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最終更新日:2024.05.23 公開日:2024.05.23

脇道を出るときに忘れがちな「歩行者保護」|長山先生の「危険予知」よもやま話 第26回

JAF Mate誌の「危険予知」を監修されていた大阪大学名誉教授の長山先生からお聞きした、本誌では紹介できなかった事故事例や脱線ネタを紹介するこのコーナー。今回は脇道から出る際の歩行者や自転車への注意から、ドイツでは小学生から始める相手の意図を読み取る訓練のことまで、事故防止のエッセンスをたっぷり紹介してくれました。

話=長山泰久(大阪大学名誉教授)

脇道を出るときに忘れがちな「歩行者保護」

編集部:今回は自転車に乗る人が主人公で、都心の広い歩道を自転車で走っている状況です。左に脇道がある部分を通過しようとしたところ、車が出てきて衝突しそうになるというものです。見通しの悪い路地から急に車が出てきたら、事故は避けられないですね。

自転車が通行できる歩道を走っており、路地を横切るところです。

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路地から急に車が出てきて衝突しそうになりました。

長山先生:そうですね。自動車運転者はこのような見通しの悪い路地から出る場合、一時停止等の規制に従うのはもちろん、歩道の手前で停止し、少しずつ車の先端を出しながら、左右の安全確認をする必要があります。

編集部:ドライバーとして当然のことと思いますが、スーッと止まらずに出てくる車が多いですね。

長山先生:車が出てきた路地には一時停止の白線があったので、停止して歩行者や自転車に道を譲らないといけませんが、見通しが悪いので、つい左右が見える位置まで出てしまう運転者も少なくありません。また、このように脇道から歩道を横切って広い道路に出る場合、歩道部分に関する規制は曖昧で、運転者も適当にやっているように思います。

編集部:規制が曖昧とは、具体的にどういうことでしょうか?

長山先生:たとえば、問題の場所は歩道がいったん途切れ、脇道から続く車道を通ることになりますが、そこに横断歩道のゼブラが引かれている所もあれば、今回のようにゼブラが引かれていない所もあります。

編集部:たしかにそうですね。脇道の幅がわりと広く、歩行者が多い所には横断歩道のゼブラがあるような気がしますが、今回のように車1台分しか通れないような所にはゼブラがないことが多いような気がします。

長山先生:そうですね。道幅によって横断歩道の必要性が考えられているのでしょうかね? また、車が出てくる脇道のほうも、今回の場所のように白線が引かれている場合と引かれていない場合があって、場所によってバラバラで統一されていないようです。

編集部:問題の脇道は狭いものの停止線と止まれの規制標識がありましたけど、たしかにない所も見た気がしますね。

長山先生:そうなのです。運転者教育では、大きな道路同士の交差点に関しては明確に教えますし、駐車場などから歩道を通過する場合のことは教えますが、今回のように歩道が途切れている脇道を通過して広い車道に出る場合のことは明確に教えていないような気がします。自動車学校の教本を見ると、「歩道や路側帯を横切るときの注意」という事項で、「道路に面した場所に出入りするため、歩道や路側帯を横切るときには、その直前で一時停止するとともに歩行者の通行を妨げないようにしなければなりません。歩行者がいない場合も歩道などの直前で一時停止しなければなりません」と書かれていますし、そう教えられています。

編集部:たしかにそのように教わった記憶があります。歩道が途切れて車道が続いていると、つい脇道のほうが優先で一時停止する必要性を感じなくなってしまうのかもしれませんね。それ以前に左右の見通しが悪い脇道から出る場合、途切れている歩道の存在が見えず、歩道を横切っているという意識がないかもしれませんね。

長山先生:その可能性は十分あります。見通しの悪い脇道から出るようなときこそ、たとえ歩道が見えなくても、途切れている歩道部分を横切ることを想定し、自動車学校で教えられるように歩行者に道を譲ることを忘れないことが大切です。今回のように停止線がある場合はもちろん、停止線や一時停止の標識がなくても、歩道部分の通過時には、「歩行者保護」を厳格に守った運転をしなければなりません。

編集部:もし、事故が起きたら、ドライバー側の責任は重大ですね。

歩道を走れる場合も「車道寄りを徐行」!

長山先生:そのとおりですね。ただ、そもそもこの歩道は自転車が走行できる歩道なのか、たとえ走行できても、自転車の走り方に問題がなかったかどうかも重要な点です。それによっては自転車側にも責任が生じてきます。

編集部:たしかに「自転車は車道が原則で、歩道は例外」ですからね。子供や高齢者、身体障害者は歩道走行が認められていますが、一般的な大人だったら自転車で歩道を走っていること自体、問題になりますね。

長山先生:そのとおりです。正確には、道路標識(左下)などで指定されている場合と、自転車運転者が13歳未満の子供や70歳以上の高齢者、身体の不自由な人の場合、または車道や交通の状況からやむを得ないと判断できる場合のみ、歩道の車道寄り部分を走行することが認められています。

「自転車および歩行者専用」の標識

歩行者と自転車の通行位置を示す標識

編集部:問題写真では「自転車および歩行者専用」の標識は確認できませんが、解答ページの解説写真(右上)には、歩行者と自転車の通行位置を示す標識があるので、この歩道は自転車が通行できるようですね。

長山先生:そのようですね。ただ、歩道通行可であっても、問題の写真を見ると、この自転車の走り方には問題があります。

編集部:写真ではよく分かりませんが、スピードの出しすぎとかですか?

