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最終更新日:2022.12.21 公開日:2022.12.21

ハイブリッドで500馬力オーバー! WRCのラリーカーは市販車と何が違うのか?

今年11月に日本で開催された世界ラリー選手権(WRC)の第13戦「ラリージャパン」。出走した最高峰カテゴリーの車両は「ラリー1」と呼ばれ、今シーズンからレギュレーションが大きく変わり、電動アシストのあるハイブリッド車に生まれ変わった。見た目は市販車とソックリだが、一体何が違うのだろうか。

文と写真=小林祐史(YKイメージ)

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量産車のGRヤリスをベースとする「トヨタ GRヤリス ラリー1 ハイブリッド」

500馬力で加速するハイブリッド・ラリーカー

 世界ラリー選手権(WRC)は、2022年シーズンからマシンに関するレギュレーションが大幅に変更された。1997年に採用されて以来、25年に渡りトップカテゴリーを支えてきた「WRカー」は「ラリー1」と名称を変更。それに伴い、下位カテゴリーの名称も「ラリー2」「ラリー3」となった。

 ラリー1の最大の変更点は、ハイブリッドシステムの搭載だ。ガソリンエンジンは、前シーズンまでのWRカーと同じ、最高出力380馬力以上を発揮する排気量1.6リッター直列4気筒直噴ターボエンジンを継続で使用。それに最大で約134馬力(100kW)を発生するハイブリッドシステムを組み合わせる。その結果、「トヨタ GRヤリス ラリー1 ハイブリッド」は最高出力500馬力以上、最大トルク500Nmという、従来のWRカーを大きく上回るパワーを入れることとなった。

 ガソリンエンジン自体は各自動車メーカーが独自に開発したものだが、電動モーターと発電機を兼ねるMGU(モーター・ジェネレーター・ユニット)と3.9kW/hのバッテリーは、ラリー1に出走する全マシンが指定サプライヤーから供給された同一品を使用することが義務付けられている。このシステムは車体のなかでもかなり後方のラゲッジスペース近くに配置されている。位置についてもレギュレーションで定められているため、トヨタ、ヒョンデ、フォードの全車とも同じレイアウトだ。

 このハイブリッドシステムは、走行タイムを競うSS(スペシャルステージ)と、そのSSとSSとの間を走行し移動する区間(リエゾン区間)の両方で使用するが、SSには2つのモードが用意されている。

 1つ目は「ステージスタートモード」で、SSでスタートダッシュをするときに使用する。ドライバーがアクセルを緩めたり、ブレーキを踏まなければ、スタートからの約10秒間、電動モーターがフルパワーでアシストする。このスタートモードにおける加速力はすさまじく、トヨタの勝田貴元選手も「4WDの駆動力と相まって、強烈な加速をする」と述べている。

 2つ目は「ステージモード」だ。こちらはアクセルの踏み具合に応じたパワーでアシストするものだ。アシストするパワーの強さは、予めマッピングされているのだが、事前に3パターンを用意してSSに臨む。スタート前はその中から1つを選択し、タイムアタックを行う。なおアタック中にマッピングを変更することはできないが、ハイブリッドシステムをキャンセルして走行することは可能だ。ただし一度キャンセルすると、次にハイブリッドシステムをオンにできるのは1分後となっている。

 ちなみに、このステージモードではブレーキングによる回生も同時に行われている。そのためドライバーはアクセル、ブレーキングとも2021年シーズンのWRカーとは異なったドライビングテクニックが要求されるうえ、エンジニアたちもハイブリッドシステムのマッピングやエンジン出力を設定など、WRカーと異なるセッティングのアプローチが求められるという訳だ。

 そして3つ目のモードが「フル電動モード」だ。こちらは電動モーターのみで最高時速20kmの走行ができる。これを利用する区間は主催者側から指定されており、主にリエゾン区間やサービスパーク内だ。今回のラリージャパンでは、レース初日の豊田市駅周辺や4日目の岐阜県恵那市岩本町等がフル電動モードに指定されたリエゾン区間だった。

