「宿を巡るドライブ旅行」第1回|ししいわハウス(長野県・軽井沢町)
建築界のノーベル賞と呼ばれるプリツカー賞を受賞した日本人建築家、坂茂(ばん・しげる)氏が手掛けたホテルが長野県・軽井沢にオープンした。ソーシャル・ ホスピタリティーの概念を取り入れた「ししいわハウス」の魅力とは?
建築家・坂茂氏の狙いとは?
夏休みシーズンに突入し、ドライブ旅行を計画している方も多いのではないだろうか。最近は拡張工事や延伸など道路環境が格段に改善され、遠出も大分しやすくなった。加えて、一度は体験してみたいと思うユニークな宿も続々と誕生している。軽井沢にオープンした「ししいわハウス」も、そんなホテルのひとつだ。
ししいわハウスは、中軽井沢駅から観光名所の鬼押出し方面に向かう、国道148号沿いの温泉で知られる千ケ滝エリアにある。2018年末にオープンし、今年の春から本格的に稼働をはじめた。
特徴は、設計が世界的な建築家である坂茂(ばん・しげる)氏であること。もうひとつは、「クラスター」と呼ばれる独特の部屋の構成だ。ししいわハウスは全10室を3つのクラスターで分けている。クラスターとは、ししいわハウス独自のコンセプトで、3つないし4つの客室をひとつにまとめた単位のようなものだ。
おもしろいのは、各クラスターに「グランドルーム」と呼ばれる共有スペースがあり、クラスターの各部屋をつなげていることだ。そこにいると、別の部屋に泊まっているゲストが来ることもある。一緒に食事をしたり、知らない宿泊客同士でソファに座り、時間をともにする。そこからコミュニケーションが生まれることもあるだろう。ひとつ屋根の下、一夜の宿をともにした宿泊客同士の間で交流が生まれること、それこそが、ししいわハウスの狙いだという。
新たな発見や繋がりを見つけるホテル
筆者はその話を聞いて、かつて建築家の北山恒氏とarchitecture WORKSHOP(アーキテクチャ・ワークショップ)が設計した佐渡島の「浦島」南館のことを思い出した。
1997年に開業した浦島は「昔の商人宿をイメージした」とかつて北山氏が語っていたように、各部屋の廊下側の壁が半透明のガラスでできていて、部屋の明かりが廊下を照らす。それによって「自分はひとりではないのだと安堵感を覚えてもらう」のが目的と聞いたことがある。
「典型的なホテルの体験とは一線を画す、ソーシャル・ ホスピタリティーの概念を取り入れています。プライベートな空間だけに焦点を当てるのではなく、客室の外においても新たな発見や繋がりを見つけていただけるよう設計しています」
ししいわハウスのコンセプトは上記のようにプレスリリースに記されている(開発責任者のP・ワン氏によるもの)。一般のホテルでは、例えばレセプションや朝食のレストランで知らないひとに話しかけても、警戒、無視、よくてその場かぎりの会話で終始してしまうだろう。
だが、普通に生活していたら出合うことのないひとと、もし会話が弾めば、人生はより豊かになるかもしれない。あるいはビジネスのチャンスが広がるかもしれない。ポジティブに考えられるひとは、軽井沢までドライブして、ししいわハウスを訪れるといい。
お気に入りの部屋
居心地のよさは当然、重要だ。坂茂氏がすべて手がけた部屋は、テラス付きのものもあるし、檜の風呂がベッドの橫に置かれたユニークな設計のものもある(坂氏自身はこの檜のバスタブの部屋を気に入っているそうだ)。
館内で使用する食器はすべて「深山」社を、寝具、タオル、バスローブには世界的に知られた「Ploh(プロー)」を採用と凝っている。バスアメニティーには 、100%天然由来で生分解性の高い原料を使用しているドイツの「Stop The Water While Using Me!(ストップ・ザ・ウォーター・ ホワイル・ユージング・ミー!)」が採用されている。
館内の装飾としてアート作品にも力を入れている。吉原治良、今井俊満、鷲見康夫、元永定正、山田正亮などの日本のアーティストに加え、Zao Wu Ki(ザオ・ウーキー)、 Seundja Rhee(イ・ソンジャ)、Günther Förg(ギュンター・フォルグ)、Bernar Venet(ベルナール・ベネ)といった具合だ。
ししいわハウスに身を置くと、「建築デザインからインテリアに至るまで、すべて綿密に計画しました」という坂茂氏の言葉が説得力をもって、思い出されるのである。