JAXAと欧州宇宙機関の探査機コンビ「みお」&「MPO」が水星へ向けて出発
水星探査機「みお」と「MPO」の2機を搭載したアリアン5型ロケットの打ち上げの瞬間。アリアンロケットを打ち上げているアリアンスペース社は、衛星市場の打ち上げロケットをビジネスとしてる企業の中で最も成功している。
現地時間19日(金)22時45分28秒(日本時間20日(土)10時45分28秒)に、水星探査機2機を搭載したアリアン5型ロケットが、中米のフランス領ギアナのギアナ宇宙センター(クールー宇宙基地)から打ち上げられた。この打ち上げを、多くの研究者たちは固唾を飲んで見守ったという。なぜか?
水星は、太陽の最も近くを回る小さな惑星。直径は約4880kmしかなく、3500km弱の地球の月よりわずかに大きい程度。この小ささのため、水星は長らくすでに中心核まで冷えて固まってしまった”死んだ惑星”と考えられていた。
ところが、近年になってNASAの探査機「メッセンジャー」が、地球の1/100規模ではあるものの磁場があることを発見。つまり核が冷え切っておらず、地球のような”生きた惑星”であることがわかったのだ。以来、死んだ惑星という見方は大きく変わってきた。
また水星は現在、ほかの惑星と大規模な衝突をした可能性が示唆されているなど、太陽系の形成初期の記録をとどめる非常に重要な”生き証人”として科学者たちの熱い視線を浴びてもいる。今、太陽系の研究でホットな存在となっているのが水星なのだ。
JAXA最長のプロジェクト、いよいよ探査機打ち上げに!
水星の周回軌道で観測を行う「みお」(上)と「MPO」(下)のイメージ。「MPO」の背後にあるのが水星で、周辺に広がるのは磁場のイメージ。左は太陽。
こうして水星に注目が集まる中、JAXAは構想21年という史上最長のプロジェクトである水星探査計画「BepiColombo(ベピコロンボ ※1)」を進めてきた。同計画は、観測機能の異なるJAXAの水星磁気圏探査機「みお」とESA(※2)の水星表面探査機「MPO」の2機を同時に送り込んで探査するという、国際共同探査計画で、いよいよ打ち上げとなったのである。
ロケットは計画通りに飛行し、打ち上げから約26分47秒後に両探査機を正常に分離。2機は合体した状態で水星への長い旅路に入った。2025年12月5日に水星周回軌道に到着して軌道上で2機が分離する計画だ。「みお」は主に水星の磁場・磁気圏の観測を行い、「MPO」は主に同惑星の表面・内部の観測を行うことになる。
これまでに水星を観測した探査機は、NASAが1970年代に打ち上げた「マリナー10号」と、2011年から15年まで軌道に唯一投入されて大発見を成し遂げた「メッセンジャー」のみ。たどり着くだけでも困難なため、近くに思えても実は探査が進んでいないのが水星なのだ。そうした難度の高いミッションに「みお」と「MPO」は挑んでいるのである。
※1 BepiColombo計画:イタリアの天体力学者、数学者のGiuseppe Colombo(ジュゼッペ・コロンボ:1920-1984)博士にちなんだ名称。Bepiとはコロンボ博士のニックネーム。水星の自転周期約59日と公転周期約88日が2:3の共鳴関係であることなどを発見した
※2 ESA:European Space Agency、欧州宇宙機関
水星軌道到着時に、探査機などの分離タイミングを示した画像。2025年10月24日にまずイオンエンジンモジュールを切り離し、11月20日に耐熱シールド内から「みお」を放出。同月26日には耐熱シールドを廃棄。2026年3月14日から「みお」と「MPO」は観測をスタート。
「みお」と「MPO」。上部のお椀型のものが耐熱シールドで、その中に収められているのが「みお」。耐熱シールドの下が「MPO」で、その下がイオンエンジンモジュール。これが、ロケットに搭載する際のすべてが結合された状態。撮影は、2017年6月29日、オランダにあるESAのESTEC試験場にて音響試験や振動試験などが実施されたときの様子。
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「みお」と「MPO」はどんな探査機でどう調べる?
