2019年01月30日 14:00 掲載

旧車 【トヨタ博物館 クラシックカー・フェス 2018】(6)
1970年代後編:初代「カローラ レビン」やケンメリ「スカイライン」など!


くるくら編集部 日高 保

4代目はケンとメリーの日産「スカイライン2000GT」

日産 スカイライン 2000GT(4代目・1973年式)|nissan skyline 2000gt 4th 1973

4代目となるC110型「スカイライン2000GT」1973年式。元はプリンスで開発された「スカイライン」だったが、3代目以降は日産のクルマとなり、現在も13代目が販売中だ。

 1966年8月に日産とプリンスが合併した2年後に、日産から初めて「スカイライン」(C10型・通算3代目)が登場する。そして1969年2月に、初代「スカイラインGT-R」が誕生した。4ドアセダンの「PGC10型」に続いた2ドアハードトップの「KPGC10型」(※6)と合わせて、初代「GT-R」はツーリングカーレースにおいて、3年ほどの間に49連勝を含む52勝を達成。その圧倒的な速さから、プリンス時代から続く「スカイライン」人気にますます拍車がかかっていった。そうした追い風を受け、1972年9月にフルモデルチェンジして登場したのが、4代目「C110型」だ。

 4代目はレースでの「スカイライン」人気に加え、ロマンティックなストーリーのCMが若者から年配者まで幅広い世代に人気を獲得。2人組フォーク・ユニットのバズが歌ったCMソング「ケンとメリー~愛と嵐のように~」が大ヒットを記録するなど、社会現象ともいうべき状況に至った。4代目の愛称は「ケンメリ」だが、その由来はCMにあるのである。レースにおける活躍とこのCM効果によって4代目の累計販売台数は「スカイライン」史上最高となり、66万台(資料によっては64万台)を記録することとなった。

 C110型の中にも2代目「GT-R」(※7)が設定されたが、搭載エンジンの「S20型」が1970年代当時の厳しい排気ガス規制に適合できず、わずか197台で生産を終了。レース活動も行われなかった。そのため「幻のGT-R」といわれ、現在、旧車市場では大変な高値がついている。

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ホンダの軽乗用車第1号「N360」のスポーツモデル「Z360」

ホンダ Z360(1973年式)|honda z360 1973

「Z360 GSS」1973年式。正式名称は「Z」だが、「フェアレディZ」の愛称が「Z」であることなどもあり、区別するために「Z360」と呼ばれることも多い。

 ホンダは1963年8月に軽トラック「T360」(※8)で4輪市場に参入。そして軽4輪乗用車の第1号となったのが「N360」(※9)で、1967年3月のことだった。「N360」は大ヒットとなり、1970年9月に累計100万台を達成。翌10月に登場したのが、「N360」をベースとしたスポーツタイプの「Z360」だった。「Z360」のリアウインドーが潜水用ゴーグルのような形状をしていたことから、「水中メガネ」の愛称で呼ばれて親しまれた。

 「Z360」については、別記事『あだ名は「水中メガネ」! ホンダ「Z360」、実は今年で生誕50周年。でも、まだまだ元気に走ってます』で詳しく取り上げたので、ぜひご覧いただきたい。

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デザインド・バイ・ジウジアーロ! いすゞ「117クーペ」

いすゞ 117クーペ(1975年式)|isuzu 117coupe 1975

PA95型「117クーペ」1975年式。フルモデルチェンジはしていないが、職人がハンドメイドで生産していた時期、量産された時期などで若干形状が異なり、ヘッドランプの形状が丸目のものだけでなく、角目のものもある。

 今でこそ国内の大型自動車メーカーとして知られたいすゞだが、かつては乗用車も生産していた。そんないすゞがマイカー時代が来ることを予見し、1968年に発表したのが「117クーペ」だ(※9)。当時イタリアのカロッツェリアであるギア社に所属していた、インダストリアル・デザイナーの巨匠のジョルジェット・ジウジアーロにデザインを依頼。時代を超えた欧州風のエレガントさをまとって「117クーペ」は誕生した。

 「117クーペ」はフルモデルチェンジすることはなかったが、1968年7月から1981年4月までの約12年に及ぶ生産期間は大きく3期に分けられており、初期型のPA90型は、ジウジアーロのデザインを再現するために職人がハンドメイドでボディを製作したことから、特に人気が高いとされる。上の画像は1975年式のPA95型で、中期モデル。この時期には量産体制に入っており、愛称は「量産丸目」といわれている。

 詳しくは、別記事『往年のいすゞの名車たち!「ベレット」、「117クーペ」、「ジェミニ」、「ピアッツァ」を集めてみた』をご覧いただきたい。

「カローラ」系列のスポーティ・ワゴン「スプリンター リフトバック」

トヨタ スプリンター リフトバック(3代目・1977年式)|toyota sprinter liftback 3rd 1977

「スプリンター リフトバック」1977年式。「スプリンター リフトバック」としては初代となるが、「カローラ スプリンター」から数えると3代目となる。

 「カローラ レビン」の項でも触れたが、「カローラ」シリーズの特徴は系列が多岐にわたることだ。「カローラ」のスポーツタイプとして1968年5月に誕生した「カローラ スプリンター」は、2代目になると「スプリンター クーペ」と車名を変更したことはすでに説明したとおり。「スプリンター クーペ」からはいくつかの車種が派生しており、1974年4月に登場した3代目から派生したのが「スプリンター リフトバック」だった(1976年1月に発売)。

 「スプリンター リフトバック」は、3代目「スプリンター クーペ」の2ドアクーペボディのルーフラインを延長し、リアに大きなハッチバックを設けたスタイルを採用。スポーティな要素を持ったワゴンという設定だった。「スプリンター リフトバック」はその後、3回のモデルチェンジを行い、4代目(初代「カローラ スプリンター」からは6代目)となる「スプリンター シエロ」が1991年に生産終了し、歴史の仲間入りをした。

 「スプリンター リフトバック」と似たような外見をした車種として、1982年8月に「スプリンター カリブ」が誕生する。こちらはパートタイム4WDのレジャー向け5ドアワゴン(ステーションワゴン)、という位置付けだった。

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