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最終更新日:2023.06.20 公開日:2023.03.28

人は急ぐと何をするか分からない!?|長山先生の「危険予知」よもやま話 第16回

2022年8月に逝去されるまで、JAF Mate誌の人気コーナー「危険予知」を監修されていた大阪大学名誉教授の長山先生。本連載は、誌面掲載時に長山先生からお聞きした本誌では紹介できなかった事故事例や脱線ネタを紹介しています。

話・長山泰久(大阪大学名誉教授)

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人は急ぐと何をするか分からない!?

編集部:今回は朝の通勤時間帯に片側1車線の道を走っている状況です。渋滞で停止している対向車の間から歩行者が飛び出してくるケースです。横断歩道のない所で車の陰から急に飛び出されたら、ドライバーは対処できませんね。

長山先生:そうですね。問題の場面で停車車両の間に人の顔が見えていますが、背景との関係もあって見えづらいので、運転しながらこれに気づくのは難しいかもしれませんね。ただ、今回のように停止中の車の陰から人が横断してくる状況は、運転中によく遭遇する場面で、ドライバーとしては注意して運転しなければならない状況です。

編集部:私も同じような渡り方をしてしまったことがあります。つい最短距離で渡ろうと、横断歩道を使わずに車の間から渡っていました。

長山先生:人は急いだ状況の下ではかなり危険な行動をとってしまいます。特に朝の通勤時間帯は人は急いでいるので、何をするかしれません。ドライバーはそのことを十分認識しておく必要があります。

編集部:実際に人の顔や頭が見えるかどうかはともかく、「車の陰から飛び出す歩行者がいるかもしれない」と思っているだけで、すばやく対処できますね。

長山先生:そうです。前回のときに触れた「知らないことほど危険なことはない」という言葉どおり、状況に合わせてどのような危険があるかをよく知って、よく考えて運転する必要があります。今回のような朝の通勤時間帯では、自動車はもちろん、歩行者・自転車も急いでいるので、かなり危険な行動を取りかねず、停車車両の間を無理して渡ろうとすることもある点を覚えておきましょう。

編集部:状況に合わせた危険というと、天気も関係ありそうですね。雨だったら、止まりづらいので、そのぶん車間距離を取らなければいけないとか。

長山先生:もちろんそうですが、路面の滑りやすさ以外にも注意すべき点があります。たとえば、雨が降ればワイパーを使いますが、ワイパーで拭き取れる部分は限られるので、視野が狭まります。それに加えて歩行者も傘を差しているので、前の状況が良く見えない状態で歩いています。お互いに見えづらい状況であることをしっかり認識する必要があります。

編集部: なるほど。滑りやすさだけが雨天時の危険じゃないのですね。

長山先生: そうです。また、天候以外には乗車人数による危険もあります。1人で運転しているときと、家族など人を多く乗せているときでは危険度は違いますから。

編集部:車が重くなり、そのぶん止まりづらくなりますね。

長山先生:止まりづらくなるのに加えて、車重が重くなるとカーブでは遠心力が強く働き、外側に膨らんで路外に逸脱したり、ガードレールに接触してハンドルを取られたりする危険性もあります。

編集部:走る場所によって、いろいろな危険があるのですね。

長山先生:事故形態も道路によって特徴があり、広い道路では追突したり追突されることが多いのに対して、中程度の幅員や狭い道路では出会い頭事故が圧倒的に多くなります。また、横断歩道も一見安全そうですが、実は横断者との事故が多く発生しているのです。ちなみに、横断歩道に近づく際のルールは把握していますか?

横断歩道がなくても、横断者には道を譲る。

編集部:今回のように横断歩道を渡っている歩行者がいれば、停止して道を譲る必要がありますよね。

長山先生:そうです。道路交通法38条で、横断歩道や自転車横断帯に近づいたとき、歩行者や自転車が横断しているときや横断しようとしているときは、手前で一時停止をし、歩行者の通行を妨げないようにしなければなりません。ただ、今回のような状況では、たとえ渡っている人が見えなくても、徐行しなければいけません。

編集部:渡っている人がいなければ、そのまま通過してもいいんじゃないですか?

