朝日新聞のAI記者「おーとりぃ」の実力は!?
朝日新聞デジタルの「おーとりぃ」のAI戦評のページ。8月21日の決勝戦、大阪桐蔭対金足農業の戦評だ。
人間の脳の神経パターンを参考にしたAI技術「ディープラーニング」の進展が著しい。がんの画像診断における発見率など、条件によっては人の判断力を上回るほどになってきている。しかし、実は”汎用性”という点ではまだまだなのも事実。まして自我の獲得となると、最低でもあと2、3の技術的なブレイクスルーが必要だろうという研究者も多い。そうした現状のため、クリエイティブ系の職種はまだまだAIに取って代わられる心配はないと思われていた。
ところがこの夏に、衝撃が走った。なんと朝日新聞が、第100回全国高校野球選手権大会、つまり”夏の甲子園”の試合結果のリポート担当としてAI記者「おーとりぃ」を導入したのだ。8月16日から始まった3回戦より本格デビューとなり、21日の決勝戦まで連日各試合の戦評をアップした。
このままAI記者は活躍の場を広げ、記者やライターは要らなくなってしまうのだろうか?
「おーとりぃ」が頼りにしているのは電子スコアブック
戦評を書くには、AIであろうと人であろうと、どう試合が展開したかの情報が必要だ。「おーとりぃ」がそのために用いているのが電子スコアブックである。「おーとりぃ」は試合後にそれを読み込み、試合で注目したいプレーを選び出し、そこに見合った組み合わせの文章を作り出すのだ。
では、電子スコアブックを作成しているのは誰かというと、実は甲子園球場で現地取材している朝日新聞のスポーツ担当記者。そう、「おーとりぃ」が文章を書くには、記者が1球1球、電子スコアブックに入力していくというサポートが必要なのである。
手書きのスコアブック。今回は、この電子版で入力したデータを「おーとりぃ」が記事作成で用いた。
「おーとりぃ」はどのように文章を書く?
それでは、どのように「おーとりぃ」が文章を書いているのかというと、ここで活用されているのがディープラーニング技術だ。ディープラーニングでAIを賢くするには大量の見本データが必要である。そこで利用されたのが、過去30年間における朝日新聞のスポーツ面および地域面に掲載された高校野球の戦評記事。約8万という膨大な高校野球の戦評記事とイニングの実際の戦況を組み合わせたデータを読み込ませたという。
これにより、「この展開になったら、こういう戦評になることが多い」というパターンを「おーとりぃ」が分析できるようになり、それに従って文章を記事を書いているというわけだ。
ちなみに「おーとりぃ」は1球ごとに注目しており、例えば決勝打となるヒットが出たときが1球目だったら”初球を~”とか、2ストライク3ボールの状態なら”フルカウントから~”といった表現もできるという。
第100回大会の各選手の戦績も記録されているので、ある選手が初ホームランを打ったとしたら”今大会初の~”や、2打席連続のヒットならそのような文章も書くことができる。
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「おーとりぃ」は実際にどれだけ文章を書けるのか?
こんなにちゃんと書ける! これが「おーとりぃ」の実力だ!
それでは具体的に、「おーとりぃ」の書いた文章を見てみよう。21日の決勝戦、大阪桐蔭対金足農業のケースだ。
2本の本塁打を含む15安打13得点で攻守に圧倒し、大阪桐蔭が栄冠に輝いた。一回2死満塁から暴投や石川の右中間適時二塁打などで3点を先制。先発柿木は被安打5、7奪三振2失点で2試合連続の完投。金足農は、三回に佐々木の右犠飛、七回は菊地亮の右越え適時二塁打で追い上げたが続かなかった。
必要なデータがシンプルにまとまっていて、戦評として見事な内容ではないだろうか。
「おーとりぃ」による戦評ページの全体。ページ下方にスコアが掲載されている。
でもまだまだ苦手な部分もある
ただし、実はデータ化されない部分は文章化できないというところもある。人なら、ヒット性の強烈な打球を内野手が飛びついて併殺を成功させたというプレーが出た場合、ファインプレーとして称えるし、そこにフォーカスする記者もいることだろう。しかし、それは記録上は単なる併殺打である。
ホームランも、スタンドにギリギリ飛び込んだものもあれば、バックスクリーン直撃や場外などの特大級もある。しかし、電子スコアブック上ではホームランはホームランとなってしまうのである。いずれも、現在の「おーとりぃ」には表現できない部分だ。
また、決勝点の適時打や逆転の一打など、勝ち越しのシーンに注目する仕様となっているため、最も盛り上がった場面を必ずしもチョイスできない場合もあるという。「おーとりぃ」のようなAI記者にとっては、データ化されない部分をどう伝えていくかが課題だ。
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「おーとりぃ」はサッカーでも書ける? モータースポーツは?
ほかのスポーツには応用可能?
野球は1球ごとの状況をデータとして残しやすく、「おーとりぃ」による記事執筆には向いているスポーツといえる。ということは、データさえあれば「おーとりぃ」は野球以外のスポーツでも戦評を書けそうだ。そこで、ほかのスポーツでも戦評を書けるのか朝日新聞に質問してみたところ、現時点では野球にしか対応できないそうだが、電子スコアブックのように、試合の展開が詳細にわかるデータさえ用意できれば可能性はあるという。
例えばサッカーだったらどうだろうか? サッカーの場合、各選手のポジションや得点数、チームのフォーメーションなどはあらかじめわかる。さらに、試合中の全選手の動きや、どの選手がどれだけの時間ボールを保持していたか、シュートやパスなどのどんなアクションをしたかなど、現在ではかなり詳細にデータが取得されている。あとは、ディープラーニングを強化するための参考となる戦評を大量に用意できれば実現できるかもしれない。
意外とモータースポーツとも相性がいいのでは?
それでは、モータースポーツの戦評記事は実現可能だろうか。まず予選順位が決まって、決勝はスタートすると1周ごとにタイムや順位が計測される。しかも、現在はどのサーキットでもだいたい3分割してセクターごとのタイムなども取得されており、コースのどこら辺をどのように走ったかおおよそながらわかる。
タイヤ交換や燃料給油、ドライバー交代などでのピットインや、ペナルティでのドライブスルーやピットストップ、そしてリタイヤなどもすべて電子的に把握されており、テレビでの実況でも各車の順位やタイム、ピットインなどは自動的に表示される仕組みだ。
さらに、現在のマシンには何種類ものセンサーが多数搭載されており、各チームはありとあらゆるデータをリアルタイムに計測している。テレビ中継でも、リアルタイムの速度やアクセル開度、エンジンの回転数、ブレーキングの減速Gなどを見たことがあるはずだ。各種センサーからデータをもらって映し出しているのである。
こうしたことを鑑みると、予想以上に「おーとりぃ」とモータースポーツは相性がよさそうに思われる。あとは、参考となる見本のレースレポートなどの記事をどれだけ集められるか次第ではないだろうか。
来年の甲子園にはもっと精度の上がった「おーとりぃ」が!?
米スタンフォード大学に昨夏まで留学してプログラミングを学び、「おーとりぃ」を開発した情報技術本部の研究開発チームのリーダーは、人の記者に少しでも近づき、地方大会を含めた全試合のわかりやすい速報戦評を届けることを目標としているという。来年の甲子園大会に向けて、より精度が上がるよう育てていくことを検討しているそうである。