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クルマ最終更新日:2019.11.20 公開日:2019.11.20

曙の10ポット・ブレーキのすごさ

曙のブレーキといえば、F1マシンにも採用されているほど高性能で知られる。現在、同社で最強の制動力を誇るのが高性能車両用の10ポット・ディスクブレーキだ。ディスクブレーキの仕組みを解説すると同時に、10ポット・ディスクブレーキの性能に迫る。

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曙ブレーキ工業の10ポットディスクブレーキ(のキャリパー)。

曙が製品化した10ポットディスクブレーキのキャリパー。東京モーターショー2019の曙ブースで撮影。

ブレーキの方式は大別して2種類

 現在、乗用車で主流となっているブレーキは、大別して2種類ある(エンジンブレーキやEVなどの回生ブレーキは除く)。ディスクブレーキとドラムブレーキだ。

 ディスクブレーキは、タイヤと共に回転するディスクローターにブレーキパッドを押しつけることで得られる摩擦力でもって制動する仕組みだ。もう一方のドラムブレーキは、タイヤと共に回転するブレーキドラムの内側にブレーキシューを押しつけることで摩擦力を得て制動する。

曙ブレーキ工業が開発中の環境負荷の低い新素材を用いたブレーキパッドのサンプル。

曙が開発中の環境負荷の低い「銅フリー焼結摩擦材」を用いたブレーキパッドのサンプル。焼結摩擦材は高温・高負荷に対応でき、耐摩耗性が高く、小型が実現できるとされる。低比重材料を用いることで、摩擦材自体の軽量化も進めているという。東京モーターショー2019にて撮影。

 ディスクブレーキとドラムブレーキは車種や用途によって使い分けられており(前ディスク、後ドラムという構成のクルマも珍しくない)、スーパーカーやレーシングカーなど、より強い制動力を求められる車種はディスクブレーキが前後共に採用されている。

 またディスクブレーキの優れる点としては、放熱効果に優れるので耐フェード性が高い(熱による効き具合の変化が少ない)、雨(水)に強いのでウォーターフェード現象(水の影響で効き具合が低下する現象)が起こりにくいなどがある。

ディスクブレーキも大別して2種類

 ディスクブレーキはディスクローターにブレーキパッドを押しつける方式で2種類に大別できる。ディスクローターに片側からブレーキパッドを押し当てて制動力を得る方式は、浮動(フローティング/片押し)式と呼ばれる。コンパクト化しやすいため、主に小型車などに用いられることが多い。

 そして、ディスクローターを両側から挟み込むようにして2枚のブレーキパッドを押しつける方式が、対向ピストン(オポーズド/対抗キャリパー/固定)型だ。より強力な制動力を求めるクルマは、すべてこちらを採用している。

ディスクブレーキの構造透視図。画像提供:曙ブレーキ工業

ディスクブレーキの構造透視図。円盤状のパーツであるディスクローターの右側に取り付けられているのがブレーキキャリパー。その内部にローターに接するブレーキパッドが存在する。画像提供:曙ブレーキ工業

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ディスクブレーキの”ポット”とは?

ディスクブレーキの”ポット”とはいったい何か?

 スーパーカーなどが高い制動力をアピールするため、よく「6ポットのブレーキを搭載」といった説明がなされることがある。

 この”ポット”とは、ディスクブレーキにおいて、ディスクローターにブレーキパッドを押しつける役割を担うピストンのことだ。その数はピストンの数を指し、左右両側からディスクローターを挟み込むため、6ポットなら3つずつ備えているということになる。

曙のレーシングカー用6ポットディスクブレーキ。

曙のレーシングカー用6ポット・ディスクブレーキ・キャリパー。片側3つのポットが見えている。曙は独・ニュルブルクリンク24時間レース参戦車両に2006年から供給しており、TOYOTA GAZOO Racingには2010年から供給。市販用と比較して2倍以上の厚みのあるブレーキパッドを装着するという。東京モーターショー2019にて撮影。

ディスクブレーキの部品分解図。右上の円筒状のパーツがピストン(ポット)。画像提供:曙ブレーキ工業

ピストンの数を増やせば制動力を上げられるのか?

