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クルマ最終更新日:2018.05.14 公開日:2018.05.14

ロータス・ヨーロッパ

自動車ライター下野康史の、懐かしの名車談。スーパーカーブームの立役者「ロータス・ヨーロッパ」。

下野康史

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イラスト=waruta

 コーリン・チャップマンを父に、サーキットを母に生まれたようなクルマが、ロータス・ヨーロッパである。コーリン・チャップマンとは、御存知ロータスの創業者。短期間にF1まで上り詰めた天才設計者が、初めてつくったミッドシップスポーツカーである。1966年から75年まで生産され、日本では池沢さとし(現:池沢早人師)のコミック「サーキットの狼」で一躍有名になった。

 このクルマに初めて触れたのは、90年代の半ば、当時のオーナーズクラブ会長、Hさんの74年型ヨーロッパ・スペシャルを取材したときだった。

 池沢氏とは旧知の仲で、漫画のなかにも登場するHさんは、当時、ヨーロッパの”スペシャルアドバイザー”という仕事をされていた。平たくいうと、趣味が高じて始めたロータス・ヨーロッパ専門のメカニックで、その日もフロントのトランクに、重量バランスが崩れるほどの工具類が積んであった。

 ロードゴーイングレーシングカーだけに、信頼性や耐久性は二の次だった。高温多湿の日本では、エンジンのオーバーヒートが避けられず、電装関係も弱点だった。そのほか、リアハブからの異音や、燃料タンクの腐食など、持病も多かった。Hさんによると、普通のクルマの5倍は手がかかるという。そのオーナーを助手席に乗せてちょっと運転させてもらったが、「乗り手が変わると、すぐ壊れるんだよ」なんて話を聞いてからの試乗は、正直、針のムシロであった。

 ヨーロッパのステアリングを次に握ったのは、2005年。自動車雑誌の取材で専門の修理工場を訪ねたときである。ヨーロッパのオーナーも分別がつき、乗り方や持ち方がまるくなってきたのか、昔ほど壊れなくなってきた。「サーキットの狼」世代の御主人がそう言った。

 お店にあった74年式の”スペシャル”に乗せてもらう。ヨーロッパのFRP製ボディーに乗り込むと、いつも言葉を失う。高いセンタートンネルに仕切られた2座キャビンは、低くて、狭い。とくにその低さたるや、ドアを開けて手を延ばすと、簡単に地べたにさわれる。「エンジンを後ろに載せたバン」と言われた独特のスタイリングのおかげで、後ろはまったく見えない。前だけを見て、前進あるのみ。乗り込んだとたん、これほどの”絶句力”をもつクルマも珍しかった。

 あいにく道は混んでいた。踏めないかわりに直径30.5cmの ステアリングを小さく右左に振ってみる。2代目マツダロードスター乗りの編集者が助手席で「水平移動しますね!」と声を上げた。

 コクピット背後に縦置きされるエンジンは、1.6リッター4気筒DOHCのロータス”ビッグバルブ”。126psのパワーで730kgのボディーを軽々と加速させる。撮影場所までの数kmを往復しただけだが、V12の大排気量スーパーカーにひと泡吹かせるくらいの機敏さはありそうだった。

昔のロータス(LOTUS)は、概してトラブルサムで、イギリスでも”Lots Of Trouble Usually Serious”(トラブル多数、たいてい深刻)の略である、なんて揶揄されていた。ヨーロッパも、ちょっと体の弱い、しかし走ればたしかにサーキットの狼という、コーリン・チャップマン時代を象徴する愛すべきロータスだった。

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エンジンは、ドライバーの背後に縦置きで載せられている。ヨーロッパは初期モデルではルノー製のOHVエンジンをマウントしていたが、71年からはエランと同じツインカムエンジンを載せるようになった。2017年11月25日に開催された「2017 トヨタ博物館 クラシックカー・フェスティバル in 神宮外苑」にて撮影。

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ピンストライプとシルバー塗装のサイドシルが最終形・スペシャルの証。ヨーロッパといえばこのモデルを思い浮かべる人も多いのではないか。ただし、正確には3タイプの「ツインカム」を、JPS(ジョン・プレイヤー・スペシャル)カラーにリペイントしたものである。「2017 トヨタ博物館 クラシックカー・フェスティバル in 神宮外苑」にて撮影。


文=下野康史 1955年生まれ。東京都出身。日本一難読苗字(?)の自動車ライター。自動車雑誌の編集者を経て88年からフリー。雑誌、単行本、WEBなどさまざまなメディアで執筆中。近著に『ポルシェより、フェラーリより、ロードバイクが好き』(講談社文庫)

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