長山先生:それも重要で、歩道はあくまでも歩行者優先で、すぐに停止できる速度(徐行)で走行し、歩行者の進行を妨げる場合は一時停止しなければなりませんが、写真から分かる明らかな問題点は走行位置です。先にも申しましたとおり、自転車は「歩行者優先で、車道寄りを徐行」しなければいけないのです。

編集部:車道寄りということは右側になるので、写真の自転車は完全に反対ですね。

長山先生:そうです。歩道の左側を走っていると、今回のように脇道から車が出てきても建物が陰になって直前まで確認できませんが、車道寄りを走っていればお互いの存在を早めに確認できて、衝突を回避できる可能性も高くなります。

編集部:“車道寄りを走る”という規則は、そんな点も考慮されているのですね。でも、このように見通しの悪い脇道の場合、路地の存在に注意して「車が出てくるかもしれない」と考えるしかないですね。

「潜在的危険源」から危険を予測!

長山先生:おっしゃるとおり、車の存在を示す明確な手がかりがないので路地に注意する必要はありますが、今回の解答のように歩行者の様子を注意深く見ていれば、そこから危険が予測できるのです。

編集部:歩行者の様子と言っても、単に「右前方と正面に女性がいる」というだけではダメですね。

長山先生:そうです。まず右前方の女性については「自分と同じ方向に進んでいるので、そのまま真っ直ぐ歩くので問題ないだろう」と考えます。一方、向こうから来る女性については、「自分の正面になるので、十分注意して進まないと衝突しかねない」と考えます。

編集部:漫然と見ていただけでは、そこまで考えないかもしれません。

長山先生:ここまでは基本中の基本で、さらに「この女性はこちらの方向でなく、左側を見ている」という点を見落とさず、そこから「見ている左側に何かあるのかもしれない」を考える必要があります。

編集部:なるほど。見ているからには、何か理由があるわけですね。

長山先生:そうです。さらに私なら、路地があることから「たぶん、そちらから車が来ていて、それを先に行かすか、それとも自分が先に進んで車道を横断するか迷っているのだろう」と考えます。

編集部:自転車に乗っていてそこまで考える余裕はありますかね?

長山先生:そこまで考えることができなくても、左側を見て立ち止まっていることから、最低でも「何かが来ているのだろう」と予測してほしいです。

編集部:それができれば「車が来ていれば、減速しておこう」と、事故を回避できますね。

長山先生:そのとおりです。危険予知の多くは車両や自転車など危険な対象を目で確認できるケースが多いのですが、今回の解答である「女性の顔の向き」は、直接見えないものの、そこから危険を予測できる「潜在的危険源」と呼べるものです。事故につながる危険は直接見えるものばかりではないので、今回のような潜在的危険源から危険を予測するケースも、ぜひ危険予知の引き出しに入れておいてほしいものです。今回のように相手の行動を注意して見れば、次に何が起きるのか、次にその人がどんな行動を取るのか、読み取ることができます。それが安全を確保するうえで重要な課題になるので、ドイツではその能力を高めるため、小学校から“3Aの訓練”を行っています。

ドイツでは小学生から始める「3A訓練」

編集部:“3A”とは何のことでしょうか?

長山先生:3Aとは、ドイツ語で年齢(Alter)、注意(Aufmerksamkeit)、意図(Absicht)の頭文字から取ったもので、これら3点に着目して相手の行動を読むことを訓練しようとするものです。特に幼児や高齢歩行者・自転車の事故を防止するためには、この3A訓練は欠かすことのできない方法だと言えましょう。まず、第1の「年齢」とは、前方の歩行者を見たとき、単に人がいるというだけでなく、その人の年齢が何歳くらいなのか読み取ることです。

編集部:年齢ですか? 私は人の年齢を当てるのが苦手ですが、大丈夫ですかね?

長山先生:ここで言う年齢は具体的な数値というより、幼児なのか? 小学生なのか? または中学生なのか? という大雑把なものです。年齢によって行動特性が違ってくるので、その歩行者がどのような行動を取る可能性が高いかを予測し、対応できるようにするためです。

編集部:なるほど。たしかに飛び出し事故などは小学生に多いですけど、中学生になると一気に減りますからね。同じ子供でも年齢によって注意するポイントを変える必要があるのですね。

長山先生:そのとおりです。たとえば、歩行者用信号が点滅して赤に変わろうとしている横断歩道を渡りかけている歩行者がいたとします。その歩行者が若者か高齢者なのかで、やはり注意の仕方が変わるはずです。

編集部:そうですね。足をケガした若者や元気な高齢者もいますけど、基本、高齢者なら渡り切れなかったり、ふらつく危険性を考える必要がありますね。では、2番目の「注意」はどういう意味ですか?

