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道路・交通最終更新日:2024.02.29 公開日:2024.03.01

人は明るい所をより注視してしまいがち!|長山先生の「危険予知」よもやま話 第23回

JAF Mate誌の「危険予知」を監修されていた大阪大学名誉教授の長山先生からお聞きした、本誌では紹介できなかった事故事例や脱線ネタを紹介するこのコーナー。今回は雨天時には歩行者の横断が無謀になるという話から、無謀つながりで、暴走族が好む部活動の話に発展しました。

話=長山泰久(大阪大学名誉教授)

人は明るい所をより注視してしまいがち!

編集部:今回は雨が降り始めた夜、駅まで車で家族を迎えに行く状況です。郊外の駅ではよく見かける風景ですが、道路が暗めで、横断してくる人が駐車車両の黒い窓に溶け込んでいて見えづらく、見落とした人も多いのではないでしょうか?

雨の夜、家族を迎えに車で駅前に来ています。

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車の間から人が飛び出してきて、事故になるところでした。

長山先生:そうですね。雨が降る夜間で、車が混雑している道路では、車のライトが路面に反射して、視認性を著しく低下させてしまいます。しかも今回の場合、左手前の傘を差した歩行者はよく見えるので、逆にそちらばかり注視してしまいます。

編集部:たしかに左手前の男性にはライトの光が当たっていて、よく見えますね。右側にも傘を差した女性がいるので、手前に意識がいってしまいそうですね。

長山先生:そうです。よく見えるものを注視してしまうと、今回横断してきた歩行者のように、よく見えないものを見落としがちです。明るい所と暗い所では、人の存在に気づく度合いも違います。

編集部:わかります。よく通る道に看板の電飾がやけに明るいパチンコ店があるのですが、周囲は沈んで見えて、歩行者がいても気づきにくそうです。

長山先生:そのとおりで、パチンコ店以外にもガソリンスタンドやコンビニエンスストアなど、店舗や看板の強烈な明かりを直接見ると、その対比効果で暗い部分はいっそう見えにくくなってしまいます。とくに「照明の谷間」が危険です。

編集部:照明の谷間ですか? 店舗と店舗の間の暗い部分とかですか?

長山先生:そうです。ガソリンスタンドとコンビニの間に脇道があるような場所で、右側の脇道から横断してきた人の発見が遅れて事故になるケースが結構あります。

編集部:歩行者もそんな危険性を知っておいて、ドライバーから見落とされにくい明るい場所で横断することが重要になりますね。

長山先生:おっしゃるとおりで、道路を渡る際は「ドライバーから見落とされていないか?」を常に考えておくことが重要ですね。また、ドライバー側の危険要素には、前方の空きスペースに車を止めようとしていた点もあります。このようなときは、止めることに意識が集中してしまい、手前の状況を十分確認できる心の状態ではありません。

編集部:たしかにそうですね。この位置からは空きスペースのサイズがよく分からないので、前進で駐車ができるのか、バックで縦列駐車しないといけないかなど、とても気になり、横断する歩行者の存在などは、まったく想定外かもしれません。

長山先生:今回は空きスペースを見つけたあとでしたが、空きスペースを探しながら運転するときは、さらにそちらに注意が集中するので、より危険な状態と言えます。また、雨天時は歩行者側の危険要素も多くなりますね。

傘のない歩行者ほど危険なものはない!?

編集部:そうですね。今回はタイミング的に歩行者の無謀さが目立ちますが、傘を持っていないと、濡れないように急ぐ気持ちになるのはよく分かります。

長山先生:天気がよければ、車の通過を待って今回のような危険な行動をとることはないでしょうけど、傘がないので濡れないためには、少々危なくても無理な横断をやってしまおうとする気持ちになってしまいます。「雨に濡れたくない」という気持ちが「急いで渡ろう」と「急ぎの気持ち」を生み出しますし、迎えに来た家族を「長く待たせたくない」と思って、早く渡ろうと思うことも「急ぎの気持ち」を高めます。

編集部:急な雨で奥さんに無理を言って迎えに来てもらったような場合、「待たせないように」と気を遣うのかもしれないですね(笑) どちらにせよ、これまで何度も取り上げましたが、“急ぐ気持ち”は事故の危険性を増大させますね。

長山先生:危険要因は外にあるのではなく、自分の心の中にあるのです。自分の心の中にある危険の要因を私は「ヒューマンファクター(Human-factor)」と名づけて重要視しています。「急ぎの気持ち」があると、安全を確認することなく、また確認しようという気持ちを持っていても、落ち着いて見るのではなく、チラッと見るだけで済ましてしまい、見落としてしまいがちです。その意味で「急ぎの気持ち」は事故の重要な要因なのです。また、渡りたいのに車が続けてきて長く待たされたりすると、「急ぎの気持ち」が「焦りの気持ち」になってしまいます。イライラした焦りのもとでは「安全・危険」などの気持ちはどこかに飛んで、無謀な行動をとってしまいます。

