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クルマ最終更新日:2018.09.26 公開日:2018.09.26

EVが環境対策の切り札とは言い切れない理由

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日・独・米のEV開発競争に加え、加熱する中国マーケット。続々とEV開発に参入するIT企業やベンチャーも登場し、ますます急伸張が予想されるEV市場。だが、2025年まではEVの普及はまずない。シェアとしてせいぜい1%に届けばいいところだ―。という論を展開するのはモータージャーナリストの菰田潔氏。その理由とは?


 前回、SUVのEVは自己矛盾を抱えていると言及した。一方、まともなEVとしては、こちらも前回紹介したBMWの「i3」がある。重くなることが宿命のEVに真っ向から取り組んだ好例だ。ボディを軽くすれば電池の搭載量を減らすことができるという理屈から、車の作り方を根本的に変えたのだ。シャシーはアルミ合金、ボディ骨格はCFRP(カーボンファイバー強化樹脂)、アウターパネルはポリプロピレンというように軽量な素材を適材適所に使って作っている。だがBMWが期待するほど売れてはいない(その理由はその2「今後数年はPHEVとこれまでのエンジン車の時代が続く。そう予測するワケとは?」をご覧いただきたい)。

 そうしたEVならではの先進性や驚きをさほど感じられないのが日産の「リーフ」(写真上)だ。それは意図したものという見方もできる。あらゆる意味で普通なことに徹して、普通の人に受け入れられようとしている。広く大衆にEVを普及させるという意味では「リーフ」には一日の長がある。今までエンジン車に乗ってきたユーザーに「違和感なく受け入れてもらう」のは実は大変なことだ。だが日産は、他車に先駆けて量産EVの「リーフ」を世に送り出し、現在世界一売れているEVになった。これは日産にとって、相当に大きなアドバンテージであり大きな意味を今後持ってくるだろう。

トヨタ、日産が持つ大きなアドバンテージの意味

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 例えばトヨタがFCV(水素で走る燃料電池車)の「MIRAI」(写真上)を世に出せたのは、どこよりも早く大量に供給したHVの「プリウス」があったからだ。そこで得た技術や知見を大いに活かしたのだ。ちなみに「MIRAI」はある意味ハイブリッド車である。水素を化学反応させて電気を取り出して直接モーターに使っているが、余った電気を一旦バッテリーに貯めて、その電気もモーターに使っているのである。こうしたハイブリッド技術も、「プリウス」なしでは得られなかったものだ。だから、他社のような、とまではいわないが”やっと量産化に漕ぎ着けた”程度のEVなら、トヨタは簡単に作ることができる(あえて作っていないが)。世界に先行してHVやEVを量産してきたトヨタや日産には、技術や知見を積み上げてきたアドバンテージがあるのだ。このことが、ディーゼルエンジンを主力として進めてきたドイツの自動車メーカーとは大きく異なるところだ。

何がEVの課題を解決に導くのか?

 ただし、EVに関しては電池の進化が鍵になるので、これまで培った知見だけでこれからの”EV戦国時代”を切り抜けられるものでもない。EVはエンジンのような複雑なメカトロニクス技術は必要ないので、世界中のベンチャーが参入の機会をうかがっている。ベンチャーに限らず、自動車と無関係だった製造業やソフトウェア技術を活かすIT企業なども、これからはライバルになっていくだろう。

 ここ最近急速に伸びてきているマーケットの筆頭に中国がある。EVも相当数売れていて、中国内生産バッテリーも急伸張中だ。マーケットというだけでなく、世界中のメーカーと提携している自動車メーカーが多数存在する中国は、生産国としても巨大規模を誇るようになった。つまりEVにとって最もホットな国が中国という言い方ができるのだ。

 ではなぜ技術力があるトヨタが日産ほどはEVに入れ込まなかったのか。それはEVは障害が多すぎると判断したからだ。前回述べたように、航続距離や充電時間以外にも、専用の製造工程が必要だったり、そもそもコストがかかりすぎたりといったことだ。コストを上乗せして、かつ現状で使用に不利なEVではその先がないという判断だ。だからそうしたマイナス要因を打破するために、トヨタでは全固体電池の開発にものすごく力を入れている。今世界では、この全固体電池の実用化、量産化が今後のEV普及の切り札になると見られている。(関連記事はこちら

