『イタリア発 大矢アキオの今日もクルマでアンディアーモ!』 第2回 新型コロナに負けるな! イタリアのパトロールカー、その最大の「武器」とは?
イタリア在住のコラムニスト、大矢アキオがヨーロッパのクルマ事情についてアレコレ語る連載の第2回目は、イタリアの警察と自動車生活についてのお話。
「外出」監視にドローンも
新型コロナウイルスの感染被害が深刻なイタリアは、首相令として全土封鎖が2020年3月10日に発動されてからまもなく1ヶ月になる。
一般市民に許可されている外出は、操業が許可された業種への通勤、食料品・生活必需品・薬品の購入や、かかりつけ医への通院のみだ。それ以外の外出は厳しく制限されている。3月21日には罰則が強化され、当初最高206ユーロ(約2万5千円)だった罰金は、最高3000ユーロ(約36万円)にまで引き上げられた。
22日からは行動できる範囲が狭められ、ついに各自が居住する市内のみとなった。外出の際は、内務省発行の自己申告書PDFをプリンター出力し、理由や目的地を記入して携帯しなければならない。書式は3週間足らずの間に次々更新され、もはや4枚目。イタリア人たちも苦笑している。
筆者が住む中部トスカーナ州シエナでもパトロールカーが朝から往来し、抜き打ちで歩行者の自己申告書をチェックするようになった。市の境界線付近では検問が行われている。さらに我が家の一帯にはときおり、財務警察のヘリコプターが上空に飛来して、余計な移動をしている車や人がないか監視している。同様の目的で、旧市街では市警察のドローン7機が飛び始めたと地元紙は伝えている。
これも警察、あれも警察
そうした任務にあたる組織は、日本であれば「警察」といったワンワードで済ませることが可能だ。「だが、イタリアではそう簡単に説明できない」というのが、今回の話題だ。以下、この国にある警察について解説しよう。
1. 国家警察(ポリツィア)
イタリア内務省、厳密にいうと国家公安委員会の所管である。「県庁所在地の警察署任務」「鉄道警備隊」「郵便・通信警備隊」「国境警備隊」「交通警備隊」の5組織に分かれている。ドライバーに最も関係があるのは交通警備隊(ポリツィア・ストラダーレ)で、交通規制、事故などの捜査、取締の執行などを担当している。
近年はシンボルマークがヒョウであることから別名「パンテーラ」と呼ばれるが、より古い紋章がギリシア神話のケンタウルスであることから、そのイタリア語である「チェンタウロ」という名前でも知られる。
2. 軍警察 (カラビニエリ)
こちらはイタリア軍の所管だ。陸海空と並ぶ第4の軍隊の位置づけである。歴史も国家警察よりも古く19世紀初頭に遡る。
海外の治安・平和維持活動にも携わる。しかし、国家警察と同様に、市民の安全や治安維持も任務とする。国家警察が原則として県都のみをカバーしているのに対して、カラビニエリは小さな町村にも「カゼルマ(兵舎)」と名付けられた施設を設けている。
また、国家警察の交通警備隊同様に、道路における取締を担当している。パトロールカーは濃紺に赤いラインである。
3. 財務警察(グアルディア・ディ・フィナンツァ)
経済財務省の直轄組織。主に脱税など税務関係の捜査を行うほか、密輸や不正な製品の流通にも目を光らせている。そのため、イタリアで運転していると、道路脇や高速道路の料金所付近で商用車を中心に路上検問を実施している光景をよく目撃する。
4. 都市警察(ポリツィア・ムニチパーレもしくはポリツィア・プロヴィンチャーレ)
地方自治体が独自に組織している警察。上記の警察官たちと同様に拳銃を所持し、ミラノなど大都市では凶悪事件の処理にあたることも少なくない。
いっぽう自動車ユーザーが都市警察と聞いて真っ先に思い浮かべるものといえば、駐車違反の取締である。また、市内エリアでは国家警察の交通警備隊同様、スピード違反のチェックも実施している。そうしたことから、苦い思い出をもつ人が多いのだろう。イタリアのテレビで、国家警察やカラビニエリが活躍するドラマは存在するが、都市警察官が主役の全国ネット番組は記憶がない。
ただし、イタリアのクラシックカーイベントでは、地方自治体の払い下げバイクが、POLIZIAの文字を消されて販売されている場合がある。つまり本物の白バイの払い下げ品が買えることがある。
「110番」も複数ある!
警察機能を果たしている組織としては、刑務所警察、沿岸警備隊もこれに加わるが、今回は市民生活やカーライフとは少し離れているので割愛する。
ただし今回の全土封鎖では、警察を補助するため、イタリア陸軍(エゼルチト)も導入されている。彼らの一部は自動小銃も携行しているが、市民から強い反発の声は聞かれない。イタリアや周辺各国でテロが発生するたび、駅や広場などで彼らが同様の装備で待機し、いわば見慣れた光景になっているからだ。
このようなイタリアの警察・軍組織と同様、日本人は理解に苦しむのが「110番」に相当する緊急通報用電話番号だ。難解になった背景が面白いので解説しておこう。
1991年に欧州委員会が「112」をEU圏内の統一緊急番号とする法律を制定。EU加盟国のどこでも「112」をかければ、オペレーターが状況に応じて警察、消防、救急車を割り振る構想だった。イタリアではようやく2004年から着手開始されたが、移行に手間取った。「112」は前述のカラビニエリが1981年から使用していた番号だったからだ。ちなみに国家警察は1968年以来、別の「113」を使用していた。
そうこうしているうちに2009年、業を煮やした欧州委員会がイタリアを義務不履行として裁判を起こす事態も発生した。2020年2月現在、イタリアで「112」が統一緊急番号として稼働しているのは全20州中8州、それも12コールセンターにとどまる。それも一部州では、かけるのに市外局番を加える必要が生じたりと、混乱も来している。その傍らで、各地では従来の緊急番号も並行して用いられている。
警察官の顔が輝くとき
イタリアの警察・軍組織は目下、全土封鎖とそれによる新型コロナウイルス感染拡大阻止を実現すべく、行動制限を着実に実行することに全力を集中している。
いっぽう平常時、彼らと接する意外な機会がある。それはローカルなモーターショーやヒストリックカー・ショーといった自動車イベントだ。それぞれの歴史車両部門が、広報活動の一環として積極的に参加しているのである。
彼らが最も輝くのは、毎年春に開催されるイタリア半島縦断ヒストリックカー・ラリー「ミッレミリア」だ。約400台の参加車に混じり、国家警察交通警備隊、カラビニエリ、そして陸軍が揃って出場する。
彼らの参加車両の多くは「サイレン」が鳴らせる。音色は今日のけたたましいものと違い、どこか牛の鳴き声に似たのどかさがある。それが煉瓦色の街に響くと、沿道の子どもたちはもちろん、大人も歓喜の声をあげる。たとえ前後にどんな高級な参加車がいても、サイレンが人々の視線を奪ってしまうのだ。
実は我が家の前も、たびたびミッレミリアのルートになる。だが、毎年通過するものだから慣れきってしまい、近ごろはエグゾースト・ノートが聴こえてきても外に出なくなってしまった。
それでも10月22-25日に延期された2020年度は、参加車たちを待ち構えてもよいかもしれない。
古典車両のステアリングを意気揚々と握る警察官や軍人たち。彼らと共に、ウイルスとの闘いの勝利を味わいたいではないか。