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最終更新日:2019.03.04 公開日:2019.03.04

文化遺産の耐震補強工事を見学してきた

旧安田邸とは、大正8年に建てられた近代和風住宅。大きな震災などで倒壊する恐れがあることから、寄付金などを募り耐震工事が行われている。貴重な文化遺産としてのこの建物と、通常見ることのできない耐震施工の様子を紹介する。

1919年築の近代和風建築を代表する旧安田邸。大正・昭和期の山の手住宅と庭園が、災害や戦火を逃れ、そのままの姿で現存しているのは極めて稀だという。

千駄木の静かな住宅街にある「旧安田邸」

 旧安田楠雄邸庭園(以下旧安田邸)とは、かつて学者、実業家、文化人が多く住み、大邸宅が存在した千駄木(東京都文京区)にある住まいのこと。「豊島園」の創始者である実業家、藤田好三郎(ふじたよしさぶろう)によって1919年(大正8年)に建設された近代和風住宅だ。

 関東大震災後には、旧安田財閥の創始者・安田善次郎の女婿である安田善四郎が藤田家からこの屋敷を買い取り、安田家の所有となった。そして1995年、当主の楠雄氏が他界した後、公益財団法人日本ナショナルトラストに寄贈され現在に至っている。

 関東大震災や戦災によって東京都心部の山の手の住宅は多くが失われたが、旧安田邸はそのまま現存している貴重な文化遺産として、1998年に東京都の名勝に指定されている。

庭園と建物の美しい一体感も魅力

 旧安田邸の特徴は庭園と建物の一体感にある。東西に長い敷地の中に、雁行形と呼ばれる奥行きを持つ住宅があり、建物の中から存分に庭園を眺めることができる構造となっている。

主庭の景色は住宅内からの眺めを重視して造られており、眺める部屋によって印象が変わるという。写真は新緑の季節に撮影されたもの。

 住宅は台所を除いて奇跡的に創建当時のまま残されている。一度改装されたという台所も手が加えられたのは昭和初期。当時の貴重な佇まいを垣間見ることができる。

この写真は見学当日に撮影したもので、施工中の雑多な状態だが、訪れる者の目を奪うに十分な魅力を放っていた。明るい日差しが差し込む天窓と「アイランド型」のキッチンは、当時の最先端の設計を取り入れたもの。

 今回は工事中でほとんど目にすることができなかったが、他にも唯一の洋間である「応接間」や、一間四方の床の間が配された「残月の間」、書院造りの「客間」など、住宅の内部は見どころにあふれている。

特徴を損なわず、耐震補強を行うための4つの方針

 旧安田邸は、文化財に指定されてから保存管理計画が策定され、2003年から2005年にかけて建物自体の保存修繕工事を実施した。その後、2007年からは一般公開が開始されたのだが、耐震診断を行ったところ、震度7程度の地震で倒壊の恐れがあることが判明。2018年9月から本格的な耐震補強工事が行われることになった。

 貴重な建造物の耐震補強工事にあたっての基本方針は、文化財としての特徴を損なわないことが原則とされる。旧安田邸の庭に面する南側は、景観を重視しているため壁がほとんどない。しかし、補強のために壁や柱を設けると建物の特徴は失われてしまう。そのため、住居の補強は、壁の内部や二階の床下など、物理的に見えない部分で耐震補強を行っていく。

 耐震の目標は、文化庁の「重要文化財(建造物)耐震診断・耐震補強の手引」による「安全確保水準」を満たすこと。つまり、建物内で催しや見学会などが実施された際に、震度7程度の大地震が発生しても内部や付近にいる人々が安全に避難できることが、ひとつの目安となる。

 なお、今回の工事にともなっては「当初の構法は可能な限り残す」「元からの部材の切断、取替は可能な限り行わない」「物理的に見える範囲には可能な限り新設物を設けない」「可逆性に配慮する」という4つの方針が設けられた。旧安田邸と同じような伝統的木造住宅の耐震補強は近年始まったばかりで、まだ試行錯誤の段階。今回の工事はその新たなモデルを目指すものでもあるという。

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いよいよ見学会の様子をレポート!

