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最終更新日:2017.06.17 公開日:2017.06.17

佐藤琢磨選手の優勝した「インディ500」はどんなレース?

2017年、第101回インディ500のウィナーとして、歴史に名を刻んだ佐藤琢磨選手。バックは、今回のご褒美としてホンダ八郷社長よりプレゼントされた、あのスーパーカー(カラーリングは何になるか未定)!

 去る5月28日(現地時間)に、世界3大レースと呼ばれる米国の「インディアナポリス500(マイルレース)」、通称「インディ500」で佐藤琢磨選手が日本人として初めて優勝したことをご存じの方も多いだろう(インディ500の勝者はインディ500チャンピオンと呼ばれる)。

 日本では米国のモータースポーツはあまり浸透していないことから、ピンとこない人も多いかも知れないが、この優勝は大いなる偉業といっていい。大げさに聞こえるかも知れないが、ほかのスポーツに例えれば、日本人がメジャーリーグでホームラン王になったり、ボクシングでヘビー級の世界王者になったりするようなものなのだ。

 そんな琢磨選手が帰国し、13日にホンダ本社1階のウェルカムプラザ青山にて凱旋報告取材会を実施。日本の報道陣を前に改めてインディ500優勝に対する喜びを語った(記事はこちら)。

 琢磨選手は凱旋報告会で多くのことを語ったのだが、それは改めて別記事でお送りするとして、まずはその前に、そもそもインディ500とはどんなレースなのか? 同レースで勝つことがどれぐらい大変なことで、どれぐらい名誉なことなのか? そうしたインディ500の基礎を解説しよう。

レースの優勝者というと、スパークリング・ワインを飲んだりかけたり浴びたりするイメージ、いわゆる「シャンパン・ファイト」があるが、インディ500の優勝者は「ミルクを飲む」のが伝統。しかしかなりの容量なので一気飲みはきつく、琢磨選手はこの後、頭からかぶっていた。

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インディ500とはどんなレースなのか?

インディ500は世界最大の開催規模と人気を誇るレース

レース中の様子。琢磨選手のマシンは、手前の青い26号車。17シーズンは昨シーズンまで2年間在籍したチームの「A・J・フォイト・レーシング」から移籍し、強豪チームの「アンドレッティ・オートスポーツ」から参戦している。

 インディ500は1911年が初開催で、第2大戦時に中断されたが、17シーズンで101回の開催数を数えた。世界3大レースの残りのふたつであるF1モナコGPが75回、ル・マン24時間レースが85回ということで、世界最古の歴史を誇る。

 現在は、米国のフォーミュラカーレースの最高峰である「インディカー・シリーズ」の1戦として行われており、17シーズンは第6戦として開催された(同シリーズはカナダ・トロントでの1戦も含め、全米各地で全17戦が開催される)。

 インディ500の舞台となるのはインディアナ州の州都インディアナポリスにある、1周2.5マイルのオーバル(楕円)コース「インディアナポリス・モーター・スピードウェイ」だ。実際には楕円というよりも、四隅が丸くなった長方形といった方が正確である(その四隅は、「ターン」といわれ、いわゆる最終コーナーが「第4ターン」)。左回りに周回していく。

 レースでは同コースを200周=500マイル(約804.7km)を走る。ちなみに800kmとは、東京から広島ほどの距離で、1人のドライバーが連続してこれだけ走り続けるレースはほかには存在しない。唯一無二のサバイバル・レースなのである。

 そんな長距離ドライブに加え、最高速もすごいのがインディ500の特徴。コーナリングの際に最も速度が落ちても時速340kmほどで、最高速が出るストレートエンドでは時速380kmに達する。最高速の出やすいコースレイアウトなので同列で比較するのは難しいが、時速370km強のF1を超えており、世界最速のスプリントレースでもある。なお、コーナリング中の横Gは4Gほどだ。

琢磨選手の17シーズンのレーシングスーツとヘルメット。凱旋報告会では、参戦初年度のレーシングスーツ&ヘルメットからこの17シーズンまで展示された。

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インディ500は米国民のお祭りだ!?

米国の5月はインディ500祭り状態!

