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連載2023.11.09

『イタリア発 大矢アキオの今日もクルマでアンディアーモ!』第44回 ラジコンで描いてしまう自動車アーティスト、イアン・クックの仕事術。

イタリア・シエナ在住の人気コラムニスト、大矢アキオがヨーロッパのクルマ事情をお届けする連載企画。第44回は奇抜な作画手法で話題のイギリス人現代アーティスト、イアン・クックについて。

文=大矢アキオ(Akio Lorenzo OYA)

写真・動画=大矢麻里(Mari OYA/Akio Lorenzo OYA)

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「やめろ」と言われたから始めた

今回はイギリス人現代アーティスト、イアン・クックの仕事を紹介する。以下写真は2023年5月、イタリア・コモにて撮影。

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その画家に出会ったのは、2023年5月。イタリア・コモの『コンコルソ・デレガンツァ・ヴィラ・デステ』会場だった。同イベントは、現存する世界最古の自動車エレガンス・コンクールであり、毎年初夏にBMWの歴史部門の後援で催されている。

2023年度は隣接するヴィラ・エルバで、2019年を最後に途絶えていた一般公開も復活した。そこで筆者は、一棟の白いテントを見つけた。中を覗いてみると、往年のBMWにおけるスポーツモデル「3.0CSL」の絵がイーゼルの上に飾られている。そこから視線を下ろして驚いた。なんとアーティストが同じBMWの「502カブリオレ」の絵を制作中だった。這いつくばったかと思えば、ときには立ち上がってさまざまな絵の具を垂らしている。鮮やかな色が次々とキャンバスの上で散ってゆく。当然、本人もアクリル絵の具まみれである。

これまでヨーロッパ各地で、さまざまな自動車アートの画廊やライブ制作を訪れたが、ここまでダイナミックな光景に遭遇したことはなかった。

来場者の前で「BMW 502カブリオレ」を制作中のイアン。

真剣な制作中の合間にも笑顔で写真撮影に応じてくれたイアン・クック(右)。左は彼の父親。

彼の名はイアン・クック。BMWの招待アーティストだった。英国第一の自動車産業都市バーミンガムに生まれた彼は、数々の現代美術家を輩出したことで知られるウィンチェスター・スクール・オブ・アートを2004年に卒業。自身のアトリエ「ポッブバンカラー」を拠点にアーティスト活動を開始し、現在に至っている。

制作中のイアンの周囲には、本人同様絵の具まみれになったトーイカーが山積みになっている。やがてその理由がわかった。ホイールに絵の具をつけて前後に走らせ、その轍(わだち)を記すのだ。そればかりではない。コントローラーを取るので何かと思えば、ラジコンカーも駆使するのだった。

その手法を始めたきっかけが愉快だ。現在のスタイルを確立する前夜である2006年のクリスマス、彼はラジコンカーをプレゼントされた。贈り主は彼のスタジオの様子を知っていたのだろう。「ラジコンカーをスタジオに持ち込むな。絵の具で汚すなよ!」と告げた。しかし逆にイアンは「持ち込んでしまった」のだという。

傍らには、絵の具まみれになったトーイカーが山積みになっている。実はこれも大切な画材である。

新しいアクション・ペインティング

イアン・クック <シトロエン2CV> 2015年

前述の公式ウェブサイトで数えてみると、これまでイアンが取り上げたクルマのブランドは4輪・2輪含め80以上に及ぶ。アストン・マーティン、ロールス・ロイス、レンジローバーといった著名なものだけでなく、ベドフォードといった商用車まである。日系もしかり。「ダットサン240Z」といった玄人好みなものを取り上げているのには舌を巻く。

各車の特徴やキャラクターは最大限に引き出されている。自動車アートの評価は、それができるかできないかで決まってしまう。作者がどこまでクルマを熟知しているか、乗り物に情熱があるか、そしてそのクルマのある空気感が醸し出されているかが一目瞭然なのだ。

そのうえ、一見無造作に飛び散った絵の具が、奇跡ともいうべき躍動感を醸し出している。美術史を振り返れば第二次世界大戦後、絵の具を垂らしたり散らすことで作者の身振り(アクション)を投影させる「アクション・ペインティング」が、米国のジャクソン・ポロックをはじめとする作家によって試みられた。日本でも白髪一雄が天井から下がった紐にぶら下がり、足で絵を描いた。

まさに自動車絵画のアクション・ペインティグ。ちなみに2007年には英国人ドライバーF1選手ルイス・ハミルトン像を、3階建てビルの高さで描いたことでも話題に。世界的自動車番組『トップギア』でも取り上げられた。

「ランドローバー・ディフェンダー」のラジコンカーが描く轍も筆跡となる。

イアンは、そうした「アクション・ペインティング」の自動車版を見事にやってのけている。自動車の化身であるモデルカーを媒体として、車にとって最大の特性である「ムーブメント」をキャンバスに転写しているのだ。そのことで、オートモーティヴ・アートを単なる形態の複写から脱皮させることに成功している。

そうした奇抜な作画手法にもかかわらず描く姿は真剣だ。彫刻家・棟方志功の生前を思わせる。それでいながらコヴェントリーにあるアトリエでは、「事前に連絡してくれさえすれば大歓迎」と至ってフレンドリーだ。目下各国の自動車イベントに引く手あまたの彼。次はどの国の、どのイベントでばったり出会って、再びあのパフォーマンスが見られるのか、今から楽しみである。

イアン・クック公式サイト『POPBANGCOLOUR』
https://www.popbangcolour.com

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