 ポット数が多いと制動力が大きくなるようなイメージがあるが、そうではない。同じ対抗ピストン型のディスクブレーキの場合、ディスクローターとタイヤの直径、ブレーキパッドの材質とサイズ、そしてピストンが押しつける力のすべてが同じだったとしたら、ピストンの数が増えても制動力は大きく変わらない(ゼロではない)。

 それでは、なぜピストンの数を増やすのか。それは、ブレーキパッドのサイズが関係している。スーパーカーなどが高い速度から減速する際、ブレーキにかかる負荷は大きい。特にブレーキローターと接するブレーキパッドは、摩擦熱によりときには数百度という高温になる。そのため、より高い速度を出せるクルマほど、安定してブレーキを作動させるためにはブレーキパッドの耐熱性能などを高める必要がある。より高い速度域から制動するための狙いもあるが、耐久性を向上させる狙いもあってブレーキパッドのサイズを大きくしているのだ。

 そして、大型化したブレーキパッドをより確実にディスクローターに押しつけるためにピストン数が増やされている。ピストン数を増やすことが、制動力をアップさせるためのチューニングテクニックのようなイメージを持ちやすいが、それは異なる。単にピストンを増やせばいい、という話ではないのだ。

 余談だが、チューニングで制動力を強化する場合、ブレーキパッドの大型化もひとつの手だが、他にも複数ある。ブレーキパッドの材質をより摩擦係数の高いものに変更する、タイヤサイズを変更せずにディスクローターを大径化する(もしくはディスクローターを変更せずにタイヤを小径化する)などだ。ブレーキもまた奥の深い世界なのである。

曙のレーシングカー用6ポット・ブレーキを搭載したレクサス「LFA」83号車。

レーシングカーは一般車よりも遙かに高い速度を出し、減速も激しいが、6ポットが主流。極限まで軽量化が行われているため、車重が軽いから6ポットで十分なのだという。画像は、曙のレーシングカー用6ポット・ブレーキを搭載したレクサス「LFA」83号車。2012年の第40回ニュルブルクリンク24時間レースに参戦し、SP8クラスのクラス優勝、総合15位を獲得した。MEGA WEBにて撮影。

制動力の増強と部品点数の増加というジレンマ

 ブレーキパッドを可能な限り大型化し、ピストン数を増やせば、確かに制動力をより高めることはできるが、デメリットも顕在化してくる。ブレーキパッドの大型化やピストン数の増加は重量増加につながってしまうからだ。特にブレーキシステムは俗に足下と呼ばれる、サスペンションから先のタイヤ側に装備されるパーツ。その重量増は走行性能に影響してしまいやすいのである。

 さらにピストン数の増加は、ブレーキキャリパーが機構的に複雑になることでもある。複雑化すれば故障する確率も高くなるし、整備もそれだけ時間を要してしまうのだ。

 また、制動力はブレーキ単体の性能で決まるわけではないということも忘れてはならない。実際に地面と接するタイヤの性能が大きく、どれだけブレーキが高性能だったとしても、タイヤの性能を超えた制動力を発揮することはできないのだ。逆をいえば、タイヤの性能が上がれば、それだけブレーキを高性能化する意味も出てくるということになる。スーパーカーやレーシングカーは高性能なタイヤを装着していることから、より高性能なブレーキも搭載しやすいといえるだろう。

TOYOTA GAZOO Racingの「TS050 HYBRID」には、曙製のブレーキが供給されている。

WEC世界耐久選手権に参戦するTOYOTA GAZOO Racingのマシン「TS050 HYBRID」にも、曙のモータースポーツ用ディスクブレーキが装備されている。太めのスポークに隠れているが、キャリパーに「akebono」のブランドロゴが刻印されている。

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曙製10ポット・ディスクブレーキに迫る!

常識を打ち破る10ポット・ブレーキの誕生秘話

曙ブレーキ工業の10ポットディスクブレーキ(のキャリパー)。

冒頭で紹介した10ポット・ディスクブレーキのキャリパーを再掲載。同ブレーキはアフターパーツではなくBtoBの製品のため、一般に入手は不可能。

 タイヤの性能向上も手伝ってスーパーカーや高級車などの最高速度が上がっていき、その結果、より強力な制動力を求めてブレーキパッドの大型化とピストン数の増加も進んでいった。市販車には8ポット・ディスクブレーキなども搭載されるようになるが、そうした中で世界初として2015年に曙が製品化したのが10ポット・ディスクブレーキだったのである。

 10ポット・ディスクブレーキは、実際に市販車に採用されている。実はデメリットに目をつぶってでも、現代では採用しなければならないほど高い制動力が求められるようになってきているのだ。

