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最終更新日:2022.09.21 公開日:2022.09.21

エリザベス女王が愛したクルマたち

イギリスの象徴として、世界中から愛されてきたエリザベス女王。実は大のクルマ好きとしても知られていた。女王が愛したクルマとはいったいどのようなクルマであったのか。自動車ジャーナリストの武田公実がそのカーライフに迫った。

文=武田公実

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特注のレンジローバーから観衆に手を振る、エリザベス女王とエディンバラ公(2016年)

 2022年9月8日、偉大なる女王エリザベスII世が96歳で崩御され、英国のみならず、全世界が哀悼の想いを抱いている。

 70年という長き治世をまっとうしたエリザベス女王は、国家元首としての威厳とチャーミングな気質を兼ね備え、老若男女、あるいは洋の東西を問わず敬愛された偉人と言えよう。しかし、我々クルマ好きにとっては、さらなるシンパシーを覚える要素があった。女王は若き日より、自動車に強く惹かれていたのだ。

女王が公務で使用したロイヤルキャリッジたち

1950年以降、英国の御料車となったロールス・ロイス。写真手前と後列左端の2台がファントムⅣ。

 英国王室が公務で使用する「ロイヤルキャリッジ(御料車)」といえば、世界最高級車ロールス・ロイスを連想されるだろうが、1900年に当時の皇太子(翌1901年に王位に就く)だったエドワード7世が初めての王室所有車として「デイムラー6Hpフェートン」を買い上げて以来、英国王室御用達の自動車メーカーは、1950年まで半世紀にわたって「デイムラー」と決まっていた。

 1948年に、若きエリザベス王女とその婚約者に贈る、英国陸軍からの結婚祝いの品として選ばれたのも、デイムラーDE27のツーリングリムジンだった。

 しかし、第二次大戦後のイギリスは「輸出か死か」とも言われる時代を迎えていた。外貨獲得が金科玉条となっていた当時、あくまで英国内のドメスティックなブランドに過ぎなかったデイムラーに対して、既に世界的なトップブランドとして絶対的な評価を獲得していたロールス・ロイスの名声をさらに高めることは、もはや国策としても必要不可欠なことと判断された。

 かくして1950年、ロールス・ロイス社は、同社史上初めて英国王室のために新規開発・製作した一台のスペシャルモデルを上納することになった。それが「ファントムⅣ」。第二次世界大戦前の1939年をもって生産中止とされた「40/50HpファントムⅢ」以来、11年ぶりに復活したロールス・ロイスのトップグレードである。この御料車の直接のオーダー主は、エリザベス王女(1952年に即位、エリザベス二世女王となる)とデューク・フィリップ・エディンバラ(いわゆるエディンバラ公フィリップ殿下)夫妻であった。

 ファントムⅣに搭載される直列8気筒5.6リッター「B80」エンジンは、第二次大戦中から試作車に載せられて走行実験に供されたが、中でももっとも有名な試作車はベントレーの戦前最終モデル「マークⅤ」のシャシーを流用した「スコールド・キャット(Scald Cat=やけどしたネコ)」。比較的小さな車体に直8エンジンを詰め込んだ試作車は、その名のとおり、まるでやけどしたネコのような速さを披露し、開発当時にしばしば貸与されていた若き日のエディンバラ公、そして婚約者だった時代のエリザベス王女を魅了したという。

ロールス・ロイス シルバーレイス LWB

 もちろんそれが最大の理由ではないのだろうが、エリザベス女王とフィリップ殿下の「エンスー的」なエピソードが、ロイヤルキャリッジを選択する要因の一つとなったことは、いち自動車愛好家としては嬉しく思えてもしまうのだ。

 こうして英国王室との結びつきを強固なものとしたロールス・ロイスは、「ファントムⅤ(1959年発表)」の時代になっても、王室との密接な関係を継続。1960年に「キャンベラⅡ」そして1961年に「キャンベラⅠ」と呼ばれる、二台のR-RファントムⅤステーツリムジンを導入した。また1988年には「ファントムVI」最後の一台となるはずだった車両が納入されることになる。

 そして女王エリザベスII世の在位50周年を迎えた2002年、イギリスの自動車製造者協会は50周年を記念して新たなリムジンを進呈することになったが、その製作を受託したのはベントレーであった。現時点では、この「ベントレー・ステートリムジン」が、最新のロイヤルキャリッジとなっている。

