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連載最終更新日:2023.06.14 公開日:2023.03.01

『イタリア発 大矢アキオの今日もクルマでアンディアーモ!』第36回 47年前の「旧ソビエト車」が暗示すること

イタリア・シエナ在住の人気コラムニスト、大矢アキオがヨーロッパのクルマ事情についてアレコレ語る人気連載。第36回は”今のクルマに不足しているもの”について。

文と写真=大矢アキオ(Akio Lorenzo OYA)

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シエナのバリスタ、マッシモさんが十数年にわたり愛用するロシア製4WD車「ラーダ・ニーヴァ」。

シエナのバリスタ、マッシモさんが十数年にわたり愛用するロシア製4WD車「ラーダ・ニーヴァ」。

「何かに似ている」が増える予感

2022年2月に始まったロシアによるウクライナ侵攻から、早くも1年が経過した。その間に、同年5月にルノー、10月にフォードとメルセデス・ベンツがロシア事業から撤退。日本企業もトヨタが9月、日産が10月、マツダも11月に同様に撤退を決めた。

そうした状況下で、筆者は「これから数年後、どこかで見たようなデザイン、もしくはパワートレインを備えたロシア製国産車が続々登場するのではないか」と予想している。つまり、欧州や日系企業の生産設備を手に入れたロシアの現地企業が、その技術を流用して自動車を造るだろうということである。

そう考える理由は、過去の歴史だ。ひとつは、旧ソビエト時代の高級車である1946年の「ZIS-110」である。この車両は、米国パッカード社製「スーパーエイト」に酷似していることから、同社が生産設備を供与したのではないか、との説があるが、真偽は明らかにされていない。それはともかく、米ソが冷戦時代に入り、”本家”パッカード版がカタログから消えてからもZIS-110は生産が続けられ、中国や北朝鮮の首脳にも寄贈された。

旧東ドイツにもそうした例がみられる。1989年の「ベルリンの壁」崩壊時、同国民が大量に運転して西側に流入したことで有名になった「トラバント」や、一段高級な「ヴァルトブルク」だ。両者とも前輪駆動車であったのは、「アウディ」の祖先である旧アウトウニオンの、東独側に残ってしまった工場や技術を用いたからであった。

もちろん、当時と今日では国際的な知財管理の厳しさが異なる。とはいえ、「やった者勝ち」の論理がまかり通り、かつ一定の国内市場が見込めるとなれば、少し前の西欧車や日本車に似ている不思議なクルマがロシア国内を走り回るだろう。

「トラバント601」。2013年ポーランドのワルシャワにて撮影。「トラバント601」。2013年ポーランドのワルシャワにて撮影。

「ヴァルトブルク353」。2015年ポーランドのトゥルンにて撮影。「ヴァルトブルク353」。2015年ポーランドのトゥルンにて撮影。

世界最長寿の民生オフロード4駆

ところで、ほぼ四半世紀前の1996年にイタリアに住み始めた筆者が驚いたのは、”東側ブランド”をたびたび見ることだった。旧ソ連-ロシアの「UAZ」、ルーマニアの「アロ」といったクルマたちだ。また、当時すでにフォルクスワーゲン傘下となっていて、今日では同グループの一翼を担っているチェコの「シュコダ」も筆者の目には珍しかった。

「シュコダ・フェイヴォリート」。2005年イタリアにて撮影。

「シュコダ・フェイヴォリート」。2005年イタリアにて撮影。

 イタリアは隣国フランスとともに、西側諸国にありながら、東西冷戦下から旧ソ連や東欧諸国との経済・通商的関係をしたたかに築いていた。代表例が1964年に旧ソビエト連邦政府が伊フィアットと締結した合弁事業だ。その成果として「フィアット124」をベースにした1970年の「ラーダ2101」が誕生した。同車の派生型は今日でも、旧ソビエト連邦諸国の映像などで、たびたび見ることができる。

