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クルマ最終更新日:2018.11.12 公開日:2018.11.12

産総研など、スギ由来の「改質リグニン」を用いたGFRPを開発。ミツオカ「ビュート」に装着して約1年の評価試験開始

森林総研(※1)、産総研(※2)、宮城化成の3者は共同で、スギから抽出して手を加えた「改質リグニン」を樹脂成分としたGFRP(※3)を開発(以下、「改質リグニンGFRP」)。そして、改質リグニンGFRPを用いたクルマの内外装部品を製作し、ミツオカの協力を得て同社の小型車「ビュート」に取り付け、約1年間の評価試験を10月からスタートさせたことを発表した。実車に取り付けての評価試験は世界でも初めての試みだという。

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今回開発された「改質リグニン」を用いたGFRPを内外装部品として搭載したミツオカの小型車「ビュート」。改質リグニンを用いたGFRP製パーツの評価試験が、同車を用いて10月からスタート。約1年にわたり、紫外線や温度変化などに対する耐久性の評価試験が行われる。画像提供:産業技術総合研究所

 木材中で25~35%程度の割合を占める成分「リグニン」は、樹木の細胞や細胞壁を結合させ、木材の強靱さを生み出す天然の高分子化合物だ。リグニンは化学的には”芳香環(ほうこうかん)”と呼ばれる構造を持つことから、耐熱性や難燃性などを発揮する優れた材料となる可能性があるとして期待されてきた。しかしいくつかの課題があるため、これまでリグニンを用いた素材の本格的な商用化はなされてこなかったのである。

 そこで今回、森林総研(※1)、産総研(※2)、宮城化成の3者は共同で、スギから抽出して手を加えた「改質リグニン」を樹脂成分としたGFRP(※3)を開発(以下、「改質リグニンGFRP」)。そして、改質リグニンGFRPを用いたクルマの内外装部品を製作し、ミツオカの協力を得て同社の小型車「ビュート」に取り付け、約1年間の評価試験を10月からスタートさせたことを発表した。実車に取り付けての評価試験は世界でも初めての試みだという。

※1 森林総研:国立研究開発法人 森林研究・整備機構 森林総合研究所
※2 産総研:国立研究開発法人 産業技術総合研究所
※3 GFRP:glass fiber reinforced plasticsの略。ガラス繊維強化プラスチック。母材となる樹脂(プラスチック)にガラス繊維を強化材として加えて強度を上げた素材。

農山村のバイオマスを活用する「リグニン産業」の確立を目指す

 国内最大の未利用バイオマスは、年間約2000万立方メートルも発生する林地残材といわれている。そうした背景があることから、日本政府も林地残材の有効活用を考えており、そのひとつが「リグニン産業」の確立だ。林地残材の収集からリグニンの製造、加工、機能化、最終製品化、副産物利用など、農山村のバイオマスを原料とした技術を総合的に開発し、農山村に高収益をもたらす新たなビジネス基盤として検討されているのである。

 そのための研究として行われているのが、内閣府の戦略的イノベーション創造プログラム(SIP)の「次世代農林水産祖業創造技術」だ。その中の研究課題「地域のリグニン資源が先導するバイオマス利用システムの技術革新」(通称:SIPリグニン)で、2014~2018年度の5年間で進められ、その成果として改質リグニンとそれを用いたGFRPが開発された。

改質リグニンはどう製造する?

 森林総研は、産総研と共に、国立研究開発法人5社、大学8校、民間企業17社で設立されたSIPリグニン研究コンソーシアムの中核となった国立研究開発法人だ。そんな森林総研が今回の研究において着目したのが、リグニンの均一性という特徴を持つスギだ。そして、スギ由来の機能性リグニン素材の開発を進めることにしたのである。

 森林総研の研究によって誕生した改質リグニンは140℃に保ったポリエチレングリコール(PEG ※4)にスギ木材を加え、少量の酸と共に攪拌(かくはん)して木材中のリグニンを分解するという手法で製造される。リグニンは分解すると同時にPEGと結合し、物理特性が改質したリグニン、つまり改質リグニンとなる。改質リグニンは木材中から分離したままなので、その回収もしやすい。改質リグニンはリグニンが持つ高い耐熱性などをそのまま有している上に、PEGの優れた加工性も獲得。工業用素材として応用しやすくなったという。

※4 ポリエチレングリコール:エチレングリコールが重合した構造を持つ高分子化合物(ポリエーテル)。無毒であることから、さまざまな製品に用いられている。

産総研と宮城化成は改質リグニン製GFRPを開発

 一方、改質リグニンの製品化研究を担当したのが産総研だ。各種複合材料の開発、製造プロセスの検討、性能評価、長期耐久性評価を複数の企業と連携して進めている。その中で宮城化成とは、改質リグニン樹脂を石油由来樹脂の代替えとする用途などを検討。特に、改質リグニンを樹脂成分として用いたGFRPの開発と製造プロセスの確立に取り組んできた。

