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最終更新日:2023.03.27 公開日:2023.03.27

【フリフリ人生相談】第405話 「取引先の担当者が昇進したとたんに、パワハラ」

登場人物たちは、いいかげんな人間ばかり。そんな彼らに、仕事のこと人生のこと、愛のこと恋のこと、あれこれ相談してみる「フリフリ人生相談」。 人生の達人じゃない彼らの回答は、馬鹿馬鹿しい意見ばかりかもしれません。でも、間違いなく、未来がちょっぴり明るく思えてくる。 さて、今回のお悩みは? 「取引先の担当者が昇進したとたんに、パワハラ」です。 答えるのは、埼玉県内に数社を所有する実業家・高橋純一です。

松尾伸彌(ストーリーテラー)

画=Ayano

わざと悪役を引き受ける?

今回の相談は仕事に関する悩みです。個人的問題というより会社として困っちゃうだろうなぁという話で、実際問題、こういうことで悩んでいる中小企業は多いのかもしれません。

「とある中小企業の社員です。うちの取引先についての相談です。取引先の大手企業の課長は、融通がきかず、パワハラまがいの言動の多い人でした。その課長の部下で、実質的担当者としてこれまで現場でともに苦労してきた係長のAさんが、数か月前に課長に昇進しました。Aさんは実に親身に現場の意見を聞いてくれて、彼が課長になることで、ようやく円滑に仕事ができると喜んでおりました。Aさんが課長に就任して数か月、なんと、Aさんの言ってることや態度が、前の課長と同じようになってきたのです。頑固で融通がきかず、しかもパワハラまがいのことを平気で言います。まったく性格が変わってしまったようなAさん。私たちはどうつきあうべきなのでしょうか」

取引先の担当者が実にいい人だった。そんな担当者が課長に昇進した。これで、これまでの悩みは解決、スムーズに仕事が運ぶと思いきや、な、なんと、新しく課長になった担当者が、以前の課長と同じようにパワハラ野郎になってしまった、ということですね。とほほ。

ありがち?
どうなんでしょう?
最近、私としては、この手の悩みは高橋純一がうってつけ、と勝手に決めているので、行ってまいりました。大宮駅近くの「取調室」のような個室です。何社もの会社を所有する高橋純一が、どうしてこの部屋で私と会うのか、いまだにナゾなのですが……。

さっそくお悩みを読んでもらいました。Mr.オクレそっくりの高橋純一は、上から下へ何度か視線を動かして、読み終わると「うむ」とつぶやいて腕を組んでしまいました。やはり企業のオーナーとしては思うところがあるってことなんでしょうか。

「どうですかね」
と、私は素朴に感想を聞いてみました。

高橋純一は、閉じているのか開いているのかよくわからない目を私に向けて、静かに言いました。
「つまり、この取引先の会社は、課長になるとみんなパワハラ体質になるってことですよね」
「まぁそう読めなくもないですけど……そんなことってあるんですか? 担当者のときは、すごく親身になってくれるいい人だったんですよ」
「たとえば、敢えて……ということも考えられなくは、ないです」
「敢えて?」
「そう。敢えて。わざと課長が悪役を引き受けている……。相談者の会社は、つまり、大手の下請けってことなんでしょう? 発注側企業からすると、予算のことや品質や納期などなど、そんなに甘いことばかり言ってられないってこともありますよ。現場の担当のうちはいいです。現場の人たちに親身になって、それで円滑に仕事が進むのは大切なことですからね。でも、いったん管理的な立場になると、そう甘いことばっかりも言ってられない。だから、敢えて、きついことを言いだす、みたいな」
「なるほど……」

そう言われてしまうと納得するしかないのかもしれませんが、これまでのいい担当者のまま、その延長できびしいことを言ったってバチは当たらない気がしますよね。
私は思ったままを高橋純一に言ってみました。

「それまでの信頼ってあるじゃないですか。担当者でいてくれるうちに培った信頼関係ってやつですよ。だったら、その信頼関係を持ったまま、課長になったらなったでちゃんと説明してくれれば問題はないと思うんですけどね。いきなり人格変わる必要、あります?」
「…………」

