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最終更新日:2023.06.14 公開日:2020.05.15

『イタリア発 大矢アキオの今日もクルマでアンディアーモ!』第3回 新型コロナ制限下、街角カーライフを支えた粋なプロたち

イタリア在住のコラムニスト、大矢アキオがヨーロッパのクルマ事情についてアレコレ語る連載の第3回目は、新型コロナウイルスで変わったイタリアの日常について。

文と写真・大矢アキオ(Akio Lorenzo OYA)

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2020年4月17日に撮影した給油所の看板。ガソリンはリッターあたり1.409ユーロ(約164円)、ディーゼルは1.289ユーロ(約150円)。日本と比較するとさほど割安感はないが、当地では3月初めと比較して10〜20%値下がりした。

8週間ぶりの外出制限解除

新型コロナウイルスで甚大な被害を受けたイタリア。死者数3万739人(2020年5月11日現在)は、世界第3位である。幸い4月上旬から1日あたりの陽性反応を示した人数の増加カーブは緩やかになった。4月4日からは集中治療室の患者数も減少傾向がみられるようになり、4月20日には陽性反応を示している人の数も初めて減少に転じた。3月初旬から約8週間続いた移動制限と休業措置は5月4日、「コロナとの戦い・第2フェーズ」の名のもと緩和された。

ただし、移動は当面州内に限られる。自動車愛好者に馴染み深い地名で例を挙げれば、モデナとマラネッロは同じエミリア-ロマーニャ州内なので行き来可能だが、ロンバルディア州のミラノとピエモンテ州のトリノは通勤など正当な理由がない限り、引き続き往来不可である。

前回記したように、イタリアの外出制限は高額な罰金を伴う厳しいものであった。そのため、道路は普段の日曜程度の通行量しかない。地元のニュースは、自動車専用道路に野生動物が歩いている姿を、たびたび報じた。

もちろん、移動制限を守ることができなかったイタリア人も多数報じられてきた。制限第1フェーズの間、私が住むシエナの地元紙も「彼女に会いたくて」「河原でバーベキューがしたかった」といった理由で取り締まられた市民を伝えた。筆者が住むシエナの珍味を買いたくて車で隣町からやってきた市民も検挙されたという。

珍味とは、何だったのかまでは報じられなかったし、検問でとっさに思いついた出まかせかもしれない。だが本当だとしたら、名産のイノシシ肉サラミや羊乳チーズがそんなに恋しくなるものなのかと、少々誇らしげに思った筆者である。

セールスおじさんの初挑戦

しかしながらイタリア人にとって最もつらかったのは、4月12日のイースター(復活祭)休暇であった。例年、家族や友人と共に過ごす、クリスマスに次ぐ大切な機会だからである。

今回の外出制限では、市外への移動に加え、別荘への移動も3月22日から禁止された。にもかかわらず12日の復活祭休暇はそれを破る移動が多く、イタリア内務省によると12日の週末だけで、1万4000件が不要な外出として検挙された。

自動車営業マンのマッシミリアーノ氏は、自宅で動画メッセージに挑戦。納車延期になった顧客に向けて復活祭祝いを収録した。自分が販売するブランドの投影も忘れていない。

 その復活祭祝いがてら、自動車ディーラーでセールスパーソンとして働くマッシミリアーノ氏に連絡をとってみると、いまは「中古車検索サイトに商品をアップロードしているよ」と近況を教えてくれた。

さらに彼はこの期間を利用して「動画に挑戦する」という。聞けば、納車が延期になってしまっている顧客に向けて、復活祭の祝賀ビデオメッセージを撮るのだという。

後日SNSで筆者にも送られてきた動画を見ると、「親愛なるユーロモータース(彼が勤務する販売店名)のアミーチ(友達)へ。過酷な状況が続きますが、私も同僚たちも絶えず、お客さんとのコンタクトを保ち続けます。営業の許可下り次第、すぐに再開します。どうぞ良い復活祭を」という挨拶だった。

意外に真面目で、本人の隠し芸披露とか、筆者が過剰に期待したコンテンツではなかった。だが背後に置かれた「007」全巻DVDセットからは、おじさんの映画趣味に加え、その並べ方から几帳面さが窺えた。

加えて、古風な家の造りや調度品から、今まで知らなかった彼のセンスが垣間見られた。友達のように親しいムードを愛するイタリア人顧客は、筆者以上に彼の初動画を評価したはずだ。

車間距離はとらないけれど

前回のコラムでは、外出制限下に市民が許されている各種行動は、操業が許可された業種への通勤、食料品・生活必需品・薬品の購入や、かかりつけ医への通院のみであると記した。そのなかで我が家が事実上行えたことといえば「買い物」だけだ。