左の青丸は「フル電動モード」区間の開始地点に設置されるボード

こちらは「フル電動モード」区間の終点地点に設置されるボード

ハイブリッドシステムには細心の注意が払われている

「トヨタGRヤリス ラリー1」のリアパンバーの内側には、ハイブリッドシステム用の水冷式ラジエーターが備わる

 ラリー1のハイブリッドシステムはプラグインとなっており、サービスパークで充電して日々のラリーに臨んでいる。しかしSS前には充電量が80%が必要で、SSやリエゾン区間ではブレーキ回生による充電を行いながら走行している。この回生によってシステムの発熱量が高くなる。その対策として、リアバンパー内にファン付きの水冷式ラジエーターを設けてあるのだ。

リアバンパー内に収められたハイブリッドシステム用のファン付きラジエーター。こちらは「フォード プーマ ハイブリッド ラリー1」

「ヒョンデ i20N WRCラリー1」のバンパーには排熱ダクトがあるが、ラジエーターは奥まった位置にあり見えない

 またサービスパークで充電器を利用するには、ハイブリッドシステムと充電設備を供給しているサプライヤーのコンパクトダイナミクス社のエンジニアが立ち会い、充電中のシステムの電圧や温度等をモニタリングしている。バッテリー充電中に不具合から生じる火災事故はさまざまな分野で起きており、可能性がゼロといえない災害である。WRCではそれを防止するために、細心の注意が払われている。

トヨタのサービス内にある充電器をチェックするエンジニア

生産車のモノコックからスペースフレーム構造へ

フォードのラリー1のベース車両はなんとSUV 写真=フォード

WRCに参戦するフォードのラリーマシン「プーマ ハイブリッド ラリー1」

 近年のWRCに参戦する車両は、市販車のモノコックを改造してラリーカーに仕立てるというレギュレーションだった。そのためモノコックには、ラリーカーに適した構造や性能が求められ、そのベースとなる市販車も必然的に走行性能を重視したモデルになることが多かった。

 しかしラリー1では、市販車のモノコックを使用せずに、オリジナルのスペースフレームでラリーカーを仕立てることが可能となった。またSUPER GTのGT500クラスでも採用されている「スケーリング」という手法を採用し、市販車のオリジナルデザインのイメージを残したまま、全高や全長を自由に変更できるようになったのだ。

 WRCに最適な市販車を持たないメーカーにおいては、これは画期的な変更点であり、参戦にあたっての大きな障害はなくなったと言える。フォードはこのレギュレーションを活用して、SUVである「プーマ」をベースとした。ラリーカーのベース車としては新たな方向性を見せたが、逆に市販車とラリーマシンの関係性が希薄になったことを象徴する出来事となった。

 対してトヨタとヒョンデは、WRカー時代と同じくラリーのイメージが強いスポーツカーをベースとし、トヨタはGRヤリスを、ヒョンデはi20Nを選んだ。なお、ラリー1の下位カテゴリーであるラリー2では、引き続き市販車のモノコックをベースとしており、ヒョンデはi20Nで、トヨタは2023年シーズンからGRヤリスで参戦する。

トヨタのラリー1ベース車両であるGRヤリス 写真=トヨタ

WRCに参戦する「トヨタ GRヤリス ラリー1 ハイブリッド」

ヒョンデのラリー1、ラリー2のベース車両は「i20N」だ(左)。右はラリー2仕様の「i20N」 写真=ヒョンデ

WRCに参戦する「ヒョンデ i20N WRCラリー1」

 このスペースフレーム構造に変更した理由は、ラリー1に参戦する自動車メーカーを増やすためでもあった。例えばスポーツカーの生産車がラインナップになくとも、フォードのようにすれば参戦できるからだ。しかし初年度となった2022年シーズンは前シーズンと同じトヨタ、ヒョンデ、フォードのみで、2023年シーズンも新規参入は現れていない。

 つまり新規参入の実現という点において、ラリー1の狙いは達成されないままとなっている。この点がラリー1導入初年度、そして来シーズンで気がかりとなっている点でもある。新たなラリー1マシンの登場を期待したい。

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