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最終更新日:2022.11.19 公開日:2022.11.19

【フリフリ人生相談】第396話「このまま結婚していいの?」

登場人物たちは、いいかげんな人間ばかり。そんな彼らに、仕事のこと人生のこと、愛のこと恋のこと、あれこれ相談してみる「フリフリ人生相談」。 人生の達人じゃない彼らの回答は、馬鹿馬鹿しい意見ばかりかもしれません。でも、間違いなく、未来がちょっぴり明るく思えてくる。 さて、今回のお悩みは? 「つきあって10年。このまま結婚していいの?」です。 答えるのは、金のかかった美魔女の手前、由佳理です。!

松尾伸彌(ストーリーテラー)

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画=Ayano

ほんとうに愛しているか?

若い女の子からお悩み相談がきました。20代後半で学生のときから10年ほどつきあった彼がいるそうです。20代後半の女性を「女の子」と呼んでいいのかどうかわかりませんが、ま、とにかく……。

「20代後半の女子です。
大学時代からつきあっている彼がいます。
このまま結婚していいのか、少し悩んでいます。
本当に愛しているのか、なんて考えると、迷います。
こんな気持ちで結婚するのも彼に失礼だし、とか。
でも、彼と別れたら、あとがない気もしていたり。
どうしたらいいですか?」

由佳理に相談することにしました。前回会ったのと同じ丸の内にある高級ホテルのラウンジです。前回同様、大宮からわざわざエステだのヘアメイクだのやってきたあとに時間をもらいました。
もう10年近く前に会ったときから感じているのですが、由佳理を前にすると、なんだかエーゲ海の風が吹いてくるわけですね。しかも、ここのところ、エステとかで磨きをかけた直後なので、そのさわやかさといったら……なんて話をしているとセクハラだなんだと言われそうなので、さっさとお悩みにいきます。

「どうなんだろうね、こういう悩み。最近の若い人たちが結婚しないっていうのはニュースにもなっているけど、つきあいがあったらあったで、いろいろと悩みも多いのかなぁ。10年もつきあってるなら、もうあっさり結婚しちゃえばいいのにって思うんだけど……」
「いざ結婚を前にすると、あれこと考えることがあるんですよ」
なんて言いながら、由佳理は淡く微笑しました。それがちょっとばかり皮肉めいた仕草だったのです。
「なに?」
「松尾さん……私がどうして純一さんと結婚したのかわからないって、いつも書いてますけど、そういうウラがあって、このお悩みを私に持ってきたんですか?」
「いや……まったく、そういう意図はないよ、ほんと。純粋に由佳理ならいい回答をくれそうだからって思ったから……」
など、派手にうろたえている私です。

「まぁでも……結婚についてまじめに考えたとたん、この人のことを心から愛しているのかとか、いろいろ考えちゃうもんですよ」
と、由佳理はやさしく笑っています。
「個人的な話をすると、ほんと、愛ってなんなの? 結婚ってなに? なんでMr.オクレなの? とかね……」
彼女の笑顔がまたまた皮肉めいてきます。
さんざん自分が書いてることですから反省なんてことでもないのですが、高橋純一を冷やかすつもりの話を奥さんサイドから突っこまれると、いやいや、なかなか大変ですね。
「いや、だから、由佳理みたいにいい女と結婚できて、うらやましいって話なわけだから……」
ん? なんだか、また、こういうこと言ってるとセクハラ、かな? なにを言ってもドツボにハマりそうで、まずい感じです。

「恋愛って、鍵があると思うんですよ。鍵……わかります? キーっていうか」
と、ふいに由佳理は、思いついたように言ったのです。

大切な鍵(キー)を探してみる

「ほう、鍵ね」
なんて、私は救われたように由佳理を見つめてしまいました。

「キーワードとかキービジュアルとか、あるじゃないですか」
「どういう意味?」

「恋愛とか結婚とか、なんでこの人とずっと続いてるんだろうなんて考えてて、ふと、そんなことを考えたことがあるんですよ。たとえば、つきあいはじめたころに彼が言ったちょっとした言葉とか、ある日のデートのときの仕草とか……そういうのってキーワードでありキービジュアルであり……心のどこかにずっと残ってるんですよ。
うちの場合で言うと、最初に会ったときに純一さんがぽろりと言った言葉だったり……」
「なんて言ったの?」
と、当然、そう聞きますよ。
「それはヒミツ」
と、いたずらっぽく、由佳理は答えるわけですが。

「生まれたての赤ちゃんを最初に抱いたときの、死ぬほどうれしそうな顔、とかね」

「Mr.オクレに似ていたり、お金持ってるだけ、なんて言われてますけど、そういう鍵みたいな言葉とか映像みたいなものがあるから、私、いまでも奥さんをやってるんじゃないかと思ったりして……」
「…………」
由佳理の皮肉には、できるだけ反応しないようにしつつも、私はまったくべつのことを考えていたのでした。

若いころ、学生時代、どんな仕事をしようかと考えていたときに、ふと、ドキュメント映像のなかに登場した黒澤明だったかの映画監督の姿……ディレクターチェアに座っている背中と「はい、スタート!」という声……こういうのに憧れて映画監督になりたいって思う気持ちが、どこかにあったかもなぁ、とか。

確か神保町界隈を歩いているときに、新聞社の階段をトレンチコートを羽織りながら駆けおりてくる男がいて……なんてビジュアルを見て新聞記者に憧れる、とか。

実際は、映画監督にも新聞記者にもなりませんでしたが、ある職業に憧れる瞬間って、そういう単純なものではないか、と、思ったことがありました。

「わかる気がするなぁ」
などと、私は声をあげていたのです。

鍵は大切にしまっておく

「あるでしょ、そういうこと」
と、由佳理。
「うん、あると思う」
恋愛の話とは関係のない想像をしつつ、私は力強くうなづいてました。

「今回のお悩みの女の子も、10年つきあってる彼とだったら、いっぱいそういうキーワードとかビジュアルがあるはずですよ。それを探して、心のなかで大切に感じられれば、結婚をためらう理由はないですよ」

「なるほど」

「そういう鍵みたいなものは、ほんとに意図的なものじゃないんだと思うんですよね。なにげなくて、ささやかで、ふつうは忘れちゃうようなものなんだけど、ふとしたときに強く思い出せる、みたいな。そういうシーンだったり、言葉だったりするんですよ」

「日常は日常なので、どんどん当たり前のつまらないものになっていって……だからきっと、このまま結婚していいのかなんて悩んじゃうんだろうけど、でも、鍵を見つけておけば大丈夫です」

「反論するわけじゃないんだけどさ」
私は、少しだけ視線を泳がせながら聞きました。

「そういう鍵が見つからない場合は、どうする?」
「それはね……」
と、由佳理は少しだけ考えを追いかけるように、ラウンジの遠いところを見つめました。

「それは……」
と、彼女は私の鼻先あたりをしっかりと見つめてきます。

「心の豊かさの問題ですね。ふたりの思い出のなかに鍵を見つけられないっていうなら、それはもう仕方ないんじゃないですか。結婚するとか結婚しないとかじゃない気がしますよね、問題は」
「人間性のってこと?」
「そこまではわからないですけど、鍵がないんじゃ仕方ないですよ。すてきな思い出の扉は開かない」

そこまで言って、由佳理はとてもおかしそうに笑ったのです。

「私、いま、うまいこと言いました?」
とてもいい香りのする風が、ふわりと吹いてきたのです。


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