 全固体電池は、現在主流のゲル状電池に比して、安全性が高く充電時間を大幅に短縮することができる。劣化もしにくく製造も比較的容易で、設計の自由度も高い。ほとんど”夢のようなバッテリー”だが、私はこの全固体電池がEV用として普及し始めるのが2025年あたりだと予想する。まだまだ研究段階の全固体電池だが、もし量産化に成功すれば、EVの欠点が大きく改善するだろう。結果、これがEVの本格的な普及に繋がるのではないかと見ている。

EVという存在が内包する根本的な問題とは

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 だがEVは、ここでも大きな問題にぶち当たる。EVが一気に大量に普及した場合、その電気をどこで作るのか、という問題だ。仮に現在走っている車が全部EVになったとすると、今ある発電所では電力をとてもまかないきれない。原発をどんどん作れば解決可能だろうが、特に日本では国民感情がそれを許さないだろう。そうすると火力発電の大規模な増設か。だが現在の火力発電は、世界的に見ると排出するガスがあまりきれいではない。大気汚染で一時問題になった北京の空がきれいになったのは、石炭火力発電を止めたからだという説が有力だ。逆に東京に車がこれだけ走っているのにきれいな青空が見えるのは、車が吸った空気よりもクリーンな空気を排出しているからである。世界的に排出ガスのクリーン化が進まない火力発電で作った電気より、自分のエンジンで作った電気のほうが結果的にクリーンである、というコンセプトで作った車の一例が日産「ノート e-power」(写真上)だ。大規模な発電所を作ったほうが効率がいいという理屈もあるが、発電所から離れるほど「送電ロス」が出てくるので、一概に効率がいいとは言い切れないのだ。

EVとは似て非なるトヨタが目指す地平

 トヨタは一方で「水素社会」の実現を目指すとしている。FCVの開発も継続するだろう。これはEVが台頭してきても、やすやすとはあきらめないはずだ。風力や太陽光で作った電気を水素にして貯めておけばエネルギーを減らすことなく運ぶことができる。トヨタにとっては、EVのようなこの先20年後、30年後の目標ではないからだ。100年先をも見据えた取り組みなのだ。EVが普及しても、その発電を化石燃料に頼っていたのでは、いつまで経っても有資源国の言いなりだ。それを打破したい、自国力でエネルギーを回していける社会にしたい、そういった壮大な理念があるがゆえだ。有資源国に頼らなくてもよい状況を作れれば国家間のパワーバランスも有利になると見ているのだ。

 だが、仮に40年後に水素社会になったからといって、EVがなくなるわけではない。PHEVも既存のガソリン車も、もしかしたらディーゼルも走っているかもしれない。その時代になっても、ユーザーのライフスタイルに合わせた使い方や選択肢が広がる、といった見方が正しいだろう。つまり、どれかひとつの動力源に収斂するということは今後もないはずだ。世の中のあらゆるものの(車以外でも)燃料として石油を一切使わなくなるとか、世界中の国の法律がCO2排出量ゼロと定めるなどのパラダイムシフトが起これば別だが、あと40年は世界のどこかでエンジン車は生き延びていくだろう。

2018年9月26日(モータージャーナリスト 菰田潔)


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菰田潔(こもだきよし):モータージャーナリスト。1950年生まれ。タイヤテストドライバーなどを経て、1984年から現職。日本自動車ジャーナリスト協会会長 / 一般社団法人 日本自動車連盟(JAF)交通安全・環境委員会 委員 / 警察庁 運転免許課懇談会委員 / 国土交通省 道路局環境安全課 検討会 委員 / BMW Driving Experienceチーフインストラクター /NPO法人 JAPAN SMART DRIVER機構 理事長/ 運送会社など企業向けの実践的なエコドライブ講習、安全運転講習、教習所の教官の教育なども行う。

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