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最終更新日:2017.06.17 公開日:2017.06.17

佐藤琢磨・凱旋報告会:ラスト5周でトップに立ってから優勝するまでの激戦を振り返る!

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800kmといったら東京~広島間に相当し、そこを時速340~380kmで走り続けるという耐久とスプリントの両方を合わせたタフ極まりないレースが「インディ500」。琢磨選手はそんなレースを日本人で初めて制した。

 世界最大のレース「インディ500」。最高時速340~380kmという超高速でバトルを繰り広げながら、500マイル=約800kmという長距離を走りきるレースに優勝し、「インディ500チャンピオン」となった佐藤琢磨選手。6月13日に多忙なレースの合間を縫って帰国し、ホンダ・ウェルカムプラザ青山にて凱旋報告会を行った。

 日本の報道陣を前に、改めてインディ500チャンピオン(インディ500の優勝者は1戦だがチャンピオンと呼ばれる)となった喜び、そして終盤の優勝までの壮絶な駆け引きなど、ドライバーならではの視点で語ってくれた。それをお届けする。

 なおインディ500に関して、そしてインディ500を含めた選手権「インディカー・シリーズ」、そこに参戦して8年目となる琢磨選手の2017シーズンの態勢などについては、こちらをご覧いただきたい。

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ホンダ八号社長から、インディ500チャンピオンのご褒美に「NSX」が贈呈されて満面の笑みを浮かべる琢磨選手。手渡されたのはダイキャストモデルだが、後ほど実車が琢磨選手の手に渡る。なおカラーリングは、ホワイト系(NSXは「130Rホワイト」と、「カジノホワイト・パール」の2種類がある)というわけではないらしい。

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琢磨選手が早めに仕掛けた理由とは?

最終盤のラスト5周・そこでトップに立った理由とは?

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どのように勝利をたぐり寄せたのか、終盤のライバルとの駆け引きを語った琢磨選手。時速380kmで走りながら、頭脳戦が繰り広げられていた。

 実はここ数年のインディ500では、マシンにオーバルコース専用の高速空力パッケージを装着する影響などがあり、先頭で空気を切り裂いて走ると抵抗が大きいため、後方のライバル車にスリップストリーム(ドラフティング)に入られ、抜かれてしまう可能性が以前より高くなっている。そのため、ファイナルラップ直前まであえてトップに貼りついて2位に留まり、抜き返される心配がないという瞬間に前に出てゴールまで逃げ切るという戦法が有利という傾向がある。

 もちろん、ファイナルラップというドライバーもマシンも限界ギリギリの状況下で、冷静にトップに躍り出るというのも簡単なことではない。琢磨選手自身、12年の第96回インディ500で、ファイナルラップで2位からトップを狙って勝負を仕掛けたが、スピンしてクラッシュしたという経験がある。

 それでも、できるだけ残り少ない周回数で前に出て逃げ切るのが望ましいのだが、今回、琢磨選手は残り5周でトップに躍り出た。5周もあれば逆にライバルに抜き返される可能性があったわけで、やや早い仕掛けだった。それにもかかわらず、なぜ琢磨選手はトップに出たのは、残り5周あれば、また2位に落ちたとしても、もう一度抜き返せる自信があったからだという。 そんな中、最終的に優勝争いをすることになったのはあの強敵!

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インディ500を3勝している超強敵選手との頭脳戦を展開!

最強のライバル・カストロネベス選手との一騎打ち!!

 最終的な一騎打ちの相手は、インディ500で最多勝利数を誇る「チーム・ペンスキー」に所属し、自身もインディ500で通算3勝を挙げている、強敵エリオ・カストロネベス選手。

 琢磨選手は、そんなエリオ選手にもし抜かれるとしら、どのタイミングかをまずは考察。トップに立った直後か、1周してからか、それとも2周してからか。複数のタイミングを考え、その後にどうすればさらに抜き返せるかを、シミュレーションにシミュレーションを重ねて備えたのだそうだ。

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エリオ・カストロネベス選手の3号車。エリオ選手はチーム・ペンスキーに属し、同チームはシボレー勢のトップチームで、最終決戦は日米マニュファクチャラー(エンジンメーカー)対決でもあった。画像はインディカー・シリーズ公式サイトより。

残り2周でエリオ選手が仕掛けてきた!

np170616-02-10.jpg 結果として、エリオ選手が仕掛けたのは、残り2周になった段階だった。これで、エリオ選手も余裕のある状況ではないことがわかったという。

 いつでも抜けるがギリギリまで待って抜く考えなのか、それとも追走するだけで手一杯なのか。それまでは判断できなかったそうだが、エリオ選手はファイナルラップではなく、あえてその1周前で仕掛けた。つまり、ファイナルラップでは確実に抜けるという自信がなく、1周前から仕掛けることにしたということなのだろう。また、もっと早い段階で抜いたら琢磨選手に抜き返される危険性を感じたのかも知れない。ともかく、ラスト2周で仕掛けてきた。

トップに立つ準備はその前からしていた!