水星になぜ磁場があるのかに迫る「みお」
水星の磁場観測を行っている「みお」のイメージ。水色のラインが水星の磁場をイメージしている。水星の核は水星の直径の3/4もあるなど、ほかの惑星には見られない大きな特徴がある。最新の水星および太陽系の惑星形成理論においては、太陽系形成の初期に惑星同士の大規模な衝突があり、水星は表面が大幅に削られ、薄い表層のみが残されたという説が唱えられている。
「みお」は一般公募で決定した愛称で、正式名称は「Mercury Magnetospheric Orbiter(水星磁気圏探査機)」。略して「MMO」と呼ばれる。は全重量280kg、観測機器約40kg、直径180cmの円に収まる八角柱型をしたスピン衛星(※3)で、高さはアンテナを含めて約2.4m。水星軌道上では15mになる電場・電波計測用ワイヤアンテナを4本と、5mの磁場計測用マスト2本を展開する。
搭載する観測機器は、「プラズマ/粒子観測装置」、「磁場計測装置」、「プラズマ波動・電場観測器」、「水星ダスト計測器」、「水星大気分光撮像装置」など、大別して5種類。これらを駆使しして、水星独自の磁場、そして地球とは異なる特異な磁気圏の観測を主任務とする。合わせて水星表面から出るナトリウムを主成分とする希薄な大気の観測、太陽近傍の惑星空間の観測なども行う。
※3 スピン衛星:探査機本体そのものが回転することで機体のバランスを取る仕組みの探査機(衛星)。「みお」は4秒で1回転する。
「みお」が搭載する観測機器。大別すると5種類だが、細かくは「プラズマ/粒子観測装置」は7種類、「プラズマ波動・電場観測装置」は5種類あるため、このように15種類もの観測機器を搭載している。大気がないはずの水星なのに、「大気分光撮像器」があることを不思議に感じるかも知れないが、極めて希薄ながらは大気が存在している。
「みお」。ギアナ宇宙センターでの最終組み立ての様子。2018年6月29日に撮影された。
水星の表面と巨大な核の秘密に迫る「MPO」
「MPO」のイメージCG。
一方の「MPO」は、Mercury Planetary Orbiter(水星惑星表面探査機)の略だ。縦2.4×横2.2×高さ1.7mというサイズで、打ち上げ後には7.5mの太陽電池パドルを展開。重量1230kgと「みお」より大型で重量級だ。「みお」とは異なる3軸制御(※4)方式を採用している。
搭載するのは「レーザー高度計」や「赤外線分光撮像器」、「太陽風モニター」など11種類。水星の表面(地形、鉱物・化学組成)や内部(重力場、磁場)などを詳細に観測することを目的としている。
※4 3軸制御衛星:縦・横・高さの3方向それぞれにホイールが備えられていて回転しており、コマが高速で回転すると安定する原理の”ジャイロ効果”で姿勢を制御する方式の探査機(衛星)。
アリアンロケットから分離した後、「MPO」から送信されてきたファーストイメージ。太陽電池パネルなどが見えている。
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水星までの長い道のりと苛酷な環境!
なぜ到着までに7年も要するのか?
水星周回軌道を回る「みお」のイメージ。ちなみに「みお」の愛称は、2018年2月20日から4月9日までの期間で募集され、6494件の応募の中から選ばれたことが6月8日に発表された。「みお」は19件、類似の「みおつくし」が3件あったという。「みお」とは河川や海で航行する水路や航跡の意味を持ち、これまでの探査機の研究開発の道のりを示すとともに、これからの航海安全を祈る愛称であることなどの理由から選定された。
水星は地球に最も接近すると太陽~地球間の半分程度の約7500万km、最も離れているときでも太陽~地球間の1.5倍程度の約2億2500万kmしかない。光の速度なら4分強から12分半程度しかかからない。なぜ「みお」と「MPO」は水星まで7年強もかかるのか?
その理由は燃料を節約するため、コロンボ博士が最初に提唱した”惑星スイングバイ”という航法を用いて水星軌道に入るからだ。惑星スイングバイとは惑星の重力を利用して加速、もしくは減速する航法のことで、惑星によるハンマー(探査機)投げのようなイメージ。燃料を使わずに加減速を行えるため、遠方の天体へ向かう現在の探査機はほぼ必ずといっていいほどスイングバイで加速するのである。
水星は太陽系最速で公転している上に(内側の惑星ほど速い)、ほかの惑星よりも公転軌道が傾いているといった特徴がある。そのため、スイングバイで水星軌道に入るには、9回も行う必要があるのだ(地球で1回、金星で2回、水星で7回)。惑星は止まって待っていてくれるわけではないため、正確な軌道を描くには年単位でタイミングを合わせる必要がある。9回ともなると、合計して7年強という時間を要してしまうのだ。
やっとたどり着いた水星軌道周辺は太陽光の強さが地球の約10倍!
水星軌道で探査を行う「みお」のイメージ。水星の1日は地球時間で約59日もあり、約10倍という太陽光を浴び続けると、地表は約430℃にまで達する。一方、地球のように厚い大気がないために夜の側からは熱があっという間に逃げ出し、約-170℃まで下がる。昼夜で600℃もの寒暖差がある苛酷な惑星だ。
7年かけて到着する水星軌道は苛酷な環境だ。まず、地球の約10倍という強力な太陽光を受けることになる。しかも、水星の昼の側は約430℃もの高温になるため、強力な熱放射もある。つまり上からは照りつけられ、下からはあぶられるという苛酷極まりない環境なのだ。そんな環境下で、繊細な観測機器に正確に動作させるには完璧な耐熱対策が必要となる。
「みお」の場合は、まず太陽光にさらされる側面には鏡を多用して対応。反射させて熱の吸収を減らし、同時に放熱効率のアップが図られた。また太陽電池は黒色のために熱を吸収して高温になることから、裏側には機器を配置しないよう設計された。
一方の「MPO」は3軸制御を利用して、耐熱シールド面が常に太陽に向くよう姿勢を制御。冷却を必要とする観測機器などを含め、探査機本体の温度を低く保てる設計とした。
近いようで実は遠い水星。7年という長い道のりと水星軌道の苛酷な環境を思い浮かべながら、「みお」と「MPO」のミッション成功を祈ろう。なぜ磁場が今でもあるのか、なぜ核のサイズが直径の3/4もあるのかなど、水星の謎をいくつも解き明かすような、大きな発見を期待したい。