表彰式の様子。チームスタッフ共々正装し、琢磨選手ももちろん得意の英語でスピーチした。

 開催日は、毎年5月の最終日曜日と決まっている。翌日の最終月曜日は米国のメモリアルデイ(戦没将兵追悼記念日)で、その前日に決勝が行われるのが恒例となっている(インディ500の表彰式は月曜に行われる)。

 そして大きな特徴のひとつが、ほかの一般的なレースとは異なり、レースが週末の3日間で完結しないこと。F1など、一般的なレースは金曜日にフリー・プラクティス(練習走行)、土曜日に予選、日曜日に決勝という流れだが、インディ500はフリー・プラクティスが2週間前から始まる(17シーズンは15日から)。予選も、2日間かけて行われる。決勝の1週間前の土日に行われるのだ(17シーズンは20日・21日)。

 要は5月の後半はインディアナポリスの街はインディ500祭りのような状態で、全米はもちろん、世界中からモータースポーツ好き、インディ500好きが集まる。長期休暇を取ってモーターホームでやってきて、5月はインディアナポリス・モーター・スピードウェイの近辺で生活、という人たちも普通だ。

 さらに14シーズンからは、5月の前半に同じインディアナポリス・モーター・スピードウェイで、インディ500とは逆回りの右回りでもう1戦レースが行われるようになった。そのため、5月はさらに「インディ500月間」の度合いが増している。

予選での琢磨選手の様子。土曜日の予選で上位9名に入ると、日曜日「ポールデイ」の9人による最終予選に参加する資格を得られる。ポールポジションはこの枠に入らないと獲得できないというわけだ。また初日で10位以下の選手は、予選順位10位以下を決めるための最終予選を日曜日に行う。琢磨選手はポールデイの9人による最終予選に進出し、時速231.365マイル(=時速372.365km)を記録し、予選4番手をゲットした。

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インディ500はどれだけすごいのか?

インディ500は世界でも別格のレース!

 インディ500はインディカー・シリーズの1戦ではあるが、格式としてはシリーズよりもインディ500の方が上である。年間チャンピオンももちろん評価されるが、インディ500チャンピオンの方がさらに評価されるという別格のレースなのだ(インディ500がインディカー・シリーズに加わって上げているというイメージに近い)。なお、得点もほかのレースよりも格段に多く設定されており、琢磨選手はインディ500の優勝で137点獲得し、ランキングで大きく躍進した(第9戦テキサス終了時点で3位)。

 もちろん賞金も日本では想像がつかない額だ。今回、琢磨選手は245万8129ドル(1ドル109円計算で、2億6793万6061円)を得ている。日本のプロスポーツ選手の中には、年俸が同程度の選手はいるが、1回のレースでこれだけ稼げるのはモータースポーツ先進国の米国ならではだ。なお、琢磨選手が全額もらえるわけではなく、そこからチームやメカニックなどに契約に従って支払う仕組みだ。

表彰式の遠景。スクリーンに1位の賞金が表示されている。

 そんなスペシャルなレースだから、観客の数も膨大だ。今回は35万人がインディアナポリス・モーター・スピードウェイで決勝を観戦したという。日本でも最盛期のF1日本GPが3金土日の3日間合計であれば同程度の人数を記録しているが、ひとつのスタジアムやサーキットで決勝日1日だけで観戦する人数は世界最大級といわれる。

 また、テレビや新聞、インターネットなどのメディアの視聴者や読者などを含めたら、その影響は計り知れない。例えば琢磨選手がプライベートでちょっとした街中のレストランで食事していても、日本と異なってミーハーなファンに囲まれるようなことはないそうだが、そのお店のシェフたちは気がついているらしく、デザートを頼んだらミルクが出てきた(インディ500チャンピオンはシャンパンではなく、ミルクを飲む)という具合で、リスペクトがすごいのだという。もうミルクはお腹いっぱいだったので、カンベンしてほしかったそうだが。

 ともかく、全米はおろか、世界中が注目するモータースポーツ最大のビッグイベントであり、そんなレースに勝利したのが琢磨選手なのだ。

日本人初のインディ500チャンピオンとなった琢磨選手。偉大な快挙を達成した。おそらく現在米国では、最も知られた日本人のはずである。

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琢磨選手は17シーズンの態勢について!

琢磨選手は17シーズンをどんな態勢で戦っている?