 なお琢磨選手は、エリオ選手との対決を想定し、実はトップに立つ数周前から、同じホンダ勢(エリオ選手らチーム・ペンスキーはシボレー勢)とのバトルの中で、走行ラインに関するテストをし、データ収集をしていた。どの走行ラインを取れば後続車に抜かされずにターンを抜けられるかということをあらかじめテストし、エリオ選手との一騎打ちに備えておいたのだという。

 残り10周前後といったら、東京から高速を走り続けたらゴールの広島まで目前という状況で、そこまで走ってきたら当然体力も残りわずかなはずである。それでもまだ頭脳をフル活動させられる者だけが勝てるのが、インディ500なのである。

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アクセルのコントールとステアリング操作に加え…!

アクセルはベタ踏みでステアリングは一定の舵角?

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インディカーのコックピットに収まった琢磨選手。丸くないステアリングと、パドルシフトなどがわかる。なお、ノン・パワステで非常に重い。画像はインディカー・シリーズの第2戦ロングビーチで撮影されたものなので、琢磨選手のヘルメットのデザインが第6戦であるインディ500のときとスポンサーロゴなどが異なる。

 残り2周となった段階からはとにかく追いすがるエリオ選手を振り切るべく、もう予選並みの全開アタック状態でチェッカーを目指して走ったという。

 インディ500の舞台である「インディアナポリス・モーター・スピードウェイ」はオーバル(楕円)コースといわれる、実にシンプルなレイアウトだ(実際には、長方形の四隅が丸くなったレイアウト)。4つのコーナーをターンと呼ぶが、その途中で最も速度が落ちても時速340kmほどである。

 そんな超高速オーバルコースなので、全開アタックといっても、ターンではバンクもついていることからアクセルはベタ踏み、ステアリングの舵角も一定などと思うかも知れない。しかし、実はそんな簡単ではないのだ。ターンに飛び込む前にはアクセルを全開からパーシャル(半開)にするなど、緻密なアクセリングも求められる。しかもステアリングはノン・パワステだ。

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インディ500のときの琢磨選手のヘルメット。新たに住宅ローン会社「RUOFF」がメインスポンサーとなり、マシンやスーツ、ヘルメットに大きくスポンサーロゴが入るようになった。現在、同社の公式サイトのトップページには、琢磨選手への感謝の言葉が載せられている。

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具体的にどんなマシンの調整をしている?

時速380kmで走りながらマシンバランスを調整

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時速340km以上で周回するインディ500のコーナリング。横Gは4Gほどで、ステアリングはパワステがついていない。そうした厳しい状況でもドライバーたちはマシンの調整を走りながら行っている。

 さらに、マシンがどこを走ってるかで風の影響が大きく変わるため、実はドライバーはマシンバランスの調整が多忙を極めるのだ。常に風向きを考えながら操作するのが、「ウェイトジャッカー」や「アンチロールバー」といった装置である。これらを調整して常に最速の状態を保ちながら、時速340~380kmの全開走行を続けるのだ。ノン・パワステを考えたら、もう2本ぐらい腕が必要なのではないかという忙しさである。

 ちなみにウェイトジャッカーとは、インディ500は左回りのオーバルコースのため、最初から左に旋回しやすいようにセッティングする(ストレートでも左に寄っていってしまうので、細かく修正する)。左リアタイヤに荷重が多めにかかるようにセッティングするのだが、そのバランスをコックピットで調整するための装置だ。そしてアンチロールバーは「スタビライザー」とも呼ばれ、ローリング(横転する方向)を防ぐために左右のサスペンションをつないでいるパーツ。これもコックピットからバランス調整が可能だ。

 バランス調整で何が変わるのかというと、マシンのオーバーステアやアンダーステアの傾向である。とにかくスピンしたら終わりなので、絶対にリアタイヤは滑らせては(オーバーステアが強すぎては)ならない。かといって、スピンを恐れてアンダーステアが強すぎても抵抗となってコーナリングスピードが落ちてしまう。風向きを常に考えながら、必死に微調整を繰り返しつつ全開走行を続けたのだそうだ。

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ファイナルラップの攻防!

