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最終更新日:2023.06.14 公開日:2023.06.02

『イタリア発 大矢アキオの今日もクルマでアンディアーモ!』第39回「ボロい・臭い」のイメージ返上? ミラノの電動バス

ミラノを走る電動バスが快適すぎる!? イタリア・シエナ在住のコラムニスト、大矢アキオがヨーロッパのクルマ事情についてアレコレ語る人気連載。第39回はイタリアを走る路線バス事情について。

文と写真=大矢アキオ(Akio Lorenzo OYA)

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ミラノに大量導入された電動バス「ソラリス」社製の「ウルビーノ12エレクトリック」。市内東部スーザ広場付近で。

バスはつらいよ

今回はイタリアにおける路線バスのお話を。

フランコ・スカリオーネ(1916-1993)といえば、「アルファ・ロメオ・ジュリエッタSS」や日本のプリンス車も手掛けた、伝説のカーデザイナーである。ただし本人は「日常、徒歩やバスを好んでいた」と、彼の娘ジョヴァンナから聞いたことがある。理由は「移動中思案にふけることができるから」だったという。筆者も同じ。ゆえに街なかの移動には、公共交通機関が大好きである。

しかし正直をいうと、地下鉄や市電と異なり、路線バスはやや苦手だ。加減速や停車に伴う揺れが予測しづらい。通い慣れた路線でも、ドライバーによって運転の癖が異なるから、さらに困る。

イタリアの路線バスは古く、整備が追いつかない車両が多いのも敬遠の理由だ。それを象徴する例として、首都ローマがある。この街では2018年から2019年の間に、約40台のバスが炎上している。さらに2018年のデータでは、40%もの車両が故障や部品不足で使用不可の状態にあった(出典:イル・ポスト 2020年9月5日)。

わが街シエナのバスも笑えない。筆者が住み始めた四半世紀前に導入された車両が今でも現役だ。我が家では旧ソ連時代に隆盛を誇った航空機会社にあやかって「ツポレフ」と、ひそかに呼んでいる。

古いバスは、ディーゼルの排気臭が侵入するため、車内における空気の質はけっして良くない。雨の日は窓を閉めるものだから、さらに換気が悪くなって、車酔いを誘発する。

ここからは、筆者のアーカイヴからイタリア各地の歴代バスを。これはジョルジェット・ジウジアーロがデザインした「イヴェコ・シティクラス」を基に、ルーフに天然ガス用タンクを追加した仕様。2005年シエナ。

同じくイヴェコ・シティクラスの天然ガス仕様。2007年フィレンツェで。

ミラノで2008年に撮影したイヴェコ・シティクラス標準仕様2台。塗色は、当時イタリアで市内用路線バス用に最も普及していたオレンジ色である。

2008年ミラノで。この連接バスは「メルセデス・ベンツO405 GN」型バスをベースに、かつてヴァレーゼにあったカロッツェリア「マッキ」社がモディファイしたもの。

メルセデス・ベンツ「チターロ・ハイブリッド」。メーカーによると、14kWモーターとの組み合わせで、ディーゼルエンジンの燃費を最大8.5%節約できるという。2019年フィレンツェで撮影。

ローマでは、ようやく新車の導入が進められている。これはイタリア「メラリーニブス」製。2023年撮影。

いきなり「エレキ」

話は変わって2023年4月、北部ミラノに降り立ったときのことである。筆者にとって、この街は約1年ぶりだ。驚いたことといえば「100%電動のバスが急増したこと」だった。

滞在中に毎日乗車してわかったのは「従来のディーゼルなど内燃機関を用いたバスよりも、格段に快適」であるということである。

第一にモーターの特性で、加速がリニアである。変速ショックも事実上ない。内燃機関のバスに乗っているとき、いかに無意識のうち倒れまいと頻繁に体重移動を試みていたかがわかる。その必要がないため、疲れが少ないのだ。

バス停で乗降時に浴びるエンジンからの熱および排気は、とくに暑い日にやるせなくなるものだが、それとも無縁だ。もちろん排気臭が車内に侵入してくることもない。ノンステップ車体導入以来の進歩だ、と筆者は思った。

