試験は、そうした危険性の高い前面衝突事故に対する乗員保護性能を評価する試験だ。 スモールオーバーラップ試験は少ない面積で衝突時の衝撃を受け止めることから、オフセット試験よりもさらに激しく損壊するようである。
側面から電柱などへの衝突を想定した「ポール側突」
「ポール側面衝突試験」は、スモールオーバーラップ試験の側突版ともいうべき内容だ。JNCAPが実施している側突試験は、車重1.3トンのムービングバリアが時速55kmで運転席側の側面に衝突するという内容である。つまり、試験車両は受け身の立場だ。それに対してポール側突試験は逆で、電柱やポールのような細い物体に試験車両が側突することを想定している。衝撃のあまり車体がくの字に折れ曲がるような激しい損壊の仕方を見せることもある評価試験だ(画像6)。
ちなみにポール側突試験は、2015年6月15日に国交省が衝突試験の拡充と同時に、国際基準との整合を図るため、道路運送車両の保安基準などを改正した際に新設された試験である。2018年6月15日以降の新型車より適用されている。速度は時速32km(車幅1.5m以下は時速26km)でもって75度の角度で、直径254mmのポールに運転席側のドアから衝突するという内容だ。JNCAPでポール側突試験を実施する場合は、当然ながらそれよりも衝突速度が速いなど、さらに厳しい条件での試験になることだろう。動画2は、Euro NCAPがYouTubeで公開している試験動画のひとつ。2分5秒過ぎにポール側突試験の様子が収録されている。サイドシルが大きく凹み、見ているとクルマの痛みが伝わってきそうな厳しい試験だ。
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ファーサイド側突と後面衝突の2種類について
助手席側の側面衝突「ファーサイド側突」
続いての「ファーサイド側面衝突試験」は、助手席側に実施される側突試験だ。ファーサイド側突試験の場合、ドライバーの頭部は大きく助手席側に振られることになる。頭をぶつける心配がないから安心かというと、もちろんそんなことはない。頭が大きく左に振られた結果、頸部を損傷してしまう可能性があるのだ。しかも一般的な3点式シートベルトは助手席側への動きは止められないため、身体が大きく抜け出し、どこかに頭部を強く打ち付けてしまうような危険性もある。
ファーサイド側突試験の動画に関しては、サプライヤーの世界的大手ZFが公開している、自社製ファーサイド側突用エアバッグのプロモーション動画を掲載しよう(英語)。動画3の30秒過ぎにファーサイドエアバッグのある・なしの動画を左右に並べた比較場面が始まる。ダミーのボディがシートベルトから抜け出てしまうところや、頭部が横方向に大きく曲がり、頸部を骨折しそうな多大な負荷がかかるのがわかるはずだ。
なおJNCAPでは、一部の例外的な車種に対しては、助手席側の側面衝突試験を実施している(画像7)。例外的な車種とは、助手席側のセンターピラー(Bピラー)をなくした間口の広い構造を採用した車種だ。センターピラーレス構造の場合、助手席側のフロントドアとリアスライドドアにピラー構造を内蔵させることで強度を確保しているのだが、それでもセンターピラーがある場合に比べれば強度的に劣るのも事実。その惰弱な助手席側を対象とするのも、より高次な衝突安全性能を志向するJNCAPの思想といえるだろう。なおダミーは助手席にのみ座らされているため、ファーサイド側突試験とは異なる内容となっている。
後方からの追突による燃料タンクの強度を試験する「後突燃料漏れ」
「後突燃料漏れ試験」とは後続車に追突されたり、後退時に何かに衝突したりしたときに、燃料タンクまたは燃料電池車が搭載する水素タンクの安全性能を評価する試験だ。JNCAPでは現在、後面からのクラッシュテストは実施していないことから、もし後突燃料漏れ試験が導入されれば初となる。ただし、クルマ1台を使ったクラッシュテストではなく、燃料タンクもしくは水素タンクとその補機類や周辺のフレームなど、必要なパーツだけを用いたクラッシュテストとなることも考えられる。
後席乗員の頸部に対する安全性を評価する「後席の頸部保護」
「後席の頸部保護試験」は、運転席と助手席に対して実施されている「後面衝突頸部保護性能試験」の後席版となる。JNCAPでは頸部への被害(むち打ち症状など)が重要であるとし、それはシートの構造による影響が大きいと調査研究から判断。そのため、実車を用いたクラッシュテストは実施されていない。
JNCAPの後面衝突頸部保護性能試験では、ダミーを座らせた運転席および助手席をスレッドにセットし、国内の事故実体の大多数をカバーするという時速20kmの急激な速度変化を起こすことで後突を再現している(画像8)。
後席の頸部保護評価試験も、おそらくは同じ手法が採用されることになるだろう。運転席は必ず実施すると考えられることから、助手席と後席を入れ替えるのか、それともすべて実施するのかは現時点では不明だ。またミニバンのように3列ある場合、2列目と3列目とどちらのシートを扱うのかも、現時点では決まっていない。
衝突安全性能は、実車のクラッシュテストを含むため、現在はフルラップ、オフセット、側突の3種類の試験を行えるよう1車種につき3台が用意されている。そのため、衝突試験の種目をひとつ増やすとなると、1車種を評価するのにさらに1台必要となる。メーカーからの無償譲渡なら簡単かもしれないが、JNCAPではメーカーの試験対策を防ぐため、一般ユーザーと同様にディーラーで抜き打ちの購入を行っている。つまり、4台、5台と増やしていくにはそれだけ予算が必要になるのだ。しかも衝突試験は時間がかかることから、これ以上試験数を増やすと評価できる車種数が限られてしまう可能性もある。そのような理由から、衝突安全性能評価試験は、種類が増えていくというよりは、時代に即したものに入れ替えられていく可能性が高いのではないだろうか。
オフセット試験はMPDB試験に変更される可能性があり、フルラップ試験も試験・評価方法の再検討対象であることは既述した通りだ。側突試験だけは少なくとも2023年度までは現状維持となるが、2020年代前半に衝突安全性能評価試験は大きく変わることになりそうだ。進化していくJNCAPが、今後のクルマの安全性能をどのように引き上げていくのかを見届けたい。