イタリアでロシア・東欧車が数々みられたのは、そうした密な関係が完成車輸入にも反映されていたからに他ならない。最たる例が今回紹介する旧ソビエト/ロシアのラーダ「ニーヴァ」だ。

ラーダとは前述のフィアットとの提携で誕生した乗用車製造大手「アフトワズ」の自動車ブランドだ。1976年に発表されたニーヴァはフルタイム4WD車で、アフトワズによる初の独自開発モデルであった。当初エンジンはフィアット1500用を基にした1.6リッターガソリン仕様のみだったが、1990年代初頭にプジョー製1.9リッターディーゼル仕様も加えられた。

ただしそうした古いエンジンは、段階的に強化される欧州連合(EU)の排気ガス基準への適合が極めて難しかった。そこで当初はLPG併用仕様の追加で凌いだ。続いて、基準に準拠したユニットに換装されたが、西側ではそれを待たずにラーダ・ニーヴァを販売終了してしまう輸入業者が相次いだ。イタリアでも、2010年前後にはインポーターが消滅した。

かくも一旦忘れられたラーダが、ふたたびヨーロッパで脚光を浴びたのは2012年のことだった。ルノー・日産アライアンス(現ルノー・日産・三菱アライアンス)がアフトワズに資本参加したのである。そして2021年1月、ルノーは新世代のラーダとして「ニーヴァ・コンセプト」と題したティーザー映像をオンライン経営戦略説明会で公開した。CセグメントのフルEVとして2024年に投入するという計画だった。

ところが冒頭に記したように、ルノーはロシア情勢を受けて2022年5月、アフトワズの株式の半数以上をロシアの国営企業に売却して撤退した。

今後ラーダ・ブランドがどうなるのか、また初代「ランドローバー・ディフェンダー」無きあと、世界最長寿の民生用オフロード4WDとして生き延びてきたニーヴァの未来はどうなるのか、今はわからない。

あるバリスタの選択

そのラーダ・ニーヴァ、筆者は最近ひとりのユーザーを発見した。バリスタのマッシモ氏である。彼が夫人と従業員の女性とともに営む店の名は、小さなバールを意味する「イル・バッリーノ(il barrino)」だ。毎年春に開催される古典車ラリー「ミッレミリア」の定番ルート脇にある。街道脇なので、地元のタクシードライバーの人気店でもある。

実は筆者はイタリア在住2年目に、その裏にある借家に住んでいた。毎朝、マッシモ氏が操るエスプレッソ・マシーンの「シュワーっ!」という音が目覚まし時計代わりだった。

シエナのバール「イル・バッリーノ」は街道沿いにある。シエナのバール「イル・バッリーノ」は街道沿いにある。

「イル・バッリーノ」のオーナー、マッシモ氏。「イル・バッリーノ」のオーナー、マッシモ氏。

 先日、引っ越し以来二十数年ぶりに立ち寄ってみたのは、日ごろ店外に置かれているクルマが気になっていたからだ。何あろう、ラーダ・ニーヴァである。

嬉しいことに、マッシモ氏は筆者のことを覚えていてくれた。そして聞けば、ラーダ・ニーヴァは案の定マッシモ氏のものだった。「今のは2006年モデルで、かれこれ10年乗ってるよ」と教えてくれた。彼の「今のは」という言葉が気になって問いただすと「前に、もう1台乗っていたんだ」と言うではないか。筆者が裏に住んでいた頃は「オペル」のワゴン「オメガ」に乗っていた彼だが、すっかりラーダ・ニーヴァに宗旨替えしていた。

マッシモ氏にラーダの美点を聞くと、即座に「”戦車”だからだよ」という答えが返ってきた。たしかに、以前からイタリア人がラーダ・ニーワについて語るとき必ず口していたのは、そのスパルタンな性格だった。4駆車の大半がSUVブームにのって豪華さを競うなか、本当に走破性が高く、気兼ねなく使えるのは、ロシア・東欧系が限りなく唯一の選択肢だというのである。

