震度7対応!首都高の緊急復旧能力大幅アップ
30cmの段差と50cmの開きが発生したと想定したか所を、新装備で応急的に復旧。実際に大型車も問題なく通過。
首都高では8月31日に防災訓練の一環として、報道関係向けに「道路啓開(けいかい)訓練」の公開を、東京・品川区の中央環状線大井北換気所敷地内にて行った。
首都直下地震は、文部科学省地震調査研究推進本部が2012年1月に発表した確率によれば、今後30年以内に南関東でマグニチュード7程度の地震が、70%の確率で起きるという。
今回の訓練は、そうした首都直下地震により、首都高の高架橋上に大型車を含む複数台の車両が停車し、また場合によっては放置されたり横転したりしているような「滞留(たいりゅう)」した状況を想定し、道路啓開作業を迅速に行って緊急交通路を確保するという内容だ。
ちなみに啓開とは「切り開く」という意味。要は、道路啓開とは、緊急車両などの通行のため、1車線でもとにかく通れるように早急に最低限のがれきや滞留車両の撤去、除去を行い、また高速道高架橋のジョイント部分でできてしまいやすい上下の段差や左右の開きを修正することで、救援ルートを開通させることをいう。
被災した首都圏の復旧には複数の救援ルートが必須!
大規模災害では、応急復旧を実施する前に救援ルートを確保することが重要だ。特に日本で最も人口が集中し、また政府行政機関や企業の本社なども多い首都圏は、被災した場合は残念ながら自分たちだけの力では復旧作業が難しいことは明白だ。被害が生じていない近隣地域からの応援を得る必要がある。
そのため、8方向の高速道およびそれらをつなぐ環状高速道や、国道などの主要な一般道の道路啓開作業が必須となるというわけだ。2014年7月に設置された「首都直下地震道路啓開計画検討協議会」による「首都直下地震道路啓開計画改訂版」において、「八方向作戦」と呼ばれている(左の画像は首都直下地震道路啓開計画改訂版PDFより抜粋)。
八方向作戦は、48時間以内にその8方向の高速道およびそれを補完する国道などの道路啓開を完遂させる作戦で、中でも首都高では独自に24時間以内にその8方向の内のどれかひとつをまず道路啓開を成し遂げることを設定しているのだ。
作業の早さは従来の4倍! 道路啓開用新装備
どれだけ短時間に道路啓開をひとつでも多く成し遂げられるかが、人命を1人でも多く救うことにつながるため、首都高では道路啓開用の段差修正材や渡し板の開発を進めている。そして今回、メディアへの公開が初となる、新装備4種類が披露された。
まずひとつ目が、「軽量土のう」。従来の土を詰めた土のうに対し、軽量発泡ガラス系材料(軽石)を用いることで、容量は同じ15Lでも重量はその5分の1という5kgを実現。
左上が軽量土のう。右上が中味。軽量発泡ガラス系材料、要は軽石である。従来は、左下にあるように、土が詰められていた。右下の通り、後述するEPSスロープを使わずとも、30cm程度の段差には、軽量土のうを用いて対応可能。
そしてその上に敷くことで車両の通行をよりスムーズにするのが、1枚約25kgのゴムマット(上記画像、右下)だ。従来は、1枚約800kgもあった「敷鉄板」が使われていたため、人力で運ぶことはまったく不可能だったが、これで人海戦術を採れるようになったのである。
さらに、軽量の段差修正材として新開発されたのが、「EPSスロープ」。EPS(Expanded PolyStyrene)とは発泡ポリスチレンのことで、表面保護材としてFRP(Fiber-Reinforced Plastics:繊維強化プラスチック)を用いており、3分割で保管・運搬が可能。分割したひとつひとつの部材は最大重量でも30kgとなっており、これも人力で運べる。
なおEPSスロープは、最大で段差30cmまで対応可能だ。さらに、軽量土のうとゴムマットのコンビと組み合わせることで、発生した段差が均等でないような状況や、30cmを上回るような段差でも対処が可能となっている。
EPSスロープ。茶色の部分がFRP、白い部分がEPS。3つのパーツを組み合わせて、段差30cmに対応。
最大50cmの開きに使える軽量橋渡し板「F-Deck」
さらに、開き(ギャップ)が生じてしまったジョイント部分のために、新たに首都高と宮地エンジニアリングが共同開発したのが、FRP形材と平板を組み合わせて接合した軽量渡し板「F-Deck」だ。軽量土のうやゴムマットのメディア公開も今回が初だが、防災訓練事態では2015年度にすでに使用されている。しかし、F-Deckは、防災訓練で使用されるのも初めてなら、マスコミへの披露も初めてだ。
F-Deckは軽量土のうとゴムマットとの組み合わせで大型車も含めた車両の通行を可能とし、それでいながら重量はEPSスロープとほぼ同じの約30kgとなっている。全長と全幅が1.4m、厚みが9cm。最大で50cmの開き、30cmの段差までに対応可能だ。
そして、設計輪荷重は10トン。要は、1輪当たりの荷重が10トンまでのクルマなら通過可能というわけだ。ふたつのF-Deckでクルマの左右のタイヤをそれぞれ受け持つので、例えば4輪車であって、すべてのタイヤが均等に車重を受け持っているとしたら、車重40トンまでは行けるということであり、重量級の建機なども通れるというわけだ。
F-Deck。1輪にかかる荷重が10トンという重量級の車両まで通行可能。
段差解消速度は2か所約20分から4か所約10分へ!