ベントレーが王室のために特注で製作したステートリムジン。

意外に慎ましい? エリザベス女王のプライベートカー

チャールズ皇太子とアン王女を乗せドライブするエリザベス女王。クルマはデイムラー・コンクエストだ(1957年)

 これまで、エリザベス女王が公務で搭乗したロイヤルキャリッジについて回想してきたが、ここからは亡き女王がプライベートで愛用されたクルマについてもお話させていただきたい。

 第二次大戦末期の1945年2月、エリザベス王女(当時)は自ら志願してイギリス陸軍の英国女子国防軍に入隊。軍用車両の整備や弾薬管理などに従事したほか、大型自動車の運転免許を取得して軍用トラックの運転なども行っていたことは、今や誰もが知るエピソードであろう。この体験から、エリザベス女王は自動車という乗り物を深く愛するようになったとされている。そして、プライベートで自動車のステアリングを握る姿が頻繁に撮影された、初のイギリス元首となったのだ。

 女王がその最期のときまで過ごしたスコットランド・アバディーンシャーのバルモラル城には、フィリップ殿下との新婚時代からしばしば訪れ、所有する広大な農園や厩舎への移動手段として、まだ誕生したばかりの「ランドローバー」を所有して、夫婦ともに運転した。そののち歴代のランドローバー(ディフェンダーも含む)やレンジローバーも愛用したことから、ローバー社(現在のランドローバー社)は英国ロイヤルファミリーの「ロイヤルワラント(≒御用達)」を獲得することになる。

ランドローバー シリーズ1に乗る、若き日のエリザベス女王とエディンバラ公。

レンジローバーは女王の愛車としてたびたび目撃された。

 また、新国王チャールズIII世の幼少時を映した写真では、女王夫妻のかたわらに「ラゴンダ3リッター」のドロップヘッド・クーペの姿が確認できるほか、1955年には「ジャガー・マークVII」を購入し、当時すでにR-R社傘下にあった名門コーチビルダー「パークウォード」にインテリアを仕立て直させて愛用していたという。

 くわえて、長年家族とともにクリスマスを過ごしてきたノーフォーク州のサンドリンガム・ハウス周辺では、愛犬「ロイヤルコーギー」たちのために英国フォードの「ゼファー・マークII」の特装エステートワゴンや、「ヴォクスホール・クレスタ(PAおよびPCの二世代)」のワゴン版を選択。意外に慎ましい選択にも感じるが、こちらも女王が自らステアリングを握った。

ジャガー・マークVIIは、インテリアをカスタマイズするほど女王のお気に入りの一台だった。

ヴォクスホール・クレスタ(PAおよびPCの二世代)のワゴン版(写真上下)。

ローバーP5

 いっぽう、ロンドン近郊のウィンザー城とその周辺では、女王はローバー製サルーンを愛用した。最初は「P5-3.5サルーン」、のちに彼女のお気に入りのひとつと考えられている「P5B 3.5クーペ(4ドア)」に乗り換える。この二台はV8エンジンを搭載し、当時としてはかなり速いサルーンであった。

 しかし、ローバーのV8サルーンが生産を終えると、女王のプライベートカーは再びジャガー/デイムラーに移行。後部座席にコーギーたちのためのクッションを備えた「デイムラー・ダブル・シックス・シリーズIII」では、12000マイル(約19000km)の走行距離を重ねたと言われている。

デイムラー・ダブル・シックス・シリーズIII。写真は著者である武田氏のかつての愛車。年式も女王のダブル・シックスと同じく1988年型だった。

 エリザベス女王のあとを継ぐことになったチャールズ新国王は、21歳の時に両親から「MG-C」をプレゼントされ、その後現在に至るまで「アストンマーティンDB6ヴォランテ」を保有している。また、新王の妹アン王女には「リライアント・シミターGTE」を贈り、そののちアン王女は計3台のシミターGTEを乗り継いだ。

 こうしてクルマ好きの血脈は英国ロイヤルファミリーに受け継がれているのだが、それでも今は亡き女王とその愛車たちの姿は、エンスージアストの心にずっと残り続けるに違いあるまい。

イギリスのスポーツカーメーカーである「BAC」のニューモデルを興味深げに見学するエリザベス女王(2016年)

満面の笑みで新型レンジローバーを見学するエリザベス女王(2016年)

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