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最終更新日:2023.07.05 公開日:2023.06.10

【フリフリ人生相談】第410話 「老人にスマホを教えるのが苦手」

登場人物たちは、いいかげんな人間ばかり。そんな彼らに、仕事のこと人生のこと、愛のこと恋のこと、あれこれ相談してみる「フリフリ人生相談」。 人生の達人じゃない彼らの回答は、馬鹿馬鹿しい意見ばかりかもしれません。でも、間違いなく、未来がちょっぴり明るく思えてくる。 さて、今回のお悩みは? 「老人にスマホを教えるのが苦手問題」です。 答えるのは、意外に愛されキャラの山田一郎です。

松尾伸彌(ストーリーテラー)

画=Ayano

わからないところが、わからない

山田一郎と会いました。まったく別件のヤボ用で、品川駅近くのカフェでしばらく雑談をかわしていたのですが、ふと思いついて、届いたばかりのお悩みについて話してみました。ほんとは由佳理に相談しようかなと思っていた件です。

「介護系の仕事をしている30代の男です。老人にスマホの使いかたを教えてほしいとよく頼まれるのですが、私は自分で『老人にスマホの使いかたを教えること』がひどく不得手だということに気づきました」

そこまで読むと、山田一郎の眉毛の両端がググッと下がりました。こういう顔をするときは、なにか言いたいことがあるときです。椅子のうしろで尻尾がゆるゆるとまわりはじめているかもしれません。
そういうことを気にしていると、この男とは話が進まなくなっちゃうので、私はメールの続きを読みました。

「困っていること、やりたいこと、どこまでできるのか、老人自身よくわかっていないとき、なにをどう説明していいのか、困り果ててしまいます。
『それは知っている』『ここまでは覚えた』と、老人たちは言うのですが、まったく操作方法が間違っていたりして苛立ちます。スマホ販売店でサポート業務を担当している人たちを、本気で尊敬してしまいます。どうやったら、うまい具合に老人にスマホの使いかたを教えられるのでしょうか。いいアドバイスをください』

山田一郎の眉はますます下がってきています。

「なに?」
私の眉は左右が上下していたと思います。そういう私を見つめながら、山田一郎の両眉はますます下がります。まるで、ふたりで眉毛でジャンケンしているみたいです。

「なに?」
と、私はもう一度言いました。

「その悩みって、松尾さん、すっごい共感できるでしょ?」
「は?」
「松尾さんも他人にスマホの使いかた教えるの、苦手じゃないですか」
「うーん、そうねぇ……」
「昔、バンジョーさんにメールのやりかたを教えてて、横で見てて笑っちゃいましたもんね」
「そうだっけ?」
「そうですよ。バンジョーさんはすっとぼけてて、松尾さんがイライラしているの、ほんと、おかしかった」
「うーん、まあねぇ」

山田一郎の指摘は、実は、いやになるくらい的確なのでした。
最初にこのお悩みをもらったとき、私は、まさに山田一郎が言うように「共感」しちゃったのです。

そうそう、そういうこと、あるよなぁ……と。

「相手がなにを質問してるかってところで、もう、苛立っちゃうんだよねぇ」
と、私がつい本音を言うと、
「そうそう、わからないところが、わからないってことですね」
「そうかもね……で、山田先生は、この悩みにどう答えるのさ?」
「かんたんですよ。習うより慣れろ、ですね」

山田一郎の眉がふるふると上がったり下がったりしています。うれしそうです。きっと、尻尾がグルングルンまわっているに違いありません。

習うより 慣れろ

「松尾さんって、どこがわからないか理解して、それを解決して、教えてあげようとするでしょ?」
「へ? ふつう、そうでしょ?」
「このお悩みの介護系の仕事している人も、そうだと思うんですよ。どこがどういうふうにわからないのか、そこがまずわからないって、そもそも、スマホがなにかしらの理解のうえに成り立っていると思ってるわけですよね」
「なに?」
「メールするとか、ゲームするとか、音楽聴くアプリがあって、階層がどうなっててとか、フォルダーがどこにあって、だからこういうときはこうして……みたいなふうに考えてません?」
「そうだね、そうかもしれない」
「逆に言うと、自分でそういうふうに理解しているから、わからないって困っている老人にも同じような理解を求めるわけですよね」
「…………」
「でも、困っている人は、理解なんてどうでもいいんですよ」
「…………」
「理解しないと使えないんだったら、スマホなんて使いたくない、くらいの気持ちなんですよ」
「…………」

