吉田 匠の『スポーツ&クラシックカー研究所』Vol.01 ポルシェ911のご先祖様、「356」の話。
モータージャーナリストの吉田 匠が、古今東西のスポーツカーとクラシックカーについて解説する新連載。第1回は、ポルシェ最初のスポーツカー、ポルシェ356について。
ポルシェ最初のスポーツカー
皆さん、はじめまして! モータージャーナリストの吉田 匠(よしだ たくみ)です。幼少の頃からクルマ好きで、お盆をステアリングに見立てて回していた当方、1971年に新卒で自動車専門誌『CAR GRAPHIC』の編集記者になって、この業界の人間に。つまり今から2年後には業界入り50年を迎えるわけで、トシがバレるけど、ま、いいか。(笑)
自動車は軽四輪から大型車まで、種類を問わず好きだけれど、なかでも特にスポーツカーが子どもの頃から大好きで、その傾向は今も変わらず。もちろん現代のスポーツカーも素晴らしいけれど、自分が青春時代を過ごした1950~70年代の旧いクルマ、いわゆるヒストリックカー、もしくはクラシックカーがとりわけ気になる、今日この頃。そこで今回は、今やスポーツカーの定番とされるポルシェの歴史について、ちょっと書いてみたい。
会社の創始者の名前がブランド名になった自動車メーカーは少なくないが、ポルシェもそのひとつ。最初にポルシェ設計事務所なる会社を設立したのは、20世紀の自動車設計者のなかでも最高の天才の一人といわれる、オーストリア生まれのフェルディナント・ポルシェ博士だった。この人はメルセデスや、アウディの前身たるアウトウニオンの大型車やレーシングカーなどを設計した他、後に世界のベストセラーになる小型車、あのフォルクスワーゲン=VWビートルを、第二次世界大戦勃発直前に設計したことで知られる。
一方、今日まで続くあの911で有名なスポーツカーのポルシェを生み出したのは、その天才フェルディナント・ポルシェの長男、フェリー・ポルシェだった。フェリーが最初のポルシェを誕生させたのは第二次大戦終結から3年後の1948年のこと、ポルシェ設計事務所の第二次大戦中の疎開先だったオーストリア山間のグミュントという小さな街の外れの木造の小屋で、2台のスポーツカーを造り上げた。ポルシェ356ナンバーワンロードスターと、ポルシェ356/2クーペである。
後にポルシェ最初のスポーツカーの名前として世界中に知られることになるこの「356」という数字は、ポルシェ設計事務所の作品ナンバー、つまり356番目の作品、という意味。僕はそのグミュントの小屋を二度訪れたけれど、いかにもポルシェの誕生の場に相応しい、心が洗われるような清らかな場所だった。
ビートルから356、そして911へ
実はポルシェ356には、ベースになったクルマがあった。父フェルディナントが設計したVWビートルである。ビートルは軽量コンパクトで効率のいい空冷水平対向4気筒エンジンをボディの後端に搭載して後輪を駆動する、4人乗りの小型車だったが、356も強固な鋼板製プラットフォームの後端に空冷水平対向4気筒エンジンを搭載して後輪を回すという基本構造を、そのまま採用していた。
ただし、4人乗りのファミリーカーだったビートルと違って356はスポーツカーだから、ホイールベースはビートルより短縮され、低くて空力的なボディがデザインされて、エンジンもビートルよりもハイパワーを発生した。
こうして生み出されたポルシェ356は、空気抵抗の少ない流線形を採り入れた2+2座のボディ、その後端に搭載された水平対向エンジン、といった後の911と同じ特徴を最初からすべて備えた高性能スポーツGTで、1951年のルマン24時間でクラス優勝したのを皮切りに、世界中のレースやラリーで大活躍した。
356はその後マイナーチェンジを繰り返して進化しながら1964年まで17年間現役であり続けたが、実は僕はその後期モデル、1962年型356B 1600スーパーというモデルに今も乗っていて、旧いクルマのラリーやヒルクライムに出たり、週末に都内や郊外を走ったりして、愉しんでいる。
空冷水平対向エンジンの排気量はたった1.6リッターで、パワーも75psしかないが、車重が900kgと軽いので意外なほど軽快な加速が手に入るのだ。
で、この356の後継車として1963年に世に出たのがあのポルシェ911なのだが、次回はその911について書いてみたい。
PROFILE 吉田 匠(よしだ たくみ)
1947年、埼玉県生まれ。1971年、青山学院大学卒業直後、㈱二玄社に自動車専門誌『CAR GRAPHIC』編集記者として入社。同誌ではスポーツカーのロードインプレッションなどを主に担当し、レースにも出場、優勝経験も数回あり。1985年、同社を退社し、フリーランスのモータージャーナリストに。『男は黙ってスポーツカー』、『僕の恋人がカニ目になってから』、『ポルシェ911全仕事』など、単行本多数。2018年以来、クラシックカー専門誌『CG classic』編集長を務める。