JAXAの月着陸実証機スタート。世界5番目を目指す
SLIMが月面に着陸する瞬間をイメージしたイラスト。(c) 池下章裕
近い将来の月面着陸を目指しているJAXA(宇宙航空開発研究機構)は7月14日、同日に開催された文部科学省の「第29回宇宙開発利用部会」において、「小型月着陸実証機」(Smart Lander for Investigating Moon:SLIM)の研究が評価され、「正式なプロジェクトへの移行が妥当」という審査結果が出たことを発表した。これにより、JAXAは正式に月面着陸を目指すことになる。
月を目指すのはもう古い? 事実はその逆!
月といえば、アポロ計画を思い浮かべる人もいることだろう。同計画で1969年にすでに人類が到達したのだから、「今さら? 今度は火星じゃないの? もう月はいいんじゃないの?」という人もいるかも知れない。
しかし、あのときはただ単に人類が訪れたというのに近い。月面の石を持ち帰るなどの大きな科学的成果ももちろんあるにはある。だが、実際のところはまだまだ調べ尽くしたとはいえず、月は地球に最も近いにもかかわらず、まだまだ謎に満ちあふれた天体なのだ。
すでに人類は月に到達しているわけだが、今また月探査がヒートアップしている。(c) NASA
2010年代後半から20年代初頭は月探査のラッシュ!
さらに、現在は豊富な資源を求めて、世界の大国による探査がヒートアップしている。また、将来の火星探査などの前線基地とする計画などもあり、さらなる探査が求められているのが現状である。
実際、2017年から2021年までは、米ロに加えて、中国やインドなども加わって、月面着陸機の打ち上げ計画が年1~2回のハイペースで続く状況で、まさに月争奪戦の様相を呈しているのだ。
また、「スズキが月面探査レースに参戦! チーム「HAKUTO」と契約」でも紹介したように、「Google Lunar XPRIZE」での民間企業による月面ローバーを用いた無人探査技術コンテストも17年の打ち上げが迫っている。
今後打ち上げが予定されている、世界の主な月面着陸機の一覧。
なぜ日本はSLIMで月着陸を目指すのか!?
世界の大国が争っている状況下で、なぜ日本も目指すのか? それはもちろん、日本が国際的なイニシアティブを発揮する上で必須と判断されたからだ。
地球の6分の1ではあるが、月のように重力の大きい天体への高精度な着陸技術を開発することは、日本の国際社会に対する技術的なアピールになる。そこで、「可能な限り早期に獲得すべき技術」との判断が、宇宙開発利用部会によって下されたというわけだ。
審査は、「プロジェクトの目標および範囲の設定の妥当性」、「実施体制、人員計画、資金計画、スケジュールの妥当性」、「リスク識別とその対応策の妥当性」、「そのほか、重要な技術要素にかかわる計画の妥当性」の4つの観点から行われた。その結果、「価値ある月探査ミッションを効果的・効率的に実現するために必要な技術」と判断されたのである。
SLIMのイメージ。1.5m×1.5m×2m、約590kg。消費電力は最大で約200W、設計寿命は打ち上げから6か月。(c) JAXA
SLIMの目的は大きくふたつ
SLIMを開発することの目的は、大別してふたつある。ひとつは「小型探査機によって、月への高精度着陸技術の実証を目指す」こと。もうひとつは、「従来より軽量な月・惑星探査機システムを実現し、月・惑星探査の高頻度化に貢献する」というもの。まさにその読み名の通り、宇宙探査のスリム化を目的としているのだ。
月の科学探査で求められているのは、惑星の誕生と進化という観点から、特定地域に分布するマントル由来の物質を探査すること。それが、SLIMにおける月面活動ミッションの最有力候補とされている。
クレーター内の特定の岩石や、同じくその「中央丘」(大型クレーターの中央には、隕石落下の衝撃によって盛り上がった部分がある)における、岩石の成分が異なる「岩相境界」などが探査目標となるが、それを実現させるためにはその近くに100m単位での高精度な誘導による着陸が求められる。
月探査機「かぐや」によるクレーターの中央丘の画像。(c) JAXA/SELENE
従来は、「ともかく安全なところに安全に降りられればいい」という、着陸地点の精度よりも、とにかく安全に確実に着陸することに主眼が置かれていた。しかし、SLIMの目的とするところは「狙った場所に限りなく近い地点にしっかりと着陸させる」であり、それを実現するには、従来よりも1~2桁も精度を上げる必要があるというわけだ。
カーナビで例えていうなら、「目的の町にたどり着ければどこでもいい」がこれまでであり、SLIMが目指すのは「丁目」を越えて、目的の家などがある一角、「番地」まで精度を上げるといった感じだろう。
精度的には町レベルだったら、km単位の誤差が発生するだろうが、番地単位ならせいぜい数10mといったところ。GPS衛星を使えない月面において、正確な位置情報を割り出すのは、なかなか難儀だが、それを達成しようというわけである。
宇宙への打ち上げは軽ければ軽いほど安い!