長山先生:人の注意がどこを向いているか、こちらに気づいているかなどを読むことで、運転を行う場合に重要な課題になります。先ほど中学生は飛び出し事故が少ないという話が出ましたが、中学生でも友達とふざけていたり、どこか別の方向に意識が向いていれば、飛び出す危険性が大いにあります。どこに注意が向いているのかしっかり確認し、危険を予測して運転する必要があるのです。

編集部:たしかにそうですね。3番目のA、「意図」とは何でしょうか?

長山先生:「意図」というのは「何をしようとしているか」を読むことです。あの人は何をしようとしているのか、何をしたがっているのかなど、次に取ろうとする行動を予測する必要があります。

編集部:以前、バス停に止まったバスに乗ろうと、反対側の歩道から人が飛び出す問題が危険予知にありましたが、そのときに重要になるものですね。

長山先生:そうです。反対側の歩道にいる歩行者は、一見、自分とは関係がない安全な対象と思いがちですが、その人がバスを見ながら走っていれば、「バスに乗ろうと飛び出すかも?」と予測できるでしょう。このような読みは車を運転する際に相手の心を読むことで行っていますが、自転車に乗れるようになった子供にもとても重要で、その頃から訓練をしておく必要があります。

長山先生、ドイツで3Aのテストを受ける!?

編集部:3AのAがドイツ語から来ているということは、「3Aの訓練」はドイツで始まったのでしょうか?

長山先生:そうです。“3Aの訓練”を最初に唱えたのは、ドイツの交通心理学者のムンシュ博士で、私は2度博士を訪問しましたが、考えに共通する背景があって大きな共感を得たものです。

編集部:ドイツにいる交通心理学の博士を2度訪問したのですか?

長山先生:1回目にお目にかかったのは1973年で、チューリッヒで開催される第1回運転者行動国際会議に出席するのに際して、1か月間にわたりドイツ・スイス・オーストリアの各地の大学・研究所を訪問しましたが、私の研究の話をすると、どの研究者も「ドイツのミュンヘンにあるTÜV(ドイツ技術検査協会)の心理医学研究所所長のムンシュ博士を訪問しなさい。国際会議には博士の助手シェベレ氏が出席しているから、彼からアポイントを取ってもらえばよい」と口を揃えて推薦されました。

編集部:その世界では有名な先生なのですね。初めてお会いした時はどんな感じだったのですか?

長山先生:TÜVの研究所を訪れて博士と挨拶をしてソファーに座ると、間を置かずに博士は私に1枚の写真(下)を見せて次のように問いかけられました。

3Aテストの画像

博士「この写真には何が写っていますか?」
「道を横断している人がいます」
博士「その人は何歳くらいですか?」
少し考えて「70歳くらいでしょうか?」
博士「なぜそう思いました?」
それまでは漠然と見ていたが、そう問われて、ぐっと見るようになって「背中が曲がった体つきや、白髪や、着ている服などからでしょうか」

長山先生:そのように答えると、博士は「詳細に見ることを習慣にしていますと、必要なことを瞬間的にでも見て取れるようになるもので、年齢や相手はどこに注意を向けているか、そして何をしたがっているかなど、相手の特性を把握できるのです」と述べられました。その後にいろいろな資料をいただきましたが、資料の中に1冊の冊子があり、それはADAC(ドイツ自動車連盟[日本のJAFに当たる組織])の発行で『交通センスの形成への道』と名づけられたものでした。

編集部:「交通センス」ですか? どのような内容だったのでしょうか?

長山先生:博士の交通心理学の概念構成が鮮明に描かれていて、その中の「パートナー学」の部分に「3Aの訓練」が含まれていました。そこには、交通に参加する人たちはお互いに相手を自分に邪魔な存在と感じるのでなく、パートナーと受け止め、相手の特性や相手の心理まで読み取って良い関係を保っていくことの重要性が書かれていて、とても感銘を受けたものです。

編集部:2度目の訪問は、それからしばらく経ってからだったのですか?

長山先生:1980年でしたので、7年後になりますかね。ミュンヘンにあるADAC本部と交通安全教育システムについて意見を交換するためにドイツを訪れた際でした。ムンシュ博士は所長を引退しておられましたが、名誉所長として3階の一室で元気に研究活動を続けておられました。前回いただいた資料などを再確認しながら再会を喜んだものでした。ちなみに、外国では職を引退した方でも立派な屋根裏部屋で優遇されているケースが多く、その点、日本はだいぶ違いますね。

『JAF Mate』誌 2017年4月号掲載の「危険予知」を元にした「よもやま話」です

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