このように、従来は人力での運搬では不可能か、可能だとしても労力をもっと要する装備だったのだが、今回、大幅な軽量化を成し遂げたことで、1回の作業を目に見えて短縮できるようになった。
これまでの訓練では開きに対する渡し板の設置は行われていないのでそれに関しては比較はできないが、段差解消の訓練は2014年度の訓練と比較可能だ。2014年度の従来の段差修正材では、2か所の段差を修正するのに約20分を要した。
一方、軽量土のうとゴムマットは2015年度の防災訓練で使用されており、4か所の段差の修正を約10分で済ませたという。ということは、約4倍のスピードアップを実現したというわけだ。
軽量土のうやゴムマットは人力で次々と運搬することができ、人海戦術を採れるので、見る間に積み上がっていく。
首都高を震度6強~7の激震が襲った!!
続いては、実際に訓練の様子を紹介だ。マグニチュード7.3の都心南部の直下型で、首都高管内で最大震度6強、一部は7という非常に大きな被害が予想される強い地震が発生したという設定である。首都高4号新宿線が舞台という設定で、右手(下の画像の奥側)が都心側、左手が郊外側だ。
6台のクルマが滞留しており、左レーンから紹介すると、都心側からまず無人の大型車、その前に無人の普通車、さらにその前に有人の普通貨物車(トラック)。右レーンは2台で、無人の大型車、その前に有人の普通車だ。そして段差の直前にレーンをまたぐ形で無人の普通車が横転しているという具合だ。
段差に気がついたドライバーが急停止しようとした結果、横転。ドライバーはすでに救助されているという設定。
また高速道路の状況としては、まず横転車両のすぐそばのジョイントで30cmの段差が発生していて、その次の郊外側のジョイントで30cmの段差と50cmの開きが発生しているという具合。段差は、郊外側に向かう都度に高くなっていく形だ(ちなみに、反対側の段差部分はあらかじめスロープなどが設けられている)。
段差や開きは、橋脚の上にあって道路を支えている「支承」が脱落してしまって、道路が橋脚上に落ちてしまうことなどにより発生してしまう。人ならそれほど苦労せずに越えていけるが、30cmの段差と50cmの開きは、普通のサイズのタイヤでは越えていけないのは説明するまでもない。
訓練は大きく6段階で順を追ってまたは同時に進行
そして訓練は、大きく6段階に分けて行われた。
1.橋梁(きょうりょう)技術系社員の自転車を用いたパトロールによる被害状況確認
2.パトロールカーによる放置された大型車両の牽引
3.タイヤ部分に組み付けて使用できる「ゴージャッキ」を用いた無人普通車の移動
4.レッカー車による横転車両引き起こし
5.軽量段差修正材などによる路面段差および開きの解消
6.パトロールカーによる一般車両(有人の滞留車両)の誘導
なお、地震が実際に発生した場合、実際に1~6を行う前に、首都高はその前段階として、日本高速道路保有・債務返済機構と道路啓開を必要とする道路区間の指定手続きを実施することからスタートする。
そして、国土交通省などの関係機関と情報交換の上、啓開路線を決定し、道路啓開作業を開始するというわけだ。
まずは道路の被害状況を確認!
