【第85回ル・マン24時間】トヨタ、予選タイムは更新するも、立ちはだかるル・マンの壁。
夕闇の中を走る全面改良型「TS050 HYBRID」。ラップタイムは間違いなくポルシェよりも速かった。
2017年で85回の開催数を数える、世界三大レースのひとつ「ル・マン24時間レース」。仏サルト県ル・マン市の「サルト・サーキット」(13.629km)において、今年は現地時間の6月17日15時から18日15時にかけて決勝が行われた。
ワークス勢は、昨年、残り3分で勝利を逃したトヨタと、大逆転劇で通算18勝目を飾ったポルシェとの一騎打ちとなった。4つあるクラスの内、レース専用ハイブリッド車が参戦できる最高峰の「LMP1-H」での参戦だ。
なお、かつてのル・マンは単独のレースとしてACO(フランス西部自動車クラブ)の主催で開催されていたが、2012年からはFIA世界耐久選手権(WEC)に組み込まれ、毎年第3戦として開催されている。ただし、ほかのレースと比較して特別に長時間であることや歴史的に別格であることもあって、2倍のポイントを獲得できるのが特徴だ。
全面改良型「TS050 HYBRID」。7号車は小林可夢偉選手らがステアリングを握り、予選でポールポジションを獲得した。
マシンは全面改良型「TS050 HYBRID」
トヨタが今年導入したのは、昨年デビューした「TS050 HYBRID」の全面改良型だ。名称こそ同じだが、「TS060 HYBRID」でもいいのではないかというほどエンジン、ハイブリッドシステム、空力とあらゆる面が改善された。今年は昨年より1台増やし、7、8、9号車の3台態勢でル・マンに臨む。
対するポルシェは「919 HYBRID」。こちらは、チャンピオンナンバー1号車と2号車の2台態勢だ。
全面改良型TS050 HYBRID。カラーリングも踏襲されている。2.4リッターV6ツインターボガソリンエンジン+8メガジュール対応のハイブリッドシステムによる1000馬力の4輪駆動マシンだ。レギュレーションの変更で昨年よりフロントの空力パーツ「スプリッター」の高さを15mm上げる必要があり、リアのディフューザーも縮小しなくてはならなくなった。その分ダウンフォースが減るはずだったが、空力、エンジン、ハイブリッドシステムの大幅な改良を経て、さらなる性能アップに成功し、タイムがアップした。
16年型TS050 HYBRID。全面改良型とのボディの形状の違いはこの角度からだとわかりにくいが、サイドポンツーン(前後のタイヤの間に挟まれた車体側面部分)の形状がかなり変更されている。また、ヘッドライトの形状が異なる。
全面改良型TS050 HYBRIDを四方から。右上は、ドアを開けたもの。ドライバーは左側のドアから乗り込む。
ドライバーはこの9人!
ドライバーはラインナップは以下の通りだ。上から、7号車、8号車、9号車。
7号車は左から小林可夢偉、マイク・コンウェイ、ステファン・サラザンのトリオ。昨年、2位となった。
8号車は左から中嶋一貴、セバスチャン・ブエミ、アンソニー・デビッドソン。昨年の「あと3分の悪夢」を見た、結成3年目となるトリオ。
9号車は、左から国本雄資、ニコラス・ラピエール、ホセ・マリア・ロペスのトリオだ。国本選手はトヨタ陣営で期待されている若手。昨年の全日本スーパーフォーミュラ選手権で王者となった。
予選でコースレコードと最速記録を樹立!
サルト・サーキットのナイトセッションを走る全面改良型TS050 HYBRIDの7号車。
年々ラップタイムが上がっていることから、17年は空力的に16年よりも数秒ラップダウンさせる狙いでマシンのレギュレーション変更が行われた。それにもかかわらず、パワートレインや空力の改良によりマシンは性能がアップ。7号車は可夢偉選手のドライブにより、15年に記録された3分16秒887を2秒以上短縮する3分14秒791というコースレコードを予選でマークした。
また、コースの全長をラップタイムで割った平均時速を「最速記録」と呼ぶが、こちらも時速251.882kmで可夢偉選手が新記録を達成。この記録更新は実は予選タイムを破るよりも難しい。というのも、それまでの記録はコースレイアウトが変更される前の1985年のものだからだ。
ル・マンの行われるサルト・サーキットには、約6kmという長さを誇る名物のロングストレート「(レ・)ユノディエール」がある。しかし、最高時速が400kmを超えたことなどから安全性を考慮してシケインが2か所に設けられ、大きくラップタイムや最速記録が落ちることとなった。
それが30年間の技術の進歩によりラップタイムが更新されるようになっただけでなく、最速記録すら更新。最速記録で時速400kmのマシンを打ち破るには、それだけコーナリングスピードやコーナーからの立ち上がり(加速力)が高いことを意味する。もちろん可夢偉選手のテクニックもあるが、ガソリンエンジンとモーターによる合計1000馬力の4輪駆動ハイブリッドシステムがなした記録である。
サルト・サーキットのコースレイアウト。1周は13.629km。現在、レースが開催されるコースとしては、20km以上ある独ニュルブルクリンク・サーキットに次いで長い。画像上部にある「(レ・)ユノディエール」が全長6kmの直線(若干カーブしているが、全開のままいけるので直線と見なされている)。現在は、安全性の面から2か所にシケインが設けられた。
7号車がトップを快走!
