2022年01月31日 23:40 掲載

旧車 ロータリーサウンドのRX-7と小さな大物食いシャレード。トヨタ博物館「激走!!2.5次元 ヴゥオオーン!! WRC」より


くるくら編集部 小林 祐史

異名は「小さな大物食い」。シャレードの大活躍

1982年サファリラリーでクラス優勝を果たしたダイハツの初代シャレード

1982年サファリラリーでクラス優勝を果たしたダイハツの初代シャレード 写真=小林祐史

 ダイハツが初めてWRCに参戦したのは1979年のモンテカルロラリーだった。マツダと同様にインポーターや海外ディーラーからの要請で、ダイハツはWRCへ参戦した。車両は1977年に発売されたコンパクトカーである初代シャレードだった。

 その後、ケニアのディーラーから1982年サファリラリー参戦の要請がダイハツに届き、ここでも初代シャレードを送り込むことになる。当時のWRCの車両規定からシャレードは、排気量1300cc未満のグループ2に参戦。

 1970年から90年代前半のサファリラリーは走行距離が約5000kmもあり、かつ道路は未舗装で、岩がごろごろと転がるガレ場から、タイヤが半分くらい沈むような泥沼というような車が前進することを阻むような悪路ばかり。そのようなことからサファリラリーは「クルマ壊しのラリー」とも呼ばれており、初参戦する車がクラス優勝することは難しかった。

 しかしシャレードは軽量なボディと屈強な足回りでサファリラリーを走破し、クラス優勝を果たした。それも参戦した3台が全車とも完走。加えて3台で交換したショックアブソーバーが、たったの3本だった。軽量なボディでショックアブソーバーに負担をかけなかったことが、トラブルと無縁でいられた要因だった。ショックアブソーバーは日本のKYB(カヤバ)製で走破性も高く、シャレードの速さを支えた。これらにより、サファリラリーで経験を積んできた排気量が1000ccも違うグループBラリーカーのライバルたちと堂々と渡り合い、クラス優勝だけでなく総合でも17位に食い込んでいる。

 このサファリラリー初参戦での成績からシャレードは、ジャーナリストたちから「リトル ジャイアント キリング・カー(小さな大物食い)」という異名を付けられた。

 シャレードのサファリラリー参戦は、その後1993年までの12年間継続された。特に最後となった1993年は、総合でトヨタ セリカGT-FOUR ST185が総合1-4位を独占したが、5-7位にシャレードが続き、「リトル ジャイアント キリング・カー」という異名をさらに印象付けている。

ダイハツ シャレード
1982年サファリラリー クラス4優勝車 諸元
全長:3460mm
全幅:1510mm
全高:-mm
ホイールベース:2300mm
車両重量:-kg
エンジン:型 (4OHC) 993cc
最高出力:40W(55ps)/5500rpm
最大トルク:-Nm(-kg-m)/-rpm
ドライバー/コドライバー:S.シャー /M.シン


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