2022年06月16日 16:30 掲載

旧車 吉田 匠の
『スポーツ&クラシックカー研究所』Vol.8
FIAT 500eと、愛すべきその先代たち。
その3:2代目FIAT 500「ヌォ―ヴァ チンクエチェント」

モータージャーナリストの吉田 匠が、古今東西のスポーツカーとクラシックカーについて解説する連載コラム。第8回はイタリアの国民車「フィアット 500(チンクエチェント)」を特集。今回は、ルパン三世の愛車としても有名な2代目FIAT 500を紹介する。

文=吉田 匠

1960年代のイタリアを埋め尽くした傑作

2代目FIAT 500、イタリアでも一番多く見掛けたボディカラーは白だった。

2代目FIAT 500、イタリアでも一番多く見掛けたボディカラーは白だった。

 初代FIAT 500の後期モデル、500Cが生産を終えたのが前回書いたように1955年だったが、2代目の500がデビューするのが1957年。あいだに2年間のインターバルがあるが、そこにはある重要なクルマの存在があった。それが、FIAT初の純戦後型小型車だったFIAT 600で、それを設計したのも初代500と同じ、あのダンテ・ジャコーザだった。

 FIAT 600は初代500と違って、大人が無理なく4人乗れる居住空間を持つことを条件に開発された小型車とされた。そのためにジャコーザが採った設計は、第二次大戦直後にヨーロッパの小型車のなかで主流になりつつあった、エンジンを室内より後ろに積むリアエンジン後輪駆動、いわゆるRR方式だった。その方式なら、パワートレインをひとつにまとめてボディの後方に収められるため、室内にプロペラシャフトなどが出っ張らず、居住空間が広くとれるからだ。

FIAT 600はたちまちのうちに大ヒットしてイタリア車のベストセラーになったが、FIATはそれにとどまらず、600よりもっと小さくて安価な小型車の開発をジャコーザに命じた。そこで生み出されたのが「ヌォーヴァ チンクエチェント」つまり「新型500」の愛称で呼ばれることになる2代目FIAT 500だが、それは600を一回り小型化したような、リアエンジンの4人乗り超小型車だった。

パワートレインを後ろに収めた2代目のレイアウト。サスペンションは前が横置きリーフによるウィッシュボーン、後ろがコイルのスイングアクスルという4輪独立。

パワートレインを後ろに収めた2代目のレイアウト。サスペンションは前が横置きリーフによるウィッシュボーン、後ろがコイルのスイングアクスルという4輪独立。

魅力的なスタイリングがよくわかる、後期モデルのスタジオ写真。

魅力的なスタイリングがよくわかる、後期モデルのスタジオ写真。

これが500の2年前に発表されたFIAT 600で、ボディも500よりひと回り大きい。

これが500の2年前に発表されたFIAT 600で、ボディも500よりひと回り大きい。

 ボディサイズは全長2970×全幅1320×全高1325mmと、当時の日本の360cc軽自動車とほとんど変わらぬ小ささだが、魅力的なそのスタイリングは兄貴分の600と同じく、設計者のダンテ・ジャコーザ自身がデザインしたものだった。そのリアに搭載されたエンジンは、600の水冷4気筒633ccに対して、より構造簡潔で軽量な空冷2気筒で、排気量は初期型が479cc、途中から499.5ccと、いずれにせよ500cc以下に収められていた。

パワーは初期型が15ps、後期型が例えば68年の500Dで18psを発生、4段ギアボックスを駆使して全開を続ければ、車重520kgのボディを100km/hまで引っ張るとされた。さらに、1959~60年に存在したSportというスポーティモデルの最高速は105km/hと発表されていた。だが設計者のダンテ・ジャコーザ自身は、できれば500にも600のような水冷4気筒エンジンを積みたかったのだという。

 この2代目500、つまりヌォーヴァ チンクエチェントにも、第1世代と同様のキャンバス製トップが標準装備されていたが、その目的は決して広いとはいえない室内に開放感を与えると同時に、空冷2気筒エンジンのノイズが室内に籠るのを防ぐためだったといわれる。いずれにせよこのキャンバストップ、ヌォーヴァ チンクエチェントのルックスに独特のキャラクターを与え、魅力を増すのに貢献していたのは間違いない。

小さい、可愛い、愉しい!

ABARTHがチューンした500が速度記録を樹立したことをアピールする、当時のFIATのショールーム。

ABARTHがチューンした500が速度記録を樹立したことをアピールする、当時のFIATのショールーム。

ベルギーとイタリアを往復する国際ラリーでクラス優勝したSportと思われる500。

ベルギーとイタリアを往復する国際ラリーでクラス優勝したSportと思われる500。

 1950~60年代、多くのイタリア人にスクーターやバイクに代わる生活の足として愛されてきたヌォーヴァ チンクエチェントは、後継モデルの126にその座を譲って1975年に生産を止めるまでに、368万台弱がつくられたという。実際、80年代や90年代にイタリアを訪れると、ミラノやローマのような大都市からシチリア島の田舎まで、どこにいっても現役として走るチンクエチェントの姿を目にすることができたのを思い出す。

 しかもヌォーヴァ チンクエチェントは、あのABARTHをはじめとするチューナーにも絶好のベースとして好まれた。まず1958年、F1 GPで有名なモンツァサーキットに1台のアバルトチューン500が運び込まれ、数名のドライバーが交代で7日間走り続けた。結果、7日間の平均速度108.252km/hという、当時の500㏄量産車の記録を打ち立てた。これらの経験をベースにしてABARTHは、後に595SSや695SSといった高性能版500を生み出すことになる。

 しかも2代目FIAT 500、ヌォーヴァ チンクエチェントは、イタリアのみならず世界中に輸出され、しかも生産が中止されてから50年近く経った現在でも、小さなクラシックカーとして世界中のマニアに愛され続けている。1950年代後半にFIATとダンテ・ジャコーザが生み出した小さな4人乗りのリアエンジン車は、小さいこと、ミニマムであることの魅力を、時代を超えて発信し続けているのだ。

1961年に登場したワゴンスタイルの500ジャルディニェッラ。

1961年に登場したワゴンスタイルの500ジャルディニェッラ。

このダンディが初代と2代目500他、多くのFIATを生んだ天才的設計者、ダンテ・ジャコーザ。

このダンディが初代と2代目500他、戦前から1970年代初頭までの多くの傑作FIATを生んだ天才的設計者、ダンテ・ジャコーザ。

【記事の続きはこちらから!】
その1:FIAT 500e
https://kurukura.jp/car/2022-0513-60.html

その2:2代目FIAT 500「ヌォ―ヴァ チンクエチェント」
https://kurukura.jp/car-life/-vol8-fiat-500efiat-500.html

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