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最終更新日:2023.06.20 公開日:2022.10.30

渋滞情報がドライバーの注意を奪う|長山先生の「危険予知」よもやま話 第12回

JAF Mate誌の人気コーナー「危険予知」の監修者である大阪大学名誉教授の長山先生に聞く、危険予知のポイント。本誌では紹介できなかった事故事例から脱線ネタまで長山先生ならではの「交通安全のエッセンス」が溢れています。

話・長山泰久(大阪大学名誉教授)

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2022年8月、長山泰久氏がご逝去されました。
長年に渡る監修への感謝を込めて心からご冥福をお祈り申し上げます。
本連載は、JAF Mate誌掲載時に長山先生からお聞きした内容で構成しています。

渋滞情報がドライバーの注意を奪う

編集部:今回は都市高速道路の分岐点に差し掛かる状況で、右側を走る車が急な進路変更をしてくるというケースです。このような場所では十分考えられるケースですが、こんなに近い距離で急に進路変更されると追突しかねませんね。

長山先生の「危険予知」よもやま話 第12回|問題写真|くるくら

矢印

長山先生の「危険予知」よもやま話 第12回|結果写真|くるくら

長山先生:そうですね。特に都市高速に慣れていないドライバーだと、まず自分が走るルートを選んで間違わずに走るのに精一杯なので、周囲の状況まで気を配ることができず、相手の急な進路変更にも対応できないでしょう。

編集部:それに対して、都市高速をよく利用しているドライバーなら余裕があるので、相手のミスにも対応できそうですね。

長山先生:そうですね。慣れているドライバーなら案内標識に目を向ける必要がないので、そのぶん前を走る車など、前方の状況を見たり、左右を走る車の様子にも気を配ることができます。今回のように分岐点の手前で不自然なブレーキを踏む車があれば、早めに気づいて注意することができると思います。

編集部:今回の問題は都市高速ビギナー向けのテーマと言えそうですね。

長山先生:いや、必ずしもそうではありません。実は慣れたドライバーでも事故に陥る落とし穴があるのです。問題の状況をよく見ると、案内標識の上に渋滞情報の表示で出ていますね。すると、渋滞している場所が自分のルートに関係があるのか気になるので、この表示に目を向け、よく見ようとするでしょう。

編集部:たしかに。誰でも渋滞は避けたいですからね。私も渋滞情報が出ていたら、自分が通るルートと関係があるのか、必ずチェックします。

長山先生:そうですね。都市高速に慣れたドライバーほど渋滞情報に注意して、自分が通るルートに渋滞があれば、別のルートを選んで渋滞を回避しようとします。でも、情報板に注意が引かれると、当然目線も情報板に向けられるので、右側から進路変更してくる車に気づくのが遅れる可能性があるのです。

編集部:なるほど。渋滞区間や距離は文字で書いてあるので、それを読もうとすると、けっこう意識が集中しますからね。

長山先生:そのとおりで、都市高速には今回のような「文字情報板」と、図形で交通状況を示す「図形情報板」があります。図形情報板なら、どこがどの程度渋滞しているのかひと目で分かりますが、文字情報板は読んで理解する必要があるので、そのぶん注視時間もかかるので注意が必要です。それでも、分岐点の手前では車両が進路変更をする可能性が高いことを十分認識しているドライバーなら、情報板ばかりに目を奪われず、周囲の車の危険な動きにも対応できるはずです。

編集部:今回の問題から、情報板などに目が奪われると、周囲の危険の発見が遅れることを知ることができるので、事故の危険性はグッと減るのですね。

長山先生:まさにそのとおりです。危険予知の問題を通して、渋滞情報に目を奪われて、じっと脇見をしてしまうことはなくなるでしょう。ちなみに脇見というのは、チラッと瞬間的に目線を向ける「目線の脇見」ではなく、じーっと見て、どうなっているのか確かめる「心の脇見」なのですが、そのような危険行為も行われなくなるでしょう。これが危険予知を習得することによる最大のメリットなのです。

編集部:なるほど。では、逆の立場で、自分が分岐点の手前で急な進路変更をしないためには、どうすればいいのでしょうか?

事前のルート確認が、都市高速では特に重要

長山先生:それには出発前に目的地までの経路を設計しておくことが必要です。

編集部:経路とはルートのことですか?

長山先生:そうです。出発前に目的地までのルートを調べ、どこを通って行くのか調べておくことが大切です。特に都市高速は路線が複雑で分岐点も多いので、あらかじめどこの分岐点で方向を変えていくのか頭の中で計画を立てておかないと、今回のように分岐点の手前で迷って無理な進路変更をしてしまいます。

編集部:でも、カーナビが普及している今の時代、地図でルートを調べておくより、カーナビ任せでもいいような気がしますけど。

長山先生:もちろん、カーナビゲーション・システムがあれば、分岐点での左右の指示に加えて、複数車線ある場合、どの車線をあらかじめ走っていればいいかまで指示してくれるので、自分でルートや分岐点を調べる必要はないでしょう。要は、地図でもカーナビでも、どちらにしても「直前に進路変更すればいい」という安易な気持ちでなく、予め準備をしておくという心構えが運転には必須で、それをしていれば分岐点での事故はかなり防げるのです。

編集部:地図でルートを調べたり、ナビで目的地を設定するなど、事前の準備もしないで都市高速に乗るのは自殺行為ですね。

長山先生:そうですね。私も以前、大阪から車で茨城県にある安全運転中央研修所に行く際、都心を抜けるのに首都高をしばしば利用しましたが、どの分岐点で分流するかには困難を感じたものです。