長山先生:今回のように対向車が停止していて右側の状況が十分確認できない状況では、そうではありません。道交法38条では、横断歩道や自転車横断帯を横断する人や自転車がいないことが明らかな場合を除き、その手前で停止できるように速度を落として進まなければならないからです。

編集部:対向車の死角で右側が十分確認できないので、「横断する人や自転車がいない」とは言い切れないわけですね。完全に左右が見通せて、横断しようとする歩行者や自転車がいないのが明らかな場合のみ、そのまま進めるのですね。

長山先生:そのとおりです。ただ、住宅街では建物が死角を作りますし、自転車や小走りの歩行者は、横断歩道から離れた位置から走り込む危険性もあるので、”明らかに横断する人などがいない”という状況は少ないかもしれません。

編集部:死角ではありませんが、先日横断歩道を通過しようとした際にヒヤッとしたことがありました。横断歩道の手前でスマホを見て立ち止まっている歩行者がいたのでその前を通過しようとしたら、突然渡り始めたのです。渡らないのかと思っていたら、すっかり騙されました。油断ならないですね、歩行者は。

長山先生:それは危険でしたね。でも、十分考えられるケースです。たとえば、スマホの地図で目的地を探しているときはそれに意識が集中するので、目的地やルートが分かったとたん、周囲も注意せずに歩き出してしまいます。

編集部:横断歩道を通過する際には、本当に横断する人や自転車がいないのか、十二分に確認しなければいけないのですね。

長山先生:そうです。また、同じ道交法38条の2には「歩行者保護」の考え方から「交差点またはその直近で、横断歩道のない場所で歩行者が道路を横断しているときは、その歩行者の通行を妨げてはならない」としています。つまり、交差点やその近くでは、たとえ横断歩道がなくても横断する歩行者を優先させなければいけません。

編集部:そうなんですか!? 横断歩道があれば歩行者を優先させていましたが、横断歩道がない交差点ではこちらが優先だと思って、まったく止まらずに通過していました。

長山先生:車両の運転者は弱い立場である歩行者を保護しなければいけないので、たとえ横断歩道がなくても、交差点を歩行者が渡っていたら歩行者を優先させなければいけないのです。これに違反すると、違反点は2点、反則金は普通車で9,000円になります。罰則の場合、3月以下の懲役又は5万円以下の罰金となります。

編集部:危なかったです。じゃ、今回のように横断歩道ではない所を歩行者が渡ってくるケースも、もし右側に路地があってそこが交差点や交差点近くであったら、歩行者の通行を妨げてはいけないことになりますね。今回のような場合、歩行者の無謀な横断という印象が強いため、車側はあまり悪くないと思ってしまうので恐いですね。これこそ先生が口を酸っぱくして言われる「知らないことほど危険なことはない」ですね?

長山先生:もちろん、車の陰から急に出てきた歩行者側にも問題はありますけど、道交法を知らないと違反になる可能性はありますね。知らなかったばかりに違反になるというのは、外国で運転する場合により注意が必要です。以前、私は日本と外国の標識を混同してしまったばかりに取り締まりを受けた経験があります。知らないことは危険なだけでなく、いろいろな問題の原因になるものです。

外国の標識と間違え、帰国後に取り締まりを受ける

編集部:前回のスイスの標識は日本にはまったくないものでしたが、日本にある標識と紛らわしいものがあったのですね。

長山先生:下の2つの標識です。左の標識はドイツなどで使われている国際標識で、右側は日本人なら誰でも知っている「一時停止」の標識です。

編集部:国際標識は中まで赤で塗りつぶされていませんが、どちらも同じ逆三角形で、似ていると言えば似てますね。

長山先生:ただし、意味は微妙に違っていて、国際標識は「相手に優先権を与えろ!(Give way)」の意味、つまり「道譲れ」の標識なのです。

編集部:“相手を優先させろ”の意味でしたら、日本の「止まれ」と意味的に似てますよね?

長山先生:“道を譲る”と”止まる”は似ているようで違います。”道を譲る”ほうは、安全確認して相手が来ていなければ止まらず進んでもかまわないわけです。

編集部:なるほど。日本の「止まれ」は交差車両の有無にかかわらず、必ず一時停止する必要がありますが、国際標識のほうは安全確認したうえで来ていないのが確認できれば、必ずしも一時停止する必要はないのですね。でも、日本の場合、はっきり「止まれ」の文字が入っていますよね。それでも混同して取り締まりを受けてしまったのですか?

長山先生:私が取り締まりを受けたのは、ドイツから戻って2、3年経った1963年頃で、その頃日本も国際標識を取り入れたという話を聞いていたのです。国際標識と聞いて、つい逆三角形の標識は相手が来ていなければ停止しなくてもよいと思って進んでしまったところ、一時停止違反の取り締まりにあってしまいました。うかつにもそのように受け止めてしまった私が悪いのですが、ドイツでは”Give way”の交差点が多く、必ず止まらなければならない標識(下)はそれに比べると少ないこともあり、つい形だけ見て思い違いをしてしまったわけです。

