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最終更新日:2025.03.21 公開日:2025.03.21

なぜフェラーリは12気筒エンジンを作り続けるのか? 「F80」と「12チリンドリ」、2つの新型車から見えてくるマラネロの過去・現在・未来。

12気筒エンジンを搭載した125Sが、フェラーリ第1号車として1947年に誕生してからまもなく80年。環境性能などの法的要件が厳しくなる時代において、なぜ今もフェラーリは12気筒エンジンを作り続けるのか? モータージャーナリストの渡辺敏史が、マラネロの過去・現在・未来を紐解く。

文=渡辺敏史

写真=フェラーリ

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イタリア・マラネロにあるフェラーリ本社工場の旧正門前

フェラーリはどこへ向かうのか

2015年10月、ニューヨーク市場に上場した当初の株価は10倍以上に跳ね上がり、今や10兆円を軽く超える時価総額ベースではテスラ、トヨタに次いでナンバー3となる。その自動車メーカーといえば答えはフェラーリだ。

まさにその間の約10年でみても、フェラーリのビジネスは拡張を続けてきた。たとえばアミューズメントパークなど他業種へのライセンス提供や、スポーツウェアではないラグジュアリー系のアパレル事業なども現在は手掛けている。株式公開によって激増したステークホルダーの手前もあるだろう、多様性や社会親和をアピールしなければならない機会もうんと増えたのだと思う。

2015年10月21日、フェラーリはニューヨーク証券取引所に新規株式公開(IPO)した。ティッカーシンボル(証券コード)は「RACE」。現フェラーリ会長のジョン・エルカーン氏(左端)をはじめ、ピエロ・フェラーリ氏(右から4番目)、故セルジオ・マルキオンネ氏(右から3番目)らが姿をみせ、取引開始を告げる鐘を鳴らした

でも、フェラーリの核心はやはりクルマの側にある。その始まりから四半世紀に渡って参戦し続けてきたF1を主軸としたモータースポーツへの深い関わり、そこで得られたノウハウをフィードバックした市販車の開発と、その両輪が彼らのブランドイメージを大きく引き上げてきた。ちなみにニューヨーク市場で与された彼らの証券コードは「RACE」だ。

24年はそんな彼らの両輪を端的に表すかのような2つのニューモデルが発表された。しかも文句なしのフラッグシップが同じ年に現れるという惑星直列は、遡ればエンツォフェラーリと575Mマラネロが発表された02年以来のこととなる。

12気筒ではない最新スペチアーレ「F80」

2024年10月に登場した、フェラーリ最新のスペチアーレ「F80」

フェラーリの歴代スペチアーレ。左から288GTO(1984年)、F40(1987年)、F50(1995年)、エンツォフェラーリ(2002年)、ラ フェラーリ(2013年)

世界799台の限定車として発売されるF80、その立ち位置は80年代、競技参戦資格を前提に開発された288GTOのノウハウをカーボンモノコックという最新のレーシングテクノロジーで包んだF40に遡る、フェラーリのスペチアーレ=スペシャルなモデルラインナップの系列だ。

搭載するエンジンはこれまでのスペチアーレではF40にも匹敵する小排気量の3リッター6気筒ツインターボで、これに駆動や回生を司る3つのモーターを組み合わせ、実に1200psものシステム総合出力をマークする。これはF40の2.5倍以上となる。

とはいえ、電動化による4桁馬力級のビッグパワーやフロント2モーターの電動4WDによる革新的な運動性能は、フェラーリ自身、既にSF90ストラダーレでも実現している世界だ。F80の最もユニークなポイントはむしろ件の小さな3リッターV6エンジンにある。

フェラーリ初の量産型プラグインハイブリッドとして登場した「SF90ストラダーレ」

ル・マン24時間レースで2連覇を成し遂げたフェラーリ 499P

彼らの形式コードでF163型となるこのエンジンは、そもそもフェラーリの最量販モデルとなる296GTB用に開発されたものだが、それだけではなくレースレギュレーション前提の設計も盛り込まれている。そもそも振動的に理想的ではありながら、搭載できる車型が限られる120度というバンク角を選んだ時点で、フェラーリとしてはミッドシップモデルにしか使うつもりがなかった、つまり市販車とレーシングカーの要件を並行させながら開発していたわけだ。