マッシモさんにとって、ラーダ・ニーヴァは、すでに2台目だった。後付のカンガルーバーと大径フォグランプが、さらに無骨さを増幅させている。マッシモさんにとって、ラーダ・ニーヴァは、すでに2台目だった。後付のカンガルーバーと大径フォグランプが、さらに無骨さを増幅させている。

 バリスタの仕事はきつい。早朝5時の開店を目指して霧がたちこめる暗い時間から準備を始め、片付けは深夜にまで及ぶ。マッシモ氏の場合、店の休業日にはケータリングの仕事をしていて、どのような場所にも出向く。無骨であろうと、装備が貧弱であろうと確実に動き、手入れをしなくても、ちょっとばかりボディを損傷しても手間がかからないであろうラーダ・ニーヴァはぴったりである。

参考までに、ニーヴァは今日も引く手あまただ。それがわかるのは、中古車検索サイト「オートスカウト24」である。イタリア国内の出品を見ると、最安が1996年・走行15万3000キロメートルにもかかわらず3000ユーロ(約42万円)。果ては2021年・走行たった1キロメートルの2万8千ユーロ(395万円)という、事実上の新車まである。

これはマッシモさんの愛車より、もう少し若いモデル。2019年にトスカーナで撮影。これはマッシモさんの愛車より、もう少し若いモデル。2019年にトスカーナで撮影。

 マッシモ氏の昨今の悩みはパーツ確保だ。とくに、サスペンション系部品の入手が難しいという。「長いこと(イタリア中部)テルニにある業者を頼りにしていたんだけどな」。最近ではドライブシャフトをインターネットで注文して「20日待ちといわれたが、ロシア情勢で、納期はさらに不透明になってしまった」。戦争の影響は、このようなところにも及んでいた。

今のクルマに無いもの

マッシモ氏のラーダ・ニーヴァを観察して感じるのは、「たとえ、車体の一部がぶつかって破損しても、費用が最小限に抑えられるデザインである、ということだ。

今日、イタリアでは諸物価の高騰から、自動車、とくに車体の補修を先送りにするドライバーは数多い。それはバンバーが外れかけたり、大きくへこんだままの痛々しいクルマを見ればわかる。実際、2021年にイタリア国内の乗用車約3940万台の平均車齢は、12年6カ月であり、ガソリン車に限定すると14年5カ月であることがイタリアの事業およびメイド・イン・イタリー省などが2022年に発表した白書でわかった。日本における2021年3月末時点の乗用車平均使用年数は8.84年(出典:自動車検査登録協会)だから、いかに古いかがわかる。

いっぽう、筆者が数年前に会った自動車エンジニアは、「完全自動運転の時代には、ぶつからないことが前提。したがって、クリアすべきクラッシュ・セイフティ基準のハードルはおのずと下がり、デザインの自由度も向上する」と説明してくれた。しかし、実現するのは、路上を走るクルマの大半がレベル5の自動運転車になってからであろう。それまでは非自動の車両が突っ込んでくるのを避けられる可能性は限りなく低い。

もちろん、ラーダ・ニーヴァの対歩行者安全性能などは明らかに時代遅れである。だが、板金をしやすいシンプルな面構成、構成部品点数の少ないバンパー、接触しにくい位置にある灯火類など、実は今日のデザイナーが忘れているものが数々みられる。ユーザーのメインテナンスコストを限りなく安くしようという志は、今もって見習うべきものではないか。

47年前に誕生した1台のスパルタン4駆は、そうしたことも考えさせてくれるのである。

ラーダ・ニーヴァの基本的なデザインは、今のクルマに不足しているものを暗示している。

ラーダ・ニーヴァの基本的なデザインは、今のクルマに不足しているものを暗示している。

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