編集部:私も心当たりがありますが、急いでいるのに車が多くてなかなか進まない場合、焦ったりイライラして無理な追い越しなどをしてしまうことがありますね。

長山先生:急いでいたり、焦っていると、無理な行いをしてしまいますが、私はそれを「Risk-takingリスクテイキング(危険敢行)」という概念で研究していました。リスクテイキングには危険だと思いながらも敢えてそれをやってしまう点での「危険感受度」の問題と、自分だったら危険であってもやりこなす能力があると思う「自己能力過大評価度」の問題、そしてそこで危険の敢行の結果として事故が起こったとしてもたいしたことはないとの「危険結果の評価度」の問題が関係しています。

編集部:過去にカーブで無茶をして、自損事故を起こしたことのある私には耳が痛いです。最後の「危険結果の評価度」はともかく、「危険感受度」と「自己能力過大評価度」は明らかに関係してそうです。

長山先生:それを正しく自覚することが大切ですね。今回の歩行者の行動の中には、今まで話した「急ぎ」「焦り」「リスクテイキング」などの要因が絡んでいますので、雨の夜の歩行者の特性をドライバーはよく知っておき、歩行者の存在を認めたときに、3つの要因を考慮しなくてはなりません。また、さらに付け加えたいのは、「自分が行けば相手は自分に気づいて譲ってくれる」と相手に求める危険です。

編集部:ありますね。今回の歩行者もそれほど急いでいる感じはありませんし、車を見落としていたようなリアクションもなく、「車が止まってくれるだろう」と思って渡ってきた感じがありますね。

長山先生:高齢者の方とか、そのような渡り方をする人も少なくありませんが、今回のように雨天時など条件の悪い場合は、運転者が横断歩行者に気づいていない可能性があります。また、何かほかのことに注意が向いていて見落とされていることもあるので、「相手に譲らせよう」とするのは、運転者・歩行者ともに禁じ手なのです。

編集部:「譲らせよう」なんて、最近は暴走族でもないですよね。昔の暴走族はどうだったのかよく知りませんが、彼らは一見無謀な走り方をしていますが、赤信号の交差点を通過する際はしっかり左右を確認して、車が途切れたり止まるのを確認してから通過しますからね。

長山先生:名前のとおり赤信号でも暴走していたら、命がいくつあっても足りませんからね(笑) 最近は暴走族の話はあまり聞かなくなったようですが、それでもタクシーの運転手さんの話では、夜間走行中に蛇行するような邪魔をされたり、迷惑な行為はなくなってはいないようです。1960年代や70年代には、私たちも夜間に後ろから轟音が響いてきたりすると、横道に逃げたり、道路脇に止めて暴走族の我が物顔の乱暴な運転が過ぎ去るのを待ったものでした。

暴走族は団体スポーツがお好き?

編集部:私が知っているのは80年代ですが、昔は大きなグループがたくさんあり、通り過ぎるのに時間がかかって、本当に迷惑でした。

長山先生:交通関係の各種専門分野の学際研究を行うために国際交通安全学会が設立されたのは1974年でしたが、設立時のプロジェクトのテーマとして暴走族が取り上げられ、私がプロジェクトリーダーとして数年にわたって東西の暴走族の行動や構成の特徴の分析や、暴走族メンバーの人間特性など、さまざまな角度から研究したものでした。

編集部:それは凄いですね。相手が相手だけに調べるのも難しかったのではないでしょうか。でも、人間特性にはどんな特徴があったのでしょうか?

長山先生:暴走族メンバーが何に興味・関心があるのかを調査して、彼らの性格特徴を把握しましたのでその話をしてみたいと思います。そもそも暴走族はスピードとスリルの感覚を楽しむために暴走するものですが、気持ちのあった仲間と一緒にわいわいがやがやするのが好きで、また自分たちの暴走する姿を多くの人たちに見せるというところに満足感を満たす特徴を持っています。特に西日本の暴走族にはその特性が目立ちました。

編集部:たしかに、走り屋のように純粋にスピードを求めているわけではなく、どちらかと言うと、爆音を発しながら遅いスピードで一般市民に見せ付けるように走っていますね。西日本の暴走族にその傾向が顕著であることは、つい納得してしまいますね。

長山先生:調査の一部として彼らの特性を知るために、彼らが中学生時代にどのようなクラブ活動に参加していたかを調査しました。一方で、一般的な中学生に対しては、車に対しての志向性とクラブ活動参加度を調査して比較しました。

編集部:暴走族への調査はどうやったのですか? まさか、現場に出向いて質問した訳ではないですよね?