ファイナルラップはバックミラーも見ずにフルスロットル!

np170616-02-07.jpg インディ500ではファイナルラップの合図としてホワイトフラッグがコントロールラインで振られる。それを見届けた後は、1回もサイドミラーを見なかったという。

 オーバルコースでのレースでは、「スポッター」という重要なチームスタッフが観客席最上段のようなコース全域を見渡せるポイントからドライバーにライバル車の台数や位置、距離などを伝えるのだが、それだけを頼りにとにかく走ったそうだ。

 インディカーシリーズのルールでは、ストレートで1回だけ進路変更することが可能だ(蛇行は禁止)。またブロックと判断されないためには、後続車が動く前に動く必要もある。ここでも頭脳戦が展開されているというわけだ。そこで、琢磨選手はストレートごとに違う動きをして、エリオ選手が琢磨選手の動きを読まないようにして、何とか逃げ切ることができたという。

 本当に勝てたと感じた瞬間は、ファイナルラップの第4ターン(最終コーナー)を立ち上がって加速してからだそうだ。コントロールラインを超えて優勝した瞬間は、琢磨選手はメカニックやエンジニアらチームスタッフ全員に感謝の言葉を述べたかったらしいのだが、感極まってしまって言葉にならず、無線のスイッチを入れたまま絶叫し続けてクルージングに入ったという。優勝したときの気持ちは「本当に嬉しかった」ということで、「挑戦し続けて、夢が叶った瞬間だった」と述べた。

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琢磨選手の26号車のフィニッシュの瞬間。

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インディカー・シリーズ後半戦への意気込みなど!

日本に明るいニュースを届けることができた!

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トロフィーとマシンと共にコース上で記念撮影。インダクションポッドのところにある2桁のデジタルメーターは、レース中に順位を表示する。

 嬉しかったのは、クルージングしてウィーナーズサークルに向かう途中、昨年まで所属していたA・J・フォイト・チームの琢磨選手が乗っていた14号車のスタッフが全員ピットウォールを超えて祝福してくれたことだそうで、全員とハイタッチで挨拶。そしてウィーナーズサークルでは、琢磨選手の26号車担当のスタッフを初め、所属するアンドレッティ・オートスポーツのみんなの笑顔が忘れられないとした。そして、チームとホンダと両方に感謝の言葉を改めて述べた琢磨選手であった。

 また、「この喜びを本当にたくさんの方知ってもらいたいですし、日本に明るいニュースをひとつ届けられたと思います。特に、東北の復興地に届けたいと思います。夢を実現できたこと、信じ続ければ夢は叶うんだということを、夢を持つことの大切さ、そして挑戦し続けることの楽しさを改めて学んだと感じます。これを復興支援にもつなげ、また日本の子どもたちに伝えていきたいと思います」とした。

今後の目標はシリーズ・チャンピオン!

 さらに琢磨選手は、「新たな夢や目標ができました。第9戦テキサスが終了してインディカーシリーズで選手権の3位につけているので、チームと共にがんばって、チャンピオンという大きな目標を目指してがんばっていきたいと思います。次回は、9月のF1日本GPの頃にまた日本でお目にかかれるかと思いますが、そのときにはまた新たな報告ができることを希望にして改めて後半戦をがんばっていきたいと思います」と述べた。

 若い頃から有言実行だった琢磨選手。インディ500のチャンピオンに続き、インディカー・シリーズのチャンピオンも獲得して、ぜひ二冠王となっての帰国を期待したい。

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インディ500チャンピオンが飲むミルクは、地元のAMERICAN DAIRY ASSOCIATION INDIANA社のミルク。琢磨選手が飲んでしばらくそのまま保管されていたらしいが、さすがに今回はきれいに洗って展示されていた。1933年のインディ500チャンピオンとなったルイ・メイヤーがレース後に冷たいバターミルクを要求。そして2度目のチャンピオンとなった36年にもバターミルクを要求したことから、そこからインディ500チャンピオンはミルクを飲む、という伝統ができたのだ。

2017年6月17日(JAFメディアワークス IT Media部 日高 保)

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