この戦略の成果として登場したのが、カスタマーレーシング向けに用意された296GTBのGT3仕様と、ル・マン24時間レースでは昨年から今年と二年連続の総合優勝を果たしているWECハイパーカーカテゴリーの499Pというわけである。そしてF80は、ル・マンウィナーである499Pとクランクケースなどのエンジン骨格を共有する、第一線かつ一級のレーシングマシンに限りなく近いスペチアーレという位置づけということだ。

更にV6といえばそもそも現代のF1マシンの主たるエンジン形式でもあり……と、中身的には最強のフェラーリを標榜するという前提に矛盾はない。こちらはフェラーリのコンペティションという側面を直接的にマーケットに反映するモデル群といえるだろう。

フェラーリの執念が垣間見える12チリンドリ

2024年5月に登場したばかりのフェラーリ最新のフラグシップモデル「12チリンドリ」に、渡辺敏史はルクセンブルクで試乗した

一方で2024年5月登場した12チリンドリは、イタリア語の車名そのものが示す通り、12気筒エンジンを搭載する。排気量は296GTBやF80の倍以上となる6.5リッター。型式コードでF140型となるこのユニットは、02年に登場したスペチアーレのエンツォに搭載されて以降、ストラダーレと呼ばれるカタログモデル系でのフラッグシップを支えるノンターボの自然吸気エンジンとして活躍してきた、その系譜となる。

F140型はそれなりに年季も入っている上、欧米の主力市場は環境性能などの法的要件が厳しくなる一方ということもあって、近年、市場ではその延命を危ぶむ噂が絶えなかった。さすがに次のフラッグシップは電動モーターを加えたハイブリッドになるだろうとか、電動化とあらば車格的にも内燃機は8気筒ベースになるのではとか、様々な憶測が囁かれてきたわけだ。

12チリンドリに搭載される、自然吸気6.5リッターV型12気筒エンジン。最高出力830ps/9250rpm、最大トルク678Nm/7250rpmを発生する

が、フェラーリは12チリンドリでそれらの噂をすっぱりと一蹴した。搭載するエンジンは最新の欧州排ガス規制をクリアしながら、カタログモデルの12気筒としては過去最高の出力と許容高回転域を達成している。一方でホイールベースは短縮されるなど、骨格的にはよりスポーティな方向に振られているのも特徴だ。平たくいえばより速く走り、鋭く曲がるという方向性で、実際、テストコースでの試乗機会では、長いエンジンを収めた長大なノーズがまるでズレなくコーナーをスラスラと向きを変えていくサマに驚かされた。

今日のフェラーリは非常に高度な駆動制御をマネージしているが、12チリンドリはそこに後輪のアクティブステアリングも加わっている。これが低中速域での逆相操舵による旋回性向上に寄与する一方で、高速域では同相操舵による安定性の確保へと繋げてもいる。

重く大きな12気筒エンジンを前に積んだクルマが純然たるスポーツカーとして駆け回り、800psオーバーの後輪駆動がGTカーのように優しく優雅に振る舞える。これは当たり前のことではなく、物理的なハードルは相当に高い。それでもフェラーリが緻密な設計や制御を駆使してまで、この成り立ちをものにしようという背景には、彼らのヘリテイジにまつわる執念がある。

伝統とは何か

フェラーリ 12チリンドリ クーペ|Ferrari 12Cilindri Coupe

ファーストモデルの125Sへの搭載を皮切りに、80年近くに渡って途切れることなく12気筒が彩ってきたフェラーリの歴史、すなわちこのエンジン形式は、彼らのテクノロジーとスピードを象徴するだけではなく、出自そのものといえるものだ。この間、世の中では経済的な事情も社会的な背景も目まぐるしく変わってきたが、フェラーリはそれを守り続けてきた。

前述のF163型然りで、小さな体積で大きなアウトプットを得る術は他にもある今や、12気筒エンジンが戦いの場で求められることはない。クルマの世界において小型・軽量化は大概が正義だ。今や音楽を聴くための道具は皆々のポケットの中に収まっている。部屋の中に大きな再生装置を置く必要もない。

そんな時代であっても、フルスペックのオーディオシステムでのリスニング体験には数値的優劣とは別次元の感動がある。そこに対価を見いだせる好事家のためにフェラーリはこれからも12気筒を作り続ける意気込みなのだろう。すなわち、12チリンドリとは勝利への究極的最短ではなく、内燃機の究極的官能を豊かに示すことを任とした、伝統のバトンを後に繋ぐロマンチックな1台というわけである。

12気筒エンジンを搭載し、フェラーリ最初のモデルとして1947年に誕生した125S。撮影場所は記事トップの写真と同じ、本社正門前(当時)にて

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