後日、ミラノの電動バスについて、地元の複数メディアやミラノ交通営団(ATM)の情報を収集してみた。ミラノ市とATMは2022年の段階で、すでに170台の電動バスを保有し、10路線を電動化している。今後2026年までに500台以上の導入を達成し、2030年には1200台のバスをすべて電動化することを目標にしている。これによって、年間3千万リットルの軽油と、同じく年間7万5千トン相当の二酸化炭素排出を削減すると謳っている。

乗り物好きとして気になるのはメーカーである。その名を「ソラリス」という。ポーランドのビュスコビツァを本拠とする同社は1996年1月、まずドイツのバス製造会社「ネオプラン」のライセンス生産からスタートした。その後オリジナルモデルを手掛けるようになり、今日までの生産実績は2万3千台に達する。2018年には、スペインの鉄道車両メーカー「CAF」グループの傘下入りした。

以下3点は2011年にワルシャワ郊外で撮影。見ると、写り込んだ路線バスはソラリス製だった。

その車内。ドアと座席を隔てる透明パネルにはSOLARISの文字が。

郊外のショッピングセンター前で。

ソラリス社は、電動バスの前にトロリーバスでATMに納入実績を積んでいた。いっぽう電動バスは「ウルビーノ12エレクトリック」という全長12メートル 75人乗りモデルである。2017年には「バス・オブ・ザ・イヤー」に選定されたモデルだ。容量400kWhのバッテリーを搭載。最大出力300kWのモーター2基で後軸を駆動する。チャージに要する時間は80kWタイプで約5時間。満充電からの最長航続距離は約180キロメートルという。

ソラリス・ウルビーノ12エレクトリックの全長×全幅×全高は12×2.55×3.3m。

座席は39席が備えられている。カドルナ駅前で。

ハイテクと共存する”カーナビおばあちゃん”

もちろん、ミラノの電動バス大量導入に懐疑的な意見もインターネット上にはみられる。「導入するなら外国製でないものを。国内産業にも貢献する手段を選択すべき」「(電動バス導入よりも)一般車の環境対策レベルによる市内進入規制を緩和してほしい」そして「ゼロ・エミッションといいながら、その電気は石炭火力から作っているではないか」といったものだ。

筆者が付け加えれば、電費による走行距離減少を気にしてか、利用した電動バスすべてにおいて空調の効きが弱かったのが気になる。

また長期的にみれば、それだけ大量の台数を短期間で大量導入するのだから、電池の代替サイクルも同時期にやってくる。その際、廃電池のリサイクルといった問題も考えなければならない。

しかしながら利用者視点からすると、電動バスは前述のように、筆者のような路線バスを敬遠する原因となったさまざまなマイナス面を払拭してくれる。それは、公共交通機関利用を促進する大きな推進力となろう。

車内のホイールハウス上、荷物置き用スペースにもソラリスのロゴが。

……と評価したところで、ミラノ滞在最終日の朝、奇妙な事態に出くわした。宿泊先から市電に乗ろうとしたところ、停留所の目前で、故障した一般車が線路を塞いでしまったのだ。まもなく市電に代わる臨時バスが到着したので、筆者はそれに飛び乗った。

ところが普通のバス以上に、加減速が激しい。車線もふらつく。何が起きたのかと思って耳をすませば、最前席の高齢女性が「次のロータリーは右折よ」「あー、そこじゃない、そこじゃない」などとルートを”指導”しているではないか。突如代替バスの任務を命じられたドライバーは、ふだん市電が通る路線をよく知らないまま、運転していたのだ。そこで、普段市電を利用しているおばあちゃんが、案内役を突如務めていたのである。ついでにいえば、終点のミラノ中央駅に着いて緊張感が解き放たれたとき、乗客の間には、えもいわれぬ連帯感が生まれていた。

時代の先端を行く電動車と、おばあさんによる人力音声カーナビ。そのコントラストがなんともユーモラスに映ったミラノの春であった。

ミラノ交通営団は、2030年までにすべてのバスを電動化する計画を立てている。

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