編集部:道路状況が違うので一概には言えませんが、日本では見通しのいい所でも”一時停止”の規制が多いので、”STOP”の標識が少ないドイツのほうが合理的なのかもしれませんね。よく、外国人はたとえ信号が赤でも車が来ていなければ道路を平気で渡ることが多いと聞きますが、何か国民性というか安全に対する考え方の差を感じますね。話は若干逸れますが、バイクに乗り立ての若い頃、警察官が一時停止違反を取り締まる際の判断基準が「足を地面に着けたかどうか」という点と聞き、止まれの標識がある所では片足を地面に着くことばかり意識していました。しっかり止まって左右の確認をすることが本来の目的なのに、本末転倒ですよね。

長山先生:そうですね。もちろん、日本の警察(公安委員会)も見通しが悪く出会い頭事故が多い交差点に一時停止の規制をかけていると思いますが、一時停止の規制が多いと危険に対する意識がどうしても希薄になります。それに対して、外国の”Give way”は止まる必要がないぶん、相手が来ているのか自分の目でしっかり確かめる必要があるので、危険予知・危険予測のポイントである”危険を積極的に探しに行く”という視点にも合っています。

編集部:先生が帰国されたあとの1963年といえば、東京オリンピックが開催される前の年でしたね。2020年の東京オリンピックを前に道路の案内標識を英字に統一するなど、いろいろ考えられているようですね。(編集部注 本稿は2016年作成の記事を再編集したもの)

長山先生:そのようですね。外国の方が訪日されて日本で運転される機会が増えているようですが、東京オリンピックを迎えその傾向は非常に高まると思います。私が心配するのは、右側通行と左側通行の違いによる逆走です。

東京オリンピックで外国人の逆走事故が増加!?

編集部:たしかにヨーロッパや米国は右側通行が多そうなので、日本の左側通行に慣れるまで逆走の危険はあるかもしれませんね。

長山先生:日本は右ハンドルで左側通行ですが、下の地図から分かるように世界では右側通行の地域が圧倒的に多いのです。

出典:ウィキペディア(Wikipedia)

編集部:ヨーロッパで車を運転する機会が多かった長山先生は、右側通行で逆走することはなかったのですか?

長山先生:ありました。市街地など車が多くて前の車について走っているときには間違うことはないのですが、郊外に出て周囲に車が走っていないと、右左折したときに左車線に入ってしまうことがあるのです。日本での習慣が身に付いていて、何か考えながら運転していたり、ボーッと無意識で運転しているときに曲がったあとに左車線に入ってしまい、対向車がやってきて間違いに気づいて慌てて右車線に戻ったものです。

編集部:恐いですねー。でも、長い間向こうで暮らしていれば、さすがに右側通行に慣れますよね。

長山先生:長く住んでいれば慣れるはずですが、数年向こうに在住していた新聞社の特派員の方に乗せてもらった場合にも同じことがありました。その方は左車線を走っていて対向車がやってきても、しばらく相手が間違っていると思っていたようで、「危ない運転をする人間だな」とつぶやいていました。

編集部:それは凄いですね。「危ないのはそっちだろ!」と対向車から突っ込みを入れられてしまいますね。完全に思い込んでしまって、自分が間違っているなんてまったく頭にないのですね。

長山先生:そうだったのでしょう。でも、しばらくして自分が間違っていることに気が付いて、慌てて正しい右側車線に戻って正面衝突を避けることはできました。

編集部:でも、長山先生もその間よく黙って乗っていましたね。まさか2人とも逆走していることに気づかなかったわけではないですよね。

長山先生:ドイツに行って1週間ほどのことで、初めてドライブに連れて行ってもらったときだったので、私も余裕がなかったのです。私も最初は「危ない運転をする奴がいるな」と思っていましたが、気が付いてヒヤッとしましたけど。

編集部:そうだったんですか。でも、身についた習慣というのは恐いですね。当然、逆も同じで右側通行の国の観光客が日本で運転すれば、同じように逆走する危険性がありますね。

長山先生:外国から来た人が逆走事故を起こしたという報道を見聞きしたことはありませんが、右側通行の国から来た人なら起こしかねない事故です。ちなみに、訪日観光客が多い国は、中国、韓国、台湾、香港、アメリカの5か国で、その中で日本と同じ左側通行の国は香港だけです。他の国のドライバーが日本で運転する場合には、通行方法により生じる失敗についての知識や情報を事前にぜひ知ってもらい、失敗のない有意義なドライブを経験してもらいたいものです。

『JAFMate』誌 2016年4月号掲載の「危険予知」を元にした
「よもやま話」です


【長山泰久(大阪大学名誉教授)】
1960年大阪大学大学院文学研究科博士課程修了後、旧西ドイツ・ハイデルブルグ大学に留学。追手門学院大学、大阪大学人間科学部教授を歴任。専門は交通心理学。1991年4月から2022年7月まで、『JAF Mate』誌およびJAFメイトオンラインの危険予知コーナーの監修を務める。2022年8月逝去(享年90歳)。

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