編集部:大阪の茨木ではなく、茨城県まで自走していたのですか!? それはたいへんですね。

長山先生:運転は好きだったので長距離を運転することに抵抗はなかったのですが、東名高速から首都高を経由して常磐道に入るときのルート選びには難儀しました。当時はナビがなかったので、助手席に人を乗せて地図を見ながら指示してもらわないと、とても無理でしたね。

編集部:じゃ、ナビ役の人がいないと、車での茨城行きはあり得なかったのですね。

長山先生:そのとおりです。そもそも東名高速や名神高速ならジャンクションなどで行き先が分かれる際、左側から分かれていきますが、首都高などの都市高速では、必ずしも左でなく、右であることも多いので、どの車線を走ったらいいのか、とても迷います。分岐点同士が接近していることも多いので、スムーズに進路変更して目的地に行くのは、かなりハードルが高くなりますね。

編集部:こればかりは道に慣れるしかないですね。道に慣れさえすれば、事故は起こさなくなりますね?

長山先生:そう思いがちですが、道に慣れていても事故を起こしてしまうことがあります。2つのパターンを紹介しましょう。

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長山先生:ひとつは「急に思いついて目的地を変える場合」です。「そうだ、先に○○に行ってみよう」などと行き先を変更するような場合に、急な進路変更をすることがあります。ナビで目的地を設定していても、途中で行き先を変更すると指示に反してこのような行動をとることになってしまいます。急に思いついての行動変更には危険がついてくることを考えに入れておく必要があります。

編集部:たしかに、急に思いつくといつもはしている安全確認なども忘れて、すぐ行動に移してしまいそうですね。

長山先生:もうひとつは「会話に夢中になり、分岐点に気づくのが遅れる場合」です。実はこれに関して苦い思い出があります。大阪から金沢に高速道路で向かっていたとき、名神高速から北陸道に入る米原ジャンクションの存在にまったく気づかず、そのまま直進してしまうという過ちを犯したことがあります。

編集部:分岐点を忘れるくらい夢中になった会話の相手は、誰だったのですか?

長山先生:カナダの大学教授です。英語で共同研究の話をしながら運転していたので、よけい意識が会話に集中してしまったようです。

編集部:長山先生の英語の実力は存じ上げませんが、日本語で他愛もない会話をするのと英語で難しい研究の話をするのでは、脳の使われ方が相当違い、かなり会話にエネルギーが注がれそうですね。ところで、分岐点を通り過ぎてしまい、どうされたのですか?

長山先生:その際は次の関ヶ原インターチェンジまで行って引き返しただけだったので、時間をロスするだけで済みました。もし、分岐点の直前で気づいていたら、追越車線から無理な進路変更をする可能性もありますが、話し相手が同じ交通安全問題を扱う心理学者だったので、さすがにそんな運転はしなかったでしょうね。

編集部:そうですね。最近では高速道路の出口を通り過ぎてしまったため、本線でUターンして逆走する事例などが問題になっています。長山先生がそのようなことはするはずないですが、でも、前にお聞きしたように長山先生は子供の頃から慎重な性格だったようなので、その点も事故防止に影響したのではないでしょうか?

長山先生:それはたしかにありますね。小学校5年生の頃に経験したことも、私の慎重な性格を形成した要因になった気がしています。

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長山先生:小学5年生の頃、今でいう塾のようなところに通っていました。遊ぶのが好きな私にとって塾に通うことは嫌で嫌でしょうがなかったのですが、母親の厳しい言いつけで週に2回ばかりは辛抱しなければいけませんでした。寺子屋風の長机に向かい合って学ぶのですが、向かいに座っていた6年生のT君の姿が現れなくなりました。

編集部:病気か事故でもあったのですか?

長山先生:そうです。淀川の澱み(よどみ)である鍵屋浦で泳いでいて溺れたという話でしたが、遺体がいつまでも上がらず、毎日そのことが話題になっていたところ、1週間ほど経った頃、大阪の毛馬(けま)の閘門(こうもん)に「どざえもん(水死体)」として引っかかり発見されたのでした。学校では危ないから淀川で泳いではならないと厳しく言われていましたが、鍵屋浦の澱みはその付近の子供達の絶好の遊び場となっていたのです。

編集部:澱みでも溺れてしまう危険性は十分あるのですね。でも、1週間も発見されなかったとは…。

長山先生:T君がどのように溺れたのかは分かりませんが、澱みから本流に出るとかなり流れが速く、それが原因のひとつでしょう。いまひとつは鍵屋浦には船底が平たくなった土砂運搬船がよく係留されていて、子供達はその下を反対側まで潜って泳ぎ着くのを自慢にしたり、あるときには強要されたりする「いじめ」的なことが行われていたようです。いずれにしても、毎日のようにT君がまだ見つからないことが学校で話題になり、子供の心には強く影響を及ぼしたものでした。それと同時に、学校の掟を守らないことが如何に危なくて、好ましくないことかを目の前に座っていた上級生のT君の思い出が学ばせてくれたものでした。

編集部:そういう経験が長山先生の危険感受性を高め、危険を避ける慎重な性格の形成につながったのですね。

『JAFMate』誌 2015年11月号掲載の「危険予知」を元にした
「よもやま話」です


【長山泰久(大阪大学名誉教授)】
1960年大阪大学大学院文学研究科博士課程修了後、旧西ドイツ・ハイデルブルグ大学に留学。追手門学院大学、大阪大学人間科学部教授を歴任。専門は交通心理学。1991年4月から2022年7月まで、『JAF Mate』誌およびJAFメイトオンラインの危険予知コーナーの監修を務める。2022年8月逝去(享年90歳)。

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