 その理由は、SUVの世界的な人気が理由にある。近年では海外のスーパーカー・高級車メーカーも同カテゴリーに参戦し、スーパーSUVともいうべき車種を世に送り出すようになってきた。それらは2トンを軽く上回る重量級にもかかわらず、大排気量・大出力のエンジンを搭載しており、時速200km台後半から時速300km以上という、一昔前のスーパーカーに匹敵する最高速度を出せるスペックを有している。重量級のクルマがそれだけの速度を出したら、安全性能の点からより強力な制動力が求められるのはいうまでもない。

 曙の10ポット・ディスクブレーキは、車名は伏せられているが、複数の海外メーカー製SUVに搭載されている。一例として、以下のようなスペックの車種だという。

車重:2310kg
排気量:4806cc
最高速度:時速284km
最高出力:570ps/6000rpm
時速0→100km加速性能:4.1秒

 最高速度が時速284km、ゼロヒャクが4.1秒というスペックは、もはやSUVとは思えない数値である。それを受け止められるだけの制動力を持った強力なブレーキが必要なのもおわかりいただけるだろう。

スーパーSUVに求められるブレーキ性能

 1トンと2トンのクルマが同じ速度で走ったら、2トンのクルマの方がそれだけ大きな運動エネルギーを持つ。当然、それを受け止めるブレーキにもより大きな負荷がかかる。

 重量のあるスーパーSUVが高速度から急減速をかけたとしたら、どれだけの負荷がブレーキシステムにかかるのか。一般的な乗用車でさえ、時速100kmから急制動をかけると、ディスクローターは数百度という摩擦熱が発生するという。

 膨大な摩擦熱にも負けずに高い制動力を発揮し続けるには、その高熱にも耐えられる高い耐久性や、性能を常に発揮できる高い安定性などが求められる。余裕を持ってそれができるのが、10ポット・ディスクブレーキというわけだ。

モータースポーツで磨かれた技術力と10ポット

 10ポット・ディスクブレーキは、曙が2002年からスタートさせたモータースポーツ活動で培った技術が結集されているという。2007年からはF1の名門チーム・マクラーレンにもブレーキを供給しており、F1の現場で大いに技術力が磨かれたそうである。

 さらに、2013年からはWEC世界耐久選手権に参戦するTOYOTA GAZOO Racingにも供給。現在、世界最速のレーシングカーともいわれる同チームの「TS050 HYBRID」にも装備されており、ル・マン24時間レースの2018・2019年の2連覇達成などに貢献した。

2018年の第86回ル・マン24時間レースで、トヨタの初優勝を決めた「TS050 HYBRID」2018年仕様の8号車。

2018年の第86回ル・マン24時間レースで、トヨタの初優勝を決めたプロトタイプ・レーシングカー「TS050 HYBRID」2018年仕様の8号車。画像は、MEGA WEBに展示された実際にレースを走ったマシン。

 こうしたモータースポーツの過酷な環境で鍛えられた制動力、軽量化、高剛性の技術に加え、市販車用ブレーキの開発で培った低ノイズ性能や低引きずり性能の技術を融合させることで、10ポット・ディスクブレーキは誕生したのである。

12ポット以上のブレーキは製造可能か?

 曙の10ポット・ディスクブレーキは、左右で1枚ずつのブレーキパッドを使用する通常の構造をしたディスクブレーキだ。この構造で、12ポット以上の市販品は今のところ存在しないようである。

 ただし、特殊な構造をした12ポットブレーキならアフターパーツメーカーのエンドレスから市販されている。ふたつの6ポット・ディスクブレーキを一体化させた”一体型ツインキャリパー”仕様のディスクブレーキ「12ピストンキャリパー」だ。要は、左右2枚ずつ合計4枚のブレーキパッドを使用しているのである(1枚につき3ポットが担当)。日産「フェアレディZ」の先代Z33型(5代目)用として2000年代初頭に開発されたものだが現在も購入可能で、特注で他の車種にも装着可能だという。キット価格は75万円からだそうだ。


 現在、市販スーパーカーの最高速度は時速400kmを超えている。そして上述したように重量級のスーパーSUVもかつてのスーパーカー並みの速度域に達しており、安全性の面からますますブレーキの重要性が高まっている。

 また、従来はドラムブレーキが主流だった大型商用車も、高速走行時の安定性に優れることから、ディスクブレーキの採用が増えているという。大型商用車は速度はそれほどではないにしても、車重はスーパーSUV以上であり、10ポットブレーキが求められる場面はこれからますます多くなりそうである。

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