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最終更新日:2023.09.19 公開日:2023.09.10

【フリフリ人生相談】第416話「妻にGPSアプリをインストールされた」

登場人物たちは、いいかげんな人間ばかり。そんな彼らに、仕事のこと人生のこと、愛のこと恋のこと、あれこれ相談してみる「フリフリ人生相談」。人生の達人じゃない彼らの回答は、馬鹿馬鹿しい意見ばかりかもしれません。でも、間違いなく、未来がちょっぴり明るく思えてくる。さて、今回のお悩みは?「妻にGPSアプリをインストールされた」です。答えるのは、由佳理の元夫でいまは独身、山田一郎です。

ストーリーテラー=松尾伸彌

画=Ayano

そもそも、なぜ?

奥さんにGPSアプリをインストールされてしまった!

なんて相談がきました。

そんなこと、あるんですかね?

あるんですね、世のなか、いろんな夫婦がいますから。

「33歳の男です。先日、嫁にGPSアプリをインストールされてしまいました。なんとか違和感なく嫁の信頼を取り戻して、GPSアプリを削除してほしいと願っております。どうしたらいいでしょうか?」

この相談を持ちかけてきた33歳男さんには申しわけない気もするのですが、山田一郎にこの件を相談することにしました。たいした理由はありません。たまたま、別件で会ったというだけなのですが……。

「山田でないと答えられないって話でもないんだけどさ……こんなのが来たんだよ」

などとエクスキューズ満載の前振りをしつつ、山田一郎にスマホを見せました。ざっくりと目を通したあと、彼はまるで外国人のように肩をすくめて見せたのです。

「単純すぎ、ですよね。おもしろくもおかしくもない」

いきなりのパンチです。私としても、そんな夫婦いるのかなぁなんて思ってはいたのですが、単純すぎるとまでは考えてませんでした。それに、ひとさまのお悩みに対して「おもしろくも、おかしくもない」って……。

「そ、そう?」

と、若干、唖然としながら、私は山田一郎の眉毛を見つめます。

「こんなの、他人に相談することですかね」

「いや、それを言っちゃあ、おしまいでしょ?」

「というか……そもそも、どうしてGPSを入れられてしまったのか、ですよね」

「…………」

「単純に考えると、浮気とか風俗とか、ギャンブルとか、ですかね」

「ああ……」

ふつうに想像すると、そういうことなのでしょう。詳しいことは書かれていませんが、とにかく、奥さんを激怒させてしまったと考えるのが常識的です。

「ここにも書いてありますけど」

そう言いながら、山田一郎は私にスマホを返してきました。

「GPSを削除してもらうために、まずは妻の信頼を取り戻したいってことなんだから、そこのところの根本原因をきっぱり取りのぞくってことですよ」

「ふむふむ」

スマホを受け取りながら、つい無意識に、Tシャツの腹のあたりでスマホを拭いてしまう私です。

「聞いてます?」

「うん、聞いてるよ。根本原因ってことは、浮気とか風俗とか……そういうのをきっぱりと辞めるってことね」

「そうですね。それで解決、じゃないですか?」

「まぁ確かに……」

山田一郎の言うとおり、話はめっちゃ単純なのかもしれません。でも、どこか釈然としない感じもします。おとなの感覚とでも言うのでしょうか。もう少し、なにか裏があるような気がするのです。

「でも、そう単純なことではなくてさ、もうちょっと裏というか、深みがある気がするんだけどねぇ」

などと、曖昧なことを言いつつ、私は首をかしげました。

「なんですか、それ」

と、案の定、山田一郎は眉毛をぐっと下げて私を睨むのです。

悩みの深み?

「この悩みに、裏とか深みとかあります? GPSを入れられちゃった、それを削除してほしい……話はかんたん、もうそんなところに行きません、違います?」

「いや、そうなんだよ。そうなんだけど……ここにさ、違和感なく妻の信頼を取り戻したいって書いてあるんだよね。違和感なくってことはさ……まだ、はっきりとバレてないってことじゃない?」

「は?」

「いや、だからさ、いまはまだ、奥さんに疑いの目を向けられちゃった段階なんだよ。あんた、どこそこに行ってるでしょ、みたいなさ。いや、知らないよ、とかなんとか、いまのところは誤魔化してるんだよね。それで奥さんが、だったらスマホを出しなさいよ、GPSを入れるわよ、みたいなさ」