いざ、耐震補強工事の現場へ

 今回の見学会は一定額の寄付を提供した人を対象とし、プレス向け公開も併せて行われた。2月の取材当時ですでに940万円もの寄付金が集まっており、目標金額の1千万円の達成は目前。資金面の心配もなく耐震工事が行われているという。

 旧安田邸の所在地は、東京メトロ千駄木駅から徒歩7分程度の閑静な住宅地。多くの個人宅が建ち並ぶ中、風景の一部として溶け込んでいるかのような場所だった。現在は工事中であるため、一般の工事現場同様の遮蔽壁に囲まれていたが、敷地の中では100年前から変わらぬ姿の前庭と玄関が我々を出迎えてくれる。

耐震補強工事見学がいよいよスタート。一般への見学会は実施していないだけに、施工中の様子を見られるのは貴重な機会となった。

 安全のためのヘルメットを着用し、いざ工事現場の見学へ。見学は3~4人ずつに分かれて違うルートからスタート。まず、我々取材班が最初に訪れたのは庭園。外側から住宅を望むと、庭に面した廊下から畳の間が続いている。庭に面した箇所は、眺望を遮らないように壁がほとんどないのだが、その様子が外観からもよくわかった。

庭園から見た建物南側の様子。庭に面した箇所には大きな柱がなく、ワイドな眺望が楽しめるようになっている。

耐震補強でキーになるのは「壁」

 続いていよいよ住宅の内部へ。実際に工事が行われている中、さまざまな工程が目の当たりにできた。

 伝統木造建築の構造耐力要素でキーになるのは「壁」。明治以降の建築物になると、筋交いを埋めこまれた土塗り壁や木摺り漆喰壁などで強度を保っているものが多い。しかし、それだけでは耐震性に優れているとは言いがたい。今回の施工では、それら既存の壁をすべて複層斜交の「重ね板壁」にすることで耐震性能を高めていく。

 「重ね板壁」とは、杉の小幅板を3層に重ねたもの。さまざまな木造建築に適用できるように考案されている。枠材・板材とも杉が用いられ、それらを重ねることで強度を保つのだが、建築物自体にゆがみが生じている箇所などもあるため、3層目は現場で組み立てながら隙間などが出ないように調整を行う。

 部屋によって施工の進み具合が異なるため、実際に押入れ内部や納戸、外壁などそれぞれの場所で、はめ込む前の状態と、実際にはめ込まれた「重ね板壁」を見ることができた。

左が工事前。右が既存の壁を剥がして「重ね板壁」を設置する前の状態。

設置された「重ね板壁」の例。ゆがみがあってもしっかり収まるよう、枠は現場の状況を見ながら幅を調節しているという。

板材は場所によって、42mm、90mm、105mmと異なる厚みが用意されており、従来の壁の厚さに応じて施工が行われる。

部屋の天井を外した状態で見上げた屋根裏の様子。納戸や天井裏など、つなぎの部分の小さな壁には筋合いが埋めこまれていない箇所もあり、それらの補強は非常に手間がかかる。

土壁には全国各地から寄せられた土が混ぜられており、建物に合わせて色味や質感などが調整されているとのこと。今回の施工時に剥がされた土壁は、再び集めて塗り直すことで従来の質感を再現する。

2階では施工中の現場を目の当たりに

 階段を上った2階は、まさに職人が施工を行っている真っ最中だった。床板を剥がし、荒床の水平構面補強を行っている様子から、見えない部分こそ、さまざまな人の手によって支えられているということが改めて感じられた。

この工事では、2階床下の調整も大きなポイントになるとのこと。建物の特徴を損なわずに補強を行うためには、見えない部分での調整作業が重要になってくる。

工事中でも目にすることができた数々の意匠

 今回の見学は工事の真っ最中で実施されたため、剥がされた壁材や建材、部材に囲まれた状態の部屋がほとんど。邸内の本来の姿が見られなかったのは残念だったが、そんな中でもいくつかの発見があった。邸内を彩る照明器具と襖の桟に施された意匠を写真に収めることができたので、ここで紹介していきたい。

大正ロマンを彷彿させてくれる照明。電球はLEDなどに変わるようだが、ソケットなどのパーツに関しては可能な限り当時の部材を活用するとのこと。

採光、通風、装飾といった目的のために、天井と鴨居との間に設けられる欄間(らんま)。日本の建築様式ならではの意匠が美しい。

 旧安田邸は、これまでも一般公開されており、邸内ではボランティアによる落語会なども実施されている。さらにドラマや商品撮影などに貸し出すなど、今後もさまざまな形で末永く親しまれていくことだろう。耐震性を考慮した上で生まれ変わった旧安田邸が、本来の姿で見学できるのは11月中の予定だ。

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