高橋純一は、小さくうなずいてから、ふいにおかしそうに笑いました。

「確かに、そのとおりなんですね」

しかし、パワハラはパワハラ

「こういう話は、実際、当事者に聞いてみるといろいろと事情があるものです。そのひとつが、先ほど言った、敢えて鬼になるみたいな感覚ですね。おたくを大切に思ってるからこそ、敢えてきついことを言ってるんだ、みたいな。そうやって無理を通すってことは、あります」

高橋純一が言うと、やっぱり説得力があります。それこそがビジネスって気分になってしまったりもします。

「が」
と、きっぱりと、高橋純一は声をあげたのです。

「それは間違ってるんです。発注側と受注側のそういう上下関係みたいな考えかたは、もう古いんですよ。まったくもって古すぎる」
「…………」
あまりにきっぱりとした強い口調に、私は少々たじろいでいました。なので、つい、にやけた笑いを引きつらせながら、口走ってしまったのです。
「いまの時代には、合わない?」

「時代に合うとか合わないじゃなくて、そもそも間違ってるんですよ。下請けは発注者の奴隷だから、みたいな考えかたは、根本的に間違ってます。だって、パワハラとかDVをやる男は、ほんとは奥さんを愛してるとかなんとか、いろいろ言うかもしれないけど、なにを言っても、パワハラはパワハラじゃないですか。DVはDV、愛は関係ない」

「た、確かに」
自分が叱られたみたいに、小さくつぶやいたのでした。

つきあいを、やめる!

「なので、まず考えるべきは、その会社との取引をやめるってことですね」
「…………」
「いい担当者だったのに、立場が上になったとたんパワハラ体質になるってことは、その会社はそういう会社だってことです。どこか根本の部分で、下請けを馬鹿にしてるんですね。そういう会社とつきあっちゃダメなんです。きっぱりと切る。これがいちばんの解決策です」
「でも、そういう大手を敵にまわすと、ろくなことはない気がします」
「だめですよ、松尾さん、そういうこと言っちゃ」
と、みょうにきびしい目で言われてしまいました。

なんか、このところ、ずっと回答者から責められている気がします。山田一郎からも高橋純一からも「それじゃダメだ」「なにもわかっちゃいない」などなど、たしなめられてばかりです。少しばかり暗い気持ちになっていく私です。

そんな私に気づいたのか、高橋純一はやさしい声で言いました。
「いつだったか、自分の価値を考えてほかの会社に転職しようと思う、みたいな相談があったじゃないですか」
「ええ、ありましたね。そのとき、高橋さんは、とっとと転職すべきって意見でした。もう少し我慢したほうがいい、我慢するにはこういう考えかたはどうだ、みたいな話になるかなって思ったんですけど、違ってました。すごくあっさりと転職を勧めるんだと思って、ちょっとびっくりした」

「これからの日本の企業は、とか、日本経済は、みたいな話にすると大袈裟ですけど、ほんとに、そういうことなんですよ……」
と、ほんのちょっぴり、高橋純一は遠い目をしました。

「我慢が悪いとは言いません。それが企業体質を強くするってことも確かにあります。でも、同じ我慢なら、最大限、有意義なことで耐えて、がんばったほうがいい。これまでの大手との取り引きをやめて新しいビジネスを模索する。同じ苦労なら、そっちのほうがいいに決まってますよ。そんなね、前時代的な下請けいじめなんて、我慢する必要はまったくない。そういうパワハラ体質の会社とは、すぐに切れるべきです。パワハラ体質の大手なんてすぐにつぶれます。古いつきあいという理由で我慢しないで、どんどん、新しい会社を探し続けないといけません。まず考えるべきは新規開拓。いま、日本経済に求められてることは、こっちです」
「…………」

取調室のような部屋で、熱心に語る高橋純一の顔しか見えていません。頼もしいなぁと思うより、やっぱり、この部屋は居心地がよくないとしか考えられない私です。高層階の見晴らしのいいガラス張りの部屋で同じ話を聞いたら、私は、心の底から感動して、日本経済の未来を考えたかもしれないのに、実に、Mr.オクレの顔は、辛気くさいとしか言えないのです。

「お父さん、そうは言っても、やっぱり我慢するしかないですよ」
と、四畳半で肩をすぼめる気分にしかならないから不思議です。

「ね、そうは思いませんか?」
高橋純一は、私の気分など無視したように、晴れ晴れとした顔で言ったのです。
「我慢する必要は、ないんです!」


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