私は、山田一郎のブルブルしている眉毛を見ながら、思わず、つぶやいてしまいました。
「さっぱり、わからん」

「ウッヒョー」
ふいに、山田一郎は大声をあげました。まわりの人がそっと私たちを見ます。が、そんなことをお構いなしに、彼は椅子の上でピョンピョン跳びはねそうな勢いです。

「ちょっとちょっと、喜びすぎだよ」
「ワハハ、ほんとにおかしい。松尾さんって、おもしろすぎ!」
「…………」
「キャッチボールをしたい老人に、大谷翔平のビデオを見せて、これがシンカーで、これがストレート、ボールの握りかたはこうで、腕はこうやって振って……なんて話、しないでしょ?」
「しないね。そもそも、おれ、シンカーとかカーブとかフォークとか、よくわかってないし」
「でしょ? ってことは、とにかく、老人にボールを渡して、投げてもらって、また投げ返すしかないじゃないですか」
「まあね」
「スマホって、どこをどういじっても壊れたりしないんだから、どんどん触ってればいいんですよ」
「猿だって使えるっていうからね」
「そうそう……だから、スマホの使いかたを教えてほしいっていう老人に、なにがわからないんですかって聞いちゃダメなんですよ」
「え?」
「なにをしたいんですかって聞くしかないじゃないですか」
「…………」
「LINEで友だちにメッセージを送りたいとか、マージャンのゲームがやりたい、とか、やりたいことがあるわけでしょ?」
「そうだろうね」
「そこがわかれば、あとは、操作しているのを横で見て、タッチする場所を教えてあげるとか、ひとつかふたつ、アドバイスしてればいいんですよ。あとは、勝手にやってもらえば……」
「…………」
「それでまた、困ったときに聞いてもらえば……」
「なるほど。習うより慣れろ。どんどん自分で操作して慣れるしかない。だから、つまづいたところで、修正してあげるくらいでいいと……」
「それもありますけど……」

と、山田一郎は、また、ふるふると眉毛を動かしたのです。

習うより慣れろに、慣れる

「松尾さん自身が、習うより慣れろってことですよ」
「なに?」
「スマホの指導方法を習うんじゃなくて、ただ横にいて、困ったら聞いてくださいねっていう態度に慣れるべし、ってことですね」
「…………」

奇妙なほどやさしい顔つきで私を見ている態度に少しばかりムッとしながら、彼が言ってることを考えていました。

習うより慣れろ。困っている原因を理解するんじゃなくて、ただ手を差しのべるだけ……。

「メールにも書いてあるけど、スマホ販売店のサポート業務をやってる人たちって、ほんと、偉いよね」
私がそう言うと、山田一郎は、声をあげて笑いました。

「そう言ってるところが松尾さんですよね。お客さんに指導してるわけじゃなくて、販売店の人たちが大変なところは、雑談につきあってるところだと思いますけどね」
「そうなの?」
「うちの孫がこんなゲームを入れてくれたんだけど、ってところからはじまって、結局は孫の話になるに決まってるじゃないですか」
「なるほど……」

「この介護系の30代男性も、からだを動かすことに関しては、たぶん、習うより慣れろでやってると思うんですよ。介護ですからね。太ももの筋肉はこう動いてこう衰えがちだから、こういうふうに力を入れましょう、なんてことないでしょ? 少しずつ歩けるようになったとか、痛かった腕があがるとか、車椅子の操作に慣れるとか、そういうことでしょ?」
「そうだろうね、たぶん」
「けど、この人、スマホに関してはなぜか身構えちゃってるんですよ。老人からスマホの使いかたを教えてほしいって頼まれたら、なにがしたいのって聞いて、アプリを探してタッチするってところまで教えとけばいいんですよ。あとは、少々のことでは壊れませんから、いろいろと触ってるうちに慣れますよ、ってことで、いいと思いますけど」

山田一郎は、そう言って意味ありげな笑顔を浮かべました。

なんだか、今回の話は、ちっとも人生相談になってなくて、私の性格診断みたいな話をされて終わり、みたいな気がします。

「そういうもんかねぇ」
と、私は、あれこれと考えながら、改めて小声でつぶやきました。

「ほら、また、理解しようとしてるでしょ?」
山田の眉が、またゆっくりと下がりはじめました。


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