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クルマ2022.01.25

突貫工事でWRC初優勝のコルトランサー。特別なランエボVI。トヨタ博物館「激走!!2.5次元 ヴゥオオーン!! WRC」より

愛知県長久手市のトヨタ博物館で、2022年4月17日まで、企画展「激走!!2.5次元 ヴゥオオーン!! - WRC 日本車挑戦の軌跡」が開催されている。同企画展から三菱車の奮闘を紹介。前代未聞の突貫工事でなんと優勝したコルトランサーと、特別枠で奮闘したもののチャンピオンを逃したランサーエボリューションVIを紹介しよう。

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突貫マシンで大トラブルを抱えたまま、なんとWRCで初優勝

WRC初出場&初優勝を果たしたコルトランサー1600GSR

WRC初出場&初優勝を果たしたコルトランサー1600GSR 写真=小林祐史

 愛知県長久手市にあるトヨタ博物館は、20211030日から2022417日まで、企画展「激走!!2.5次元 ヴゥオオーン!! – WRC 日本車挑戦の軌跡」を開催している。同展は、公道で競技が行われるFIA世界ラリー選手権(WRC)で活躍した、日本のラリーカーを展示するものだ。同展で展示中の三菱車を紹介する。

 三菱重工の自動車事業部門だったころから、三菱自動車(以下三菱)は海外ラリーに参戦していた。まず1967年にオーストラリアのサザンクロスラリーにコルトで出場。その後、車種をギャランに代え、1972年のサザンクロスラリーで初めて優勝する。

 1973年にはWRCが始まり、東アフリカ・サファリラリーの地元であるケニヤ出身のJ.シンのチームが、三菱ギャランをラリー仕様に仕立てて参戦。総合で7位、11位、16位に入った。

 そして翌1974年、J.シンは、東アフリカ・サファリラリーのためにコルトランサーを個人で購入。三菱は、それを支援するラリーパーツを日本から送った。ところが、第4次中東戦争が始まり、その影響でラリーパーツが行方不明になる。三菱は約280㎏のラリーパーツを、日本人スタッフが手荷物扱いで空輸。ラリースタートの10日前に到着し、そのままJ.シンたちと一緒にコルトランサーにラリーパーツを組み付けようと奮闘したものの時間が足りず、未完成のマシンでラリーに出場することとなった。組み付けられなかったものは、ラリーの途中でマシンを整備する「サービス」で組み付けるという前代未聞のスタートである。

 それでもスタート後、J.シンのコルトランサーは2位につける。実は、リアディファレンシャルケースからオイル漏れを起こしていたが、修理をすることでトップを走るポルシェと差がつくのを嫌がり、J.シンはだましだましの走行でポルシェに食らいついていった。

 そんな中、日本人スタッフがトップを走るポルシェのリアサスペンションのトラブルに気づき、J.シンにペースアップを指示。J.シンの猛追に屈したポルシェは進路を譲り、その後の部品交換で1時間を要して脱落。J.シンもオイル漏れを起こしている部品交換を行ったが、12分間で作業を終えることができた。そのままトップを守り、なんと三菱コルトランサーがWRC初出場で初優勝という大金星をあげたのである。

コルトランサー1600GSR A72
1974年東アフリカ・サファリラリー総合優勝車 諸元
全長:3965mm
全幅:1525mm
全高:1360mm
ホイールベース:2340mm
車両重量:920kg
エンジン:4G32 (4SOHC) 1598cc
最高出力:108.9W(148ps)/7000rpm
最大トルク:161.8Nm(16.5kg-m)/5500rpm
ドライバー/コドライバー:J.シン/D.ドイグ

コルトランサー1600GSRも活躍した三菱のWRC1967-1977年の動画


次ページは
2001
年モンテカルロラリー優勝車
ランサー エボリューションVIを紹介

エボ6.5とも呼ばれる、特例から生まれたグループAマシン

展示されている車両は2001年仕様のランサーエボリューションVIのレプリカ

展示されている車両は2001年仕様のランサーエボリューションVIのレプリカ 写真=小林祐史

 1997年からWRCの車両規定は、改造範囲の狭いグループAから、エンジンや駆動方式も改造できるWRカーへと変更された。しかし参加車両はWRカーのみとせず、グループAでも可とする移行期間が設けられた。

 そこで三菱は1997年以降もグループA規定のランサーエボリューションIIIIVVVIで参戦を続けた。ドライバーのT.マキネンは1996年から1999年の4年連続でチャンピオンを獲得。ライバルがWRカーの車両で参戦する中での連覇だったが、2000年になると三菱もWRカーの開発をスタートさせた。

 そのWRカーの実戦投入は200110月のサンレモラリーが予定され、それまではグループAのランサーエボリューションVIで戦わなくてはならなかった。当然、ライバルのWRカーと比べ戦闘力は劣る。そこで三菱はWRCの車両規定を統轄するFIA(国際自動車連盟)に、2001年中にWRカーを実戦投入することを条件に、ランサーエボリューションVIへグループA規定では禁止されている改造(変更)許可を申し入れた。それはリアサスペンションの取り付け位置と、エンジンのフライホイール変更(軽量化)だった。ちなみにこの2つはWRカーでは改造OKな内容である

 これが認められ、2001年仕様のランサーエボリューションVIは、「エボ6.5」という通称で呼ばれることとなる。そして「エボ6.5」は、この改良で戦闘力を増し、開幕戦モンテカルロ、第3戦スウェーデン、第8戦サファリラリーで優勝、チャンピオン争いを演じることになった。

 ところがである。待ち望んでいたWRカー仕様のランサーエボリューションWRCがシーズン後半4戦に登場したものの、期待の性能を発揮できないままとなった。このため、T.マキネンと「エボ6.5」は奮闘の甲斐なく、このシーズンをランキング3位で終えることになった。

ランサー エボリューションVI
2001年モンテカルロラリー優勝車 諸元

全長:4350mm
全幅:1770mm
全高:未発表
ホイールベース:2510mm
車両重量:1230kg
エンジン:4G63 (4DOHC) 1997cc
最高出力:213.3W(290ps)/6000rpm
最大トルク:510Nm(52kg-m)/3500rpm
ドライバー/コドライバー:T.マキネン/R.マニセンマキ

ランサーエボリューションVIが活躍した三菱のWRC2001年の動画


コルトランサー、ランエボVIの詳細な写真は
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