 そして改質リグニンGFRPは引っ張り弾性率が従来のGFRPよりも10~20%向上。長期耐久性試験後も引っ張り弾性率が従来のGFRPよりも優位で、耐久性が改善することも確認されたのである。

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改質リグニンにも解決すべき課題が

改質リグニンを用いるには課題を解決する必要があった

 実は改質リグニンには、粘性が高いという課題があった。そのため、そのままではGFRPのような繊維強化複合材料の形成方法である”真空含浸(しんくうがんしん)”(※5)と呼ばれる手法を利用できなかった。一般に粘性を下げるには、溶媒を加える方法と加熱する方法の2種類があるが、改質リグニンには適用できなかった。溶媒の場合は乾燥収縮が起きてしまってGFRP製パーツの十分な寸法精度を得られなくなってしまい、加熱した場合は樹脂が硬化してしまってパーツを成型しにくいという問題があったのである。

 そこで今回開発されたのは、溶媒の代わりに液状硬化剤を添加することで粘性を下げるという手法。この硬化剤は改質リグニンと非常に混合しやすく、揮発性有機溶媒も不要である。さらに、改質リグニンと反応して堅牢にするエポキシ化合物(※6)を重量比で5倍の量を加え、均一に混ぜ合わせることでGFRPのベースとなる樹脂を完成させた(以下、改質リグニン樹脂)。

※5 真空含浸:型内にセットした繊維の織物もしくは不織布(ふしょくふ)に真空引きで樹脂を含浸させる繊維強化複合材料の成型方法。
※6 熱硬化性樹脂の総称。耐薬品製、防食性、寸法安定性が高いことが特徴。

 GFRP製のパーツは、型にセットしたガラス繊維布に改質リグニン樹脂を均一に真空含浸させて行う。その作業は樹脂が硬化してしまわない程度に高い温度に調節されたオーブンの中で実施するという方法も、今回新たに採られた手法だ。最終的に改質リグニンGFRP製パーツは乾燥・仮硬化を行ったあと、型から外してさらに120℃で熱して最終硬化が行われて完成となる。

 ちなみに改質リグニンGFRPは、不飽和ポリエステル樹脂を含浸させる従来GFRPに対し、揮発性有機溶媒が大幅に減ったことも確認された。最も減ったスチレンは1/4500未満、ホルムアルデヒドも1/430未満になるなど、測定した揮発性有機溶媒9種類のうち6種類で減少した。

改質リグニンを用いたGFRPの長期耐久性評価を実施

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今回製造された外装部品はボンネット。ボンネットは面積も広く、陽光にさらされやすいパーツのため、紫外線の影響も大きい。1年間でどの程度変化があるのかがミツオカ「ビュート」を用いて確かめられている。画像提供:産業技術総合研究所

 改質リグニンGFRPをクルマの内外装部品として使用する場合、さまざまな長期耐久性評価が必要となる。これまで確認できていなかったのが、屋外環境下での使用を想定した、温度変化、降雨および紫外線の影響だ。さらに、クルマの外装部品は高い加工精度や平坦性が求められるが、その確認も行われていなかった。

 そこでミツオカの協力を得て、小型車「ビュート」の内外装部品を製作し、実際に使用して評価試験を10月からスタートしたのである。製造された部品は外装部品がボンネット。内装部品は、ドアトリム、スピーカーボックス、アームレスト。内装部品は4ドアの「ビュート」に合わせ、4点ずつ製作された。

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内装部品としては、ドアトリム(ドアの内張)、スピーカーボックス、アームレストが改質リグニンを用いたGFRPで製造された。ドアトリムとはドアの内張のことで、クリーム色の部分のこと。スピーカーボックスは、右下の丸いパーツ。アームレストは上面が黒い水平に長いパーツ。画像提供:産業技術総合研究所

 評価試験では、温度と湿度の車内環境が自動計測され、降雨と日照の天候と走行を記録し、部品の経時変化を約1年間にわたって追う。紫外線や温度変化などによる影響をモニターし、実用面での問題点などを洗い出すとしている。

 そして今回の評価試験のフィードバックを反映して、宮城化成では2022年に改質リグニンを用いたGFRPを製品化する予定だ。改質リグニンそのものの商品化も検討されているが、現時点で発表できる情報はないという(森林総研は生産販売そのものにはタッチしない)。また、ミツオカにも改質リグニンを用いたGFRP製のパーツを内外装部品を使用した環境に優しいクルマを市販するかどうかについて確認したところ、こちらも現時点では白紙とした。

 また、強化プラスチックに関連する植物由来の素材といえば、近年開発が進むのが、強化材に植物の主要成分のひとつであるセルロースをベースとした「セルロースナノファイバー」。産総研に問い合わせてみたところ、今回の改質リグニン樹脂と組み合わせて、植物由来のパーセンテージをアップさせることは可能だという。ただし、実際にはまだ実物が作られたことはなく、今後の課題としている。

2018年11月9日(JAFメディアワークス IT Media部 日高 保)

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