序盤には7号車と8号車による1-2態勢も築かれたが…。
予選ではポルシェをリードしているように見えたが、ル・マンはいうまでもなく耐久レースだ。速さのみを追求するスプリントレースではなく、24時間走りきるタフさが求められるレースである。例えばF1は最大で2時間までなので、いってみればその12レース分に匹敵する負荷がドライバーにもマシンにも加わっていく。
決勝では、7号車が序盤から先行し、2位のポルシェ1号車を引き離していく。特に可夢偉選手は予選から引き続き好調で、コンスタントに速い。しかし、今年もトヨタは勝ちきることができなかった。ナイトセッションに入り、次々とトヨタをトラブルが襲う。
23時頃に8号車がフロントモーター(ハイブリッドシステムのモーターで前輪を駆動)のトラブルで、モーターとバッテリーの交換のために2時間に及ぶピットイン。29周遅れ、総合54位でレースに復帰することとなった。
8号車。昨年、トラウマものの「あと3分の悪夢」を見た一貴選手ら3人がステアリングを握る。モーターとバッテリーの交換でトップ争いから脱落してしまう。
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ナイトセッションでトヨタチームを襲ったトラブル!
速さと強さは異なる…!!
そして深夜1時15分頃、まず可夢偉選手のドライブでトップ走行中の7号車をクラッチトラブルが襲った。
可夢偉選手は、アクシデントが発生してセーフティーカーの先導によるコース全域での隊列走行となった際に、タイムロスを抑えられるチャンスであることからピットインを敢行。作業終了後、マーシャルがコースに戻ってもいいという指示だったのでピットアウトしたら、コース上では指示が異なる事態に。セーフティーカーの指示で停止してから後ろにつけといわれため、一度停止した後にコース上でクラッチを使ってエンジンパワーで再スタートしようとしたらクラッチが壊れてしまったという。
本来、ピットからの発進であればモーターでスタートするため、クラッチには負担をかけない。しかし、既にコース上だったことから、その操作ができなかったのである。結局、ピットまで戻れずにコース上にストップ、リタイヤとなった。可夢偉選手は、こうした想定外のことも起こるため、ル・マンで勝つことの難しさを改めて感じた、としている。
さらに、その直後に9号車がひとつ下のクラスのLMP2(ル・マンは4クラスが混走する)のマシンに第1コーナーで追突され、左リアタイヤのパンクに加え、油圧系にダメージを追ってしまってシフトチェンジができなくなり、こちらも懸命にピットを目指したがほぼ1周だったためにたどり着けず、リタイヤとなった。
こちらはラピエール選手が乗っていたときなのだが、第1コーナーでの減速時に燃料カットが作動した際に追突されてしまったそうで、もう何もすることができなかったとしている。
9号車。ル・マンの難しさは、あまりにも性能差のあるレース専用のハイブリッド四駆車と、市販のスーパーカーベースのGTEクラスが混走していること。それに加え、ドライバーのレベルは可夢偉選手や一貴選手らF1経験のあるトップドライバーから、アマチュアまで非常に大きな差もある。こんな昼間でも難しい混走環境にもかかわらず、夜間はライトの明かりだけを頼りに走らなくてはならないのだ。どれだけ危険か想像してもらえるのではないだろうか。
ポルシェもトヨタも満身創痍
ポルシェ側も決して盤石ではなく、2号車が早々にガレージに入って1時間もの修理を受ける事態に。さらに、7号車のリタイヤのあとにトップに立った1号車もリタイヤしてしまう。結局、修理時間の短かった2号車は、LMP2クラスを抜き去って最終的に総合トップに立ち、24時間で367周を走って優勝を飾った。
トヨタの残った8号車も必死に追い上げたものの、2時間の修復作業のロスは大きく、トップから9周遅れの総合9位までリカバーするのがやっとだった。
8号車のフィニッシュ。LMP1-Hクラスは5台中3台がリタイヤし、完走した2台も大きなトラブルが発生して1時間以上もピットで修理が行われるという厳しい戦いだった。
トヨタの挑戦はまだまだ続く!
レース後、観戦していたトヨタの豊田章男社長は、真っ先にドライバーたちに、思いっきり走らせてあげられなかったとお詫びし、そしてポルシェも含めてハイブリッド技術が24時間をノントラブルで戦うにはまだまだなのかも知れない、とコメント。ファンに対しては、ル・マンは自分たちの技術を試せる極限の環境であることからこの場を大切にしていきたいとし、来年も挑戦することをうかがわせる言葉を残した。
またル・マン初挑戦となった国本選手はスタッフへの感謝を述べると共に、「雪辱を果たしたい」としている。
一貴選手は、今年も厳しいレースであり、言葉がないとし、「ただ、来年も挑戦しなくてはなりません」と語った。
今回も勝利には手が届かず、またも宿題を残す形となってしまったトヨタのル・マンへの挑戦。来年出場すれば、足かけ20回の挑戦となる。あと1歩が届かないこれまでの流れを打破して、来年こそは栄冠を勝ち取れるか見守りたい。
2017年6月19日(JAFメディアワークス IT Media部 日高 保)