学生がクルマづくりに熱中! 日本発の自動車ベンチャーは生まれるか!? 「学生フォーミュラ」への挑戦<前編>
独創性に満ちた未来のエンジニアを育てよ! 学生自らが考え、設計し、製作した車両で、ものづくりの技術を競い合う「学生フォーミュラ」に密着。今回はその前編をお届けする。
学生フォーミュラとは?
2023年8月28日から9月2日までの期間、静岡県小笠山総合運動公園スタジアム(以下、エコパ)を舞台に、公益社団法人自動車技術会が主催する「学生フォーミュラ日本大会(以下、学生フォーミュラ)」が開催された。
この大会は、全国の大学院生、大学生、専門学校生、高等専門学校生(高専)などの学生たちが、1年をかけてレーシングカーを開発し、設計・デザイン・コスト・動的性能を点数制で競うもの。2003年に第1回が行われ、今回が21回目となる(2020年の第18回は新型コロナ感染症拡大のため中止だったので、実質は20回)。
自ら構想・設計・製作した車両でものづくりを競う!
学生フォーミュラは、単に速いレーシングカーを作ればいいというわけではない。”年間1000台の生産を想定したビジネスモデル”という大きなレギュレーションがあるのだ。そのため、動的性能を競う以外に、生産を意識したデザイン・設計・コスト管理も審査の対象となる。
さらに学生たちの置かれている環境は”自動車のベンチャー企業”というストーリーのもと、生産を担ってくれる企業への売り込み(プレゼンテーション)も審査対象となっている。審査員はもちろん、売り込まれる企業側という設定だ。
ちなみにその審査員は、自動車技術会の会員である自動車メーカーの設計・開発・生産などの業務に従事する現役やOBたちで構成されている。つまり学生たちが手掛けたレーシングカーは、本職のプロたちによる厳しい目線で審査されるというわけだ。
カテゴリーはガソリンエンジンとEVのふたつ
では、学生たちはどのようなレーシングカーをつくっているのだろうか?
学生フォーミュラには、ガソリンエンジンを原動力とした「ICVクラス」と、電気モーターを原動力とした「EVクラス」の2つのカテゴリーがある。
ICVクラスは、排気量710cc以下の4ストロークエンジンであること、という決まりはあるが、気筒数に制限はなく、ターボやスーパーチャージャーも後付けOK。これなら軽自動車の660ccエンジンをベースにすればいいのでは? と思うが、学生フォーミュラの車両サイズは、軽自動車の半分以下というコンパクトさでかつ車両重量は200〜210kgまでという決まりがあるため、サイズ的にも重量的にもまったく収まらない。
そうしたことから学生フォーミュラでは、バイク用の600cc並列4気筒や400〜600cc並列2気筒、また450cc単気筒エンジンを選択するのが主流となっている。こう書くと、ポン付けするだけの簡単な作業に思ってしまうが、難しいのはここからだ。
まず、エンジンへの空気の吸気量を制限するため、直径20mmのリストリクターを装着することになっており、そのためインジェクション(燃料を噴射するための装置)の燃調を自分で再設定する必要がある。加えて、吸気と排気のレイアウトをバイクのものから学生フォーミュラの車体に収まるように作り直さなければならない。
バイクのエンジンはミッションケースが一体となっているのと、クランクシャフトの位置が高いため、レーシングカーの基本である低重心化が難しい。そこで学生たちはオイルパン形状を変更するなどの工夫で重心が少しでも低くなるようにしつつ、後輪のサスペンションのレイアウトに知恵を絞っている。
開発の自由度は高い
いっぽうEVクラスは、バッテリー供給電力80kW未満のモーターで駆動し、最大作動電圧は600V以下。エネルギー回生も認められておりモーター搭載数も制約なしとなっている。ただし最大作動電圧は600Vと高電圧なため、基盤と配線には耐水性や漏電対策など安全性が求められる。またICVクラス同様に、自動車用のモーターはサイズの面で不利で、学生フォーミュラのレーシングカーに適したモーターを見つけ出すのに一苦労しているようだった。
そのためモーター数を増やして、コーナリング中の内輪と外輪のトルクを変動させるトルクベクタリングに挑戦する学校は多い。制御するシステムも複雑になるため開発の難易度は高くなるが、コーナリングの速さというメリットを引き出すため、学生たちは奮闘している。
どちらのクラスも車体サイズや安全性に関すること以外は、自由度はかなり高い。だが、市販されている自動車の原動機をそのまま使うとデメリットが大きいため、バイクやジェットスキー、スノーモービルなどのパーツを使用することで数値を稼ごうと、学生たちは知恵を絞っている。
ちなみに空力パーツの付加も自由で、F1では禁止されている空力手法も使用することが可能だ。例えば、1978年に登場した「ブラバムBT46(通称:ファンカー)」や1981年に登場した「ロータス88」に採用されたツインシャーシもOK。ファンカーはドイツ大会で登場し、ツインシャーシは京都大学が現在も採用し続けている。
世界各国で開催される学生フォーミュラ
学生フォーミュラは日本独自の大会ではなく、国際的な大会となっており、世界各地で行われている。レギュレーションは基本的に同じで、動的審査のコースレイアウトも低速となっているため、海外のチームが日本大会に参戦することも可能だ。新型コロナ感染症拡大前はヨーロッパやアジアからの参加者もあった。
そのなかでも強烈な印象を残したクルマがある。2016年に参加したオーストリアのU.A.S Grazのマシン。ICVクラスで、低速コースに特化したエンジンを搭載したものだった。
エンジンはBRPロータックス製の単気筒エンジンにスーパーチャージャーを追加。さらにギアボックスを独自に開発し、変速時にクラッチを使わなくて済むセミオートマを採用。ギアの変速比も低速に合わせたものにした。その走行はアクセルのレスポンスの良さと、細かくスピーディーにギアが変速されることによるコーナリングの速さが際立っており、わずか1km未満のコースで2位と1.6秒もの差をつけた。
オーストリアで、このようなエンジンを作れるのには理由がある。日本の学生たちは自分たちでクルマを設計・製造をしているが、オーストリアの学生ができるのは設計までで、製造はプロの協力企業や外注業者に任せているのだ。というのも、オーストリアは「マイスター制度」と呼ばれる国家が定めた資格制度があり、開発と製造は別の職業という考えがある。そのためオーストリアの学生たちは、性能の良いエンジンを手に入れられる代わりに製造者たちに対価を支払う必要がある。つまり、日本より多くの資金やスポンサーが必要になるというわけだ。
では日本の学生たちは、こうした海外の学生たちを相手にどのようにして競っているのだろうか? 後編では大会の模様と合わせて、日本ならではものづくりの育成についてリポートしたい。
<後編に続く>