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最終更新日:2018.07.21 公開日:2018.07.21

車は家族の一員「ユーノス・ロードスター」

「Eunos Roadstar」 日本製(1989年)全長×全幅×全高:3,970×1,675×1,235mm 軸距:2,265mm トレッドF・R:1,405・1,420mm 車両重量:940kg エンジン:水冷直列4気筒DOHC 16バルブ 78.0×83.6=1,597cc 圧縮比:9.4 出力:120ps/6,500rpm トルク:14.0kgm/5,500rpm 変速機:5MTサスペンション:F/Wウィッシュボーン+コイル R/Wウィッシュボーン+コイル ブレーキ:F・Rともディスク タイア:185/60-14

スポーツカーの価値とは? ロードスター

 私が、今まで所有したバイクと車は100台を超え、仕事でもバイクや車の開発を行ってきた。その経験の中で、スポーツカーほど難しいものはなかった。一般的には、走りの性能を上げ、スポーティなデザインをまとえば良いと考えがちだが、実はそうではないのである。スポーツカーには、実用的でないモノに多額のお金を出して頂く「価値」がなければならない。

 ではその価値とは何だろうか? 長い間、自問自答を繰り返した結果、得た答えは「心を解放」する要素がなければならないということだった。高性能だけではスポーツカーにはならない。逆に性能が低くても、心を解放できれば、それは紛れもなくスポーツカーとなる。時速40キロで走ってもスポーツカーはスポーツカーなのである。

 心の解放にはアパレル的要素が必要だ。たとえば仕立ての良いツイードのジャケットに手を通すと、知らず知らずのうちに身のこなしまで上品になる。年に一度の正月に和服を出し、帯びを締めると、自然に背筋が伸び、気持ちまでが引き締まる。昔から、気分が滅入った時には赤を着ると元気になると言われるほど、人の心は着るモノに影響される。

 車も同様である。私が以前ジャガーXJ・6に乗っていた時だ。仕事でイライラし頭に血が上っていたが、車に戻ってドアを閉めた瞬間、それがスーと消え、一息ついてゆっくり走り出したことを覚えている。途中、誰に抜かれようがそんなことはどうでもよかった。この車には内装が作り出す独特の子宮的快楽があり、それと調和した、ワルツのように穏やかな動的リズムがある。これらがジャガーの安堵感を創り出していた。

ロードスターを作るときに考えたこととは

 一方、同じ英国車でも、軽量スポーツカーのヒーレースプライトは、ジョギングウェアのように感じる。二日酔いで少しくらい頭が重くても、スウェット・スーツに手を通しランニング・シューズを履いた時のように、自然に体が軽くなり気持ちまで明るくなる。

 このように優れた車には、乗り手の心を安定させたり楽しくさせたりするものがある。つまりそれが心の解放なのだと私は位置づけた。

 そんな心の解放を目指して開発したユーノスロードスターには、乗る人をウキウキさせる力を持たせた。屋根をオープンにしただけではない。ダイレクトなステアリングや短いシフトレバー、また、路面からの振動がアップテンポなリズムを刻むように調整したのだ。さらに、灰皿やカップホルダーはつけず、ドアトリムはペラペラなビニール1枚に。この潔さがロードスターの精神性を高めたと思っている。

 話は変わるがヨーロッパを旅すると、時折、古い車を路肩に停めてボンネットを開け、頭を突っ込んでいる姿を目にする。アメリカでも、スーパーに行くと排気管がズラーッと並び、その中から愛車のものを探し、休日に奥さんと交換している姿を見る。車というのは道具だから、自分で点検し、壊れれば直すのが当たり前。自転車だってチェーンに油を注したりパンクも直す。椅子でもギシギシ鳴けば釘を打つ。これがモノとの付き合いである。

 近年の、特に日本では、あらゆるモノがブラックボックス化されてきた。家電を修理に出すと、決まって言われるのが、「直すより買い換えたほうが安いですよ」という言葉だ。ちょっと直せば使えるものがゴミになる。

 大切なのは、壊れても簡単に直せるシンプルな構造にすることだと、ロードスターを開発していた当時考えた。そこで、ブラックボックス化を極力避け、ユーザーが標準工具で整備できるようにした。手に油する楽しみを知らないと、モノを表層的にしか捉えることができないからだ。この車を通して、モノを知り慈しむ心を養って欲しい。そして「車を家族の一員」のように感じて欲しい。そんなことを考えながら作った、思い出深い車である。

文=立花啓毅
1942年生まれ。ブリヂストンサイクル工業を経て、68年東洋工業(現マツダ)入社。在籍時は初代FFファミリアや初代FFカペラ、2代目RXー7やユーノス・ロードスターといった幾多の名車を開発。

(この記事はJAFMateNeo2015年4月号掲載「哲学車」を再構成したものです。記事内容は公開当時のものです)

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