店内に入れるのは一家族一人となり、それも店内の人数の過密を避けるため、客は外で待たなければならない。筆者が行くスーパーは最大でも15分程度の待ちだが、大都市ではもっと時間がかかるようだ。店によっては、マスクと手袋をしないと入れてもらえず、また配布している店もある。

最初は週に1度行っていたが、かくも買い物を楽しめる雰囲気とは程遠いため、10日に1度に変更した。店の内外では、これまでマスクをしているアジア人観光客がいると怪訝な目で見ていた彼らが、皆嘘のようにマスクを装着している。

さらなる変化は、並ぶ大半の人々が、買い忘れがないように購入する品物を記したメモを持参していることである。これも従来のイタリア人に見られなかった習慣だ。それ以上に驚いたのは、人と人との距離、いわゆるソーシャル・ディスタンシング(社会的距離)を大半の人が遵守していることだ。

外出制限下の4月17日のイタリア・シエナにて。朝8時、気温5℃でもスーパーの外には、開店前から入店待ちの列が。それでもソーシャル・ディスタンシングは意外にも守られていた。

 いっぽう、日ごろイタリアで運転していると、車間を詰めるドライバーが少なくない。普通車の場合、車間距離不保持の行政処分は日本の高速道路では9000円に対して、イタリアでは168ユーロ(約2万円)と高額であるにもかかわらず、多くの運転者が車間距離を空けずにぴったりとついてくる。

それからすると現在は人と人の間で最低1メートルの安全距離を守っている。店内で商品を取るときも、遠くから順番を譲りあうことがしばしばだ。いかに新型コロナウイルスに人々が敏感になっているかの現れだ。

ロードサービス隊員の粋なひとこと

そのスーパーマーケットで、4月下旬のことである。買い物から戻ってくると、エンジンがかからない。バッテリー上がりだ。購入後10年。いままで同じ事態に陥ったことはなかった。だが前述のように、外出制限後は10日に一度車を使うだけの繰り返し。ましてや高回転に至らない平坦な道を往復3km走るのを繰り返しただけゆえ仕方ない。日本の読者諸氏も、この時期は定期的に愛車のエンジンを始動することを強くお薦めする。

実は斜向いに給油所があったのだが、この時期最低限の人数で営業しているだろうから、あまり助けは望めない。かといって、前述のソーシャル・ディスタンシング厳守のなか、見ず知らずの人に頼んで、ブースターケーブルを繋がせてもらうのも気が引ける。時間帯のせいか、駐車場を見回しても大半がお年寄りである。

こういうときに限って、冷凍食品や普段あまり買わないジェラートまで買ってしまっていた。仕方がないので、バスで一旦家に戻ることにした。道が空いていることもあって、路線バスは十数分後に定刻でやってきた。運転士の安全確保のため、前扉からの乗降は禁止だ。後方扉にはソーシャル・ディスタンシングのため、定員最大7人までしか乗れない旨が記されている。そして車内には運転士の直後に座れないよう、ビニールテープが張ってあった。

路線バスの乗降は後部のみ。ドアガラスには「7名まで乗車可」の貼り紙が。

 昼食後ふたたびバスで、クルマを置いてきた駐車場に向かう。午前同様スーパーの前には、お客によってカートの列ができていた。

筆者が加入している保険会社のロードサービスに車内から電話する。バッテリーが上がった旨伝えると、「約45分で到着します」との返答があった。オペレーターは「ACI(アチ)のロードサービスが向かいます」と言う。ACIとは本稿第1回で解説した”イタリア版JAF”のことだ。この国でACIのロードサービス業務の大半は、委託された地元の整備工場が請け負っている。

45分と聞いて車内で本を読んで待っていたら、驚いたことに約10分で積載車が現れた。ジャンプスターターを繋いで難なく始動した。作業終了後、日本語でサインをすると、隊員のおじさんは「それ、好きだぜ」と笑って受け取った。

それ、とは筆者の漢字サインであった。イタリアでは日本のポップカルチャーや寿司ブームも手伝って、昨今漢字がクールだ。ソーシャル・ディスタンシングで人々の会話が街から消えたなか、それも一刻を争う仕事であるロードサービス隊員から、そのような言葉が発せられるとは。おかげで車が動かなかった筆者の焦りは雲散霧消した。とっさの一言こそが、人々の緊張を和らげる。

セールスのマッシミリアーノ氏しかり。それぞれの立場でイタリアの自動車ライフを支える人の姿に接することができたのは、この非常状態の最中において、ひとつの喜びであった。

筆者の車を始動してくれたロードサービス隊員の積載車。外出制限中も彼らは絶えずドライバーたちを守っていた。

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