まず1だが、首都高の道路パトロールカーに折り畳み式の自転車が搭載され、道路の段差や開きが発生したことで自動車の滞留が起きてしまい、緊急車両の通行ができない被害発生地点まで駆けつける。そして、橋梁技術系社員が現場で自転車を展開し、滞留車両の隙間を縫って、被害現場の状況を確認、報告を行う。
自転車は市販のもの。今回は、FIATの折り畳み式自転車が使用されていた。
続いて2では、滞留車両の撤去の開始。無人の大型車はサイドブレーキが引かれていて、ドアもロックされているという設定だ。そこで、窓を割って運転席に乗り込んでサイドブレーキを解除し、パトロールカーによる後方(都心側)への牽引という具合。なお、「窓を割る」とあるが、これは2014年11月21日から公布されている、改正された「災害対策基本法」により可能となった。
改正で、道路管理者による放置車両などの移動に関する規定が盛り込まれ、ドアがロックされているような場合でもオーナーに確認を取らずに、緊急事態ということでこうした撤去作業を(撤去作業のために必要なことも)行えるようになったのである。
運転席に入るため、助手席側の窓ガラスを割ったという想定の場面。
3は、4本のタイヤそれぞれの下部に組み付けてペダルを踏むことでジャッキアップできる「ゴージャッキ」を利用して、無人の普通車を素早く移動させる場面だ。ゴージャッキは、1基当たり700kgを持ち上げることが可能で、単純計算で2.8トンの車両までは行ける。訓練では、右後ろタイヤから始まり、右前→左前→左後ろの順番にジャッキアップしていた。
ゴージャッキは、タイヤ下部を前後から挟み込んで徐々に締め付けていくことで、締め付ける部分のパイプが回転してタイヤが上に逃げるので、地面から浮かせられる仕組み。
これにより、横転車両のすぐ手前の有人の普通貨物車が移動できるようになったことから、バック。ついに横転車両までレッカー車が移動できるようになった。道路啓開が大きく進展したわけだ。
横転車両を引き起こして段差のある現場へ急行!
4で、横転車両に適切にチェーンなどを組み付けて、引き起こしを実施。それと同時に、若干距離があるが、道路の段差や開きが発生している現場まで、人海戦術で軽量土のうやゴムマットを運搬し、段差解消作業も並行で進めていく。
横転車両の引き越し作業。そのそばで、30cmの段差が発生しているか所では軽量土のうの設置が進む。
そして横転していた普通車を右レーンに寄せ、いよいよ道路の段差や開きが発生している被災現場の直前まで作業車が近づける形となった。
5では、EPSスロープも設置して、軽量土のうとゴムマットと組み合わせて最初の現場の段差をクリアー。
最初の段差が発生しているか所をクリアーするため、EPSスロープと軽量土のうを設置。
さらに、段差と開きのある現場。まずは軽量土のうを大量に設置し、段差解消と同時に、F-Deckを渡せるよう足場を固めていく。安全が確認されたら、いよいよ車両の通行だ。
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無事応急復旧が完了で段差も開きも越えて走行可能に!
段差も開きも克服して、ついに走行可能に!
安全確認後、6のパトロールカーによる有人車両の誘導。有人車両は最も近い通行可能な出口から一般道へ降ろされる形となる。
F-Deckを渡る一般車両。ミニバン程度の車重はどうということはない。
EPSスロープを登っていく際はまったく問題がなく、大型車両も普通に走行。つぶれたり歪んだりといったこともなかったようだ。
軽量土のうに関しても、車重がかかることで若干変形はするが、それによって足場が踏み固められ、クルマが1台通過するだけでも、次の車両から多少なりとも走りやすくなるようである。
またF-Deckを大型車が通行しても、足場の軽量土のうが崩れるようなこともなく、富士に通過。枕木を数本かませているのもあるが、軽量土のう同士が変形して絡み合うことで、そうそう崩れないようになる模様だ。
ただ、F-Deckは長い板であるわけで、タイヤが実際に片方の端に載って重量がかかった瞬間、反対側の端が大きく跳ね上がったので、慎重な通過を要するのは間違いない。
訓練終了後にこの段差および開きの修正がなされた高速道路を模した仮設道路の上を歩かせてもらったが、歩行する分にはまったく問題がなかった。
実際にこのような事態が来ないことを祈るばかりだが、誰でも巻き込まれる可能性はゼロではない。読者の皆さんも、高速道路で大規模な地震に遭遇した場合は、こういう状況になることもあり得るということを知っておき、実際に遭遇したときは、慌てずに行動するよう心がけよう。
最後に、はたらく車ということで、今回活躍した、FIAT製折り畳み自転車、トヨタ「ランドクルーザー プラド」ベースの首都高パトロールカー、クレーン付き作業車、ユニック車、そしてゴージャッキの写真を次のページで紹介しておく。
今回活躍したはたらくクルマ+車輪付きの装置たち!
FIAT製折り畳み自転車「AL-FDB140」。重量約8.5kg。滞留車両の間をすり抜けていかないとならないので危険だ。
ランドクルーザー プラドをベースにした首都高パトロールカー。
軽量土のうやゴムマット、F-Deck、EPSスロープなどを搬送した、クレーン付きのいすゞ製のユニック車。
横転車両の引き起こしで活躍したいすゞ製のクレーン車。
ゴージャッキ。火災現場の近くで駐車中のクルマを避難させるといった地震以外の緊急事態にも使えるだろうし、違法駐車しているクルマの撤去にも使えそう。とても便利な装置なので、もっと多方面で活用してみては?
2016年9月2日(JAFメディアワークス IT Media部 日高 保)
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