「…………」

「はっきりバレてるわけじゃない。だから、うまいことやって、なんとか違和感なく信頼を取り戻したいんだよ。なぁんだ、私の勘違いだったのね、って思わせたい……それにはどうするか?」

「想像力、たくましすぎませんか?」

「っていうか、わざわざフリフリに相談してくるってことはさ、そういうおとなの裏事情があるんじゃないか、って話」

「それ、おとなの裏事情、なんですか?」

「わかんないけど」

「松尾さんの裏事情でしょ? みょうに共感してるってことは、松尾さんもそういうことがあるってことですね?」

「それは、関係ない」

と、きっぱり強い口調で否定します。

こんなところで私のプライベートを話題にしている場合ではないのです。

「なんだかなぁ」

山田一郎は、ちょいと呆れたように私を見つめています。そして、少しばかり口もとを歪めると、低い声で言いました。

「これ、実は、松尾さんの投稿?」

「違うよ。もしそうだとしても、きみには相談しないでしょ?」

「いちいち、言いますね」

と、山田はぐっと細めた横目で、私を見つめるばかりです。

「だから、おれのことは関係ないって……で、どうする? 違和感なく奥さんの信頼度をアップする方法……」

なにがイヤなのか?

山田一郎はしばらく腕を組んで、なにかを考えてる様子でした。そんな山田一郎をあまり見たことがありません。もしかすると、寝ちゃったのかなんて思いつつ、本気で起こしてみようと思ったところで、彼はゆっくりと顔をあげて、ぼんやりと声をあげました。

「奥さんの疑いを晴らしたい、でも、浮気は続けたいってことですよね」

「わかんないよ。わかんないけど、この相談はそういうことじゃないかと思うんだよね」

「それは、松尾さんの勝手な想像ではなく……」

「違う。この文章から導き出されるおとなの解釈」

「ふむ。でも、そんなこと、許されます?」

「ゆ、許される?」

「そうですよ。奥さんの目を盗んでなにかをしたいわけですよね。でも、奥さんは疑ってる……疑われてるのがわかっててやるってことは、最悪の場合を想像してない……というか、甘く考えてますよね、なんとかなるんじゃないか、とか……」

「ま、まあね」

「破滅への道、ですよね」

「は、破滅?」

「破滅でしょう。奥さんの信頼を裏切ることを平気でやる。それは破滅を覚悟してるってことですよね」

「そ、そんな大袈裟なこと?」

「大袈裟とかじゃなくて、そういうことでしょう。赤の他人なら、なにも言いませんよ。どこでなにやってても自己責任なわけですからね。でも、奥さんだからこそ、そうやって疑って、ハラハラして、悩んで、腹も立てて、あげくにGPSを入れたわけでしょ? その奥さんの気持ち、考えたことあります?」

と、山田一郎は、ちょいとばかり涙目になりながら、声を荒げます。

「いや、それは……」

奥さんの気持ちを考えたことがあるのか?

この手の問題が起こると、必ずどこかから出てくる正論です。それを言われてしまうと、こちらとしてはシュンと黙るしかありません。

「そもそも」

と、強い口調のまま、山田は続けます。

「自分のスマホにGPSを入れられて、なにがイヤなのか、ぼくにはさっぱりわからないんですよ。奥さんに行動を把握されてるってことですよね。そんな安心なこと、あります? どこにいても、奥さんに見つめられてるのと同じですよ。そんなすてきなこと、あります?」

「…………」

なに言ってんだ独身のくせに、と、言いかけて、私は言葉を飲みこみました。確かに、山田一郎は元妻の由佳理のことが大好きだったわけで、彼はずっとこういう思考をする男なのです。それを思うと、私にはなにも言えません。

「愛、だね」

なんて、つまらないひとことを口にするのが精一杯な私です。

「なに言ってるんですか」

と、小馬鹿にしたように山田一郎はつぶやきます。

「松尾さんって、発想が貧弱なんですよね」

「…………」

ごくふつうの顔つきに戻って、山田一郎は小さくため息をつきました。

「それでも、そういうことしたいなら」

と、彼はごく穏やかな声で言ったのです。

「会社にスマホを置いたままにする、って手もありますね」

「…………」

「そういうことをするときは、とにかく、スマホを持たない。どうしても密会に必要だって言うなら、2台持ち」

「…………」

「おとなの常識でしょう?」

当たり前のように言う山田一郎を、私は呆然と見つめるしかないのでした。

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