長山先生:さすがにそれはできないので、大阪府警の協力を得て、暴走族特別学級受講者104名と公立中学校の男子1,178名を比較調査しました。

編集部:“暴走族特別学級”なんて、あったのですか? 更生施設みたいですね。

長山先生:そうです。暴走族に入って犯罪を犯した若者が再犯防止と学習支援のために全国的に設置されたようです。まず中学生に対して「将来運転免許を取りたいと思いますか?」という質問で、「必ず取りたい」をa群、「たぶん取るだろう」をb群、「取りたいとは思わない」をc群と車への志向性で分類し、彼らが所属するクラブ活動との関連分析を行いました。一方、車志向性が強い暴走族に対しては、「中学時代どのようなクラブに入っていましたか?」と質問し自由に記入してもらいました。

編集部:いくら暴走族特別学級でも、答えてくれたのですか?

長山先生:ちゃんと記入してくれて、運動部を好む人は100%、文化部に関しては8%に過ぎず、圧倒的に運動部指向でした(※8%は運動部と文化部の両方に所属)。興味深いことは、中学生でも車の志向性とクラブ活動とも関係を持ち、a群では運動部91%対文化部16%、b群では80%対27%、c群では77%対31%となりました。すなわち暴走族と同じように、中学生で車志向性の強い者は文化部よりも圧倒的に運動部志向性があるわけです。ただ、運動好きと言っても、さまざまな種類の運動があって、これは好きだが、それはあまり関心がないということがありますので、運動の種類をたずねてみました。

編集部:たしかにそうですね。球技などの集団競技もあれば、陸上や柔道など、基本的に個人で行う競技もありますからね。

長山先生:まさにそのとおりで、どのような運動クラブに入っていたか(入っているか)に関して、暴走族と中学生の免許志向性a、b、cを比較して図1で示してみました。図1は暴走族の加入比率の高いもの順に10項目だけを取り上げて示しています。

 

図1 暴走族と中学生の車志向別にみた運動部所属比率(%)

編集部:暴走族はサッカーや野球などが好きみたいですね。

長山先生:そうです。サッカーが35.3%で、次いで野球が21.6%。さらにハンドボール、バレーボール(それぞれ9.8%)と続きますが、それ以外の比率はかなり低いものになります。図1を見ていただくと分かるように、サッカー、野球は中学生でもa群は高く、b、cになるほど比率は低くなります。反対に個人競技で自分の限界に挑戦する陸上や水泳は車指向と正反対の人たちが好むスポーツなのです。

編集部:集団で行う競技が性格的に合うのですかね?

長山先生:暴走族が好むスポーツは集団競技であり、それとともに体を接触し、ある場合には格闘技的な匂いのあるものだと言えるかもしれません。暴走族及び車志向性が高いことと、サッカーと野球を好むこととの間には指向の根底に相通じるものがあることは事実ですが、もちろんサッカー好き・野球好きの人が必ず暴走族になるわけではありません。サッカー部・野球部に所属していた大半の生徒たちは、仲間との関係を好み、人との付き合いの方法を学び、クラブ活動で社会が定めたルールを学ぶ等の社会規範に対しての根本的な態度を形成し、社会人として大成している人たちが多いのが事実です。暴走族の多くはクラブ活動に落ちこぼれ、車仲間を求めて集団で走行することに喜びを見つけ出しているようです。

編集部:では、何かをきっかけにクラブ活動をやめてしまい、それをきっかけに暴走族に入ってしまうケースが多いのでしょうか?

長山先生:私は暴走族と個人面接を何人もしてきましたが、○○連合という大集団の副会長をしていた彼には家庭訪問をして話を聞きました。彼は中学1・2年生の時はサッカー部に入って活躍し顧問のコーチの先生からは可愛がられていましたが、3年生になり顧問の先生が変わると彼は目の敵とされ、いじめられたので退部して、その後グレてしまったということです。体も大きく、腕力も強いことで暴走族では中心的存在になり、暴れまわっていましたが、警察官や親からの強い働きかけで更生を誓っていました。人間にはいろいろな興味趣向があり、心の琴線に触れることを指向するものなのでしょう。スポーツでも集団競技と個人の対抗競技、そして個人で自分の成績を高めようとする競技があって、明らかに車指向の強さと関係があることを明らかにすることができました。

『JAF Mate』誌 2016年12月号掲載の「危険予知」を元にした「よもやま話」です

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