 続いて、琢磨選手の17シーズンの態勢をお伝えしておこう。昨年まで所属していたA・J・フォイトチームから強豪のアンドレッティ・オートスポーツに移籍し、26号車で戦っている。インディ500での勝利も本人の才能や努力に寄るところも大きいが、アンドレッティ・オートスポーツだからこそ、というのもあったという。トップチームならではのプログラムがあり、マシンのセッティングが決まったのも、アンドレッティ・オートスポーツだからというわけだ。

 エンジンは、アメリカン・ホンダモーターの子会社であるホンダ・パフォーマンス・ディベロップメントが開発した2.2L V6ツインターボエンジン「HI17TT」である。エンジンの回転数はリミッターが設けられているので1万2000回転だ。

ホンダ製2.2L V6ツインターボエンジン「HI17TT」。ホンダは03年からエンジンを供給し、06~11年は唯一のエンジンマニファクチャラーとしてインディカー・シリーズを支えた。

 そしてシャシーだが、インディカー・シリーズは全チームが伊ダラーラ社製の「DW12」を12シーズンより使い続けている。要は、ワンメイクというわけで、チームごとに異なるF1のようなシャシーによる性能差はない。

 ただし、エンジンはホンダのほかにシボレーがあり、これが間違いなく強敵。エンジンの性能差によってマシンのトータルパッケージとしてのコースの得意不得意などはあるという具合だ。

琢磨選手の26号車。F1と同じオープンホイール(フォーミュラカー)なので全体的な印象は似ているが、空力装備がF1とは異なり、リアタイヤがエアロパーツで覆われているなど、細部の印象は異なる部分もある。

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インディ500の見所とは?

インディ500はどう楽しむ? オーバルコースのレースの見所は?

 最後は、来年、インディ500を見たいという人のため、簡単ながら楽しみ方を紹介する。

 インディ500を含めたインディカー・シリーズには、大別してオーバル、サーキット、ストリートの3種類のコースがある。日本人の感覚からすると、複雑なレイアウトのサーキットほどレースらしいイメージがあるので、シンプルなオーバルコースは、それこそ、「ぐるぐる回ってるだけじゃない?」という風に見る人も多い。ところが、そんな簡単なレースではないのがオーバルコースであり、オーバルコースならではの見所はいくつもあるのだ。

 レースの醍醐味は、スピードもあれば、ピット戦略などもあるだろうが、やはり最もエキサイティングな要素は「抜きつ抜かれつ」ではないだろうか。予選順位で後方に沈んで10番手、20番手という選手が、ピット戦略や走りの鋭さなどで次々と前に出て行って最終的に優勝! というレースの方が誰が勝つのか最後までわからなくて、楽しめるはずだ。

 オーバルコースでのレースの最大の見所は、そうした抜きつ抜かれつが多いこと。実際、今回のレースでも、琢磨選手は一時は17番手まで順位を下げており、そこから抜きに抜きまくって優勝してしまうのだから、琢磨選手のファンでなくても興奮するというもの。

 また、コースがシンプルなレイアウト故、4つのターンのどれでも走行ラインが複数あることから、コーナリング中でも2台が併走するようなバトルが可能だ。そのため、ツーワイド(サイド・バイ・サイド)の状態が何周も続くようなこともある。

 さらに、コースの外側にエスケープ・ゾーンがない設計のため、わずかなミスでウォールにヒットしてクラッシュという、走る闘技場のような緊迫感もある。

 そんなコースで、3台が1メートルあるかないかという間隔で横並びになる「スリーワイド」も時折見られるなど、とにかく見ていれば心拍数が確実に上がり、いつの間にか握り拳を作っているのがオーバルコースでのレースなのである。

琢磨選手のフィニッシュの瞬間。ポールポジションが勝てる確率はF1などよりもずっと低く、最後の最後まで誰が勝つかわからないのがインディ500などのオーバルコースのレースだ。なお、フィニッシュライン(白線)の左側のオレンジの線は「ブリックヤード」と呼ばれる、インディアナポリス・モーター・スピードウェイの歴史を物語る遺産だ。1911年に建設された際、当時はコース全面がレンガ舗装fr、後に現在のような舗装に変更された際、1ヤード(約90cm)だけ記念として保存された。マシンの走行に影響が出ないよう、表面は特殊なコーティングが施してある。

 それらに加え、オーバルコースはスピードウェイでの生観戦をした際、お気に入りの選手をひたすら追いかけられるというのも長所のひとつ。応援している選手が抜きつ抜かれつをすればエキサイトするし、それをずっと見ていられるのである。

 そのほかにも、時速380kmという最高速や、どれだけ頭脳戦を展開しているかというドライバー同士の頭脳の勝負など、オーバルコースの見所はある。特に、頭脳戦はまた違った見所で、続けての記事ではどのようにして琢磨選手が優勝したのか、そうしたライバルたちとの駆け引きなどをお届けする予定だ。

2017年6月17日(JAFメディアワークス IT Media部 日高 保)

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