また小型軽量化が求められる理由だが、将来の観測は高度化することで観測装置の重量が増すことが予想されており、その対策的な意味合いがある。プラットフォームとなる着陸機自体を軽くすることで、総重量の増加を防ぐというわけだ。
しかも、地球の強大な重力に打ち勝って着陸機を打ち上げるには、軽ければ軽いほど打ち上げコストの抑制にもつながる。人工衛星の軌道に打ち上げるのに1kgにつき100万円(もっとかかるとする試算もある)とされ、着陸機が軽ければ軽いほど1回のコストが安価になり、結果として打ち上げ回数を増やせるようにもなっていくというわけだ。
ちなみに、現行機のH-IIAロケットを1回打ち上げるのにかかる費用は約100億円。搭載する人工衛星や探査機などの重量によって増減し、場合によっては90億円台のときもあった。
科学的な観点から考えても、高性能で大型の着陸機1機を送り込むよりも、若干性能では劣ってもより小型軽量で打ち上げ費用の少なくて済む着陸機を2機、それぞれ科学的に意義のある異なる地点に送り込んだ方が、成果を得られるというメリットがあるわけだ。
H-IIAロケット。国際的に見ても非常に優秀なロケットで、打ち上げ成功率がとても高い。(c) JAXA
高性能化と小型軽量化は相反する関係
しかし、高精度な誘導を実現することと、小型軽量化はトレードオフの関係にあり、非常に難しい挑戦であるのもまた事実。高精度な誘導の実現には、搭載コンピューターの高性能化が最も近道だが、そのために搭載コンピューターを大型化してしまってはSLIMの目標に反してしまう。
よって、小型コンピューターの搭載が求められているわけだが、高精度な誘導による着陸を、そうした小型コンピューターであっても負荷をかけずに実現する仕組みが必要とされる。
例えていうなら、複雑な計算を高速で行うには「京」のような大型のスーパーコンピューターの方がもちろん上だが、もちろん大きくて重くて大変である。それよりもスマホに搭載されているようなCPUを搭載し、それでも軽快に動くアプリでナビゲーションした方がいいというわけである。
クレーターの位置から現在位置を推定する技術を開発中
現在、小型のコンピューターでも利用可能なプログラムとして研究されているのが、単眼カメラによる「画像照合航法」(「対表面の自己位置推定」と「自律的な障害物検知」)だ。月面の様子を一定間隔で撮影することで、クレーターの位置から着陸機の現在位置を推定し、着陸地点へと誘導するのである。距離や速度測定は、レーダーが検討されている。
一定サイズ以上のクレーターを認識しているイメージ。かぐやが撮影した高精細な月面映像と比較照合する。(c) JAXA
そのほかの小型軽量化に関しては、着陸時の衝撃吸収機構に「発泡アルミニウム」を利用する仕組みが研究中だ。必ずしも平地でないような場所に斜めに着陸するような事態になっても、そのシステムがぐしゃっとつぶれることで本体を守り、極力水平を保つというわけだ。
ある一定の高さまで来たらあとは自由落下し、この発砲アルミニウムがつぶれることで衝撃を吸収するという。(c) JAXA
また電源系に関しては、求められているSLIMの稼働時間が着陸から数日間と短めなこともあり、軽量化実現のために「薄膜電池アレイシート」や「ステンレス箔ラミネート型リチウムイオン2次電池(バッテリー)」などの使用が検討されている。
左が薄膜薄膜電池アレイシートで、右がステンレス箔ラミネート型リチウムイオン2次電池。(c) JAXA
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打ち上げは早ければ2019年、あまり余裕はない状況!
小型軽量な着陸機を成功させれば評価は確実に上がる
これまで実現している、米ロ中の主立った無人月着陸機はどれもトン単位の重量だが、SLIMは約590kgと、1桁軽い。クルマで例えるなら、これまでの無人月着陸機は軽くても大型セダン、重いものはミニバン、さらには数トントラックといったところだが、SLIMは軽自動車といえるだろう(アポロ計画の有人着陸機は30トン近くある)。少なくともこれまでの半分以下の重量なのだ。
しかし、月着陸という難題を達成するためには、本当は大きく開発する方が無難だ。大きい方がシステム的に冗長構成にして一部が壊れても予備のシステムでバックアップするといった、トラブルに強い作りにできる。
先ほどもお伝えしたように、コンピューターを高性能化する点からも大きい方が開発しやすいわけで、つまり小型軽量化は高性能化するのが大変だし、トラブルへの強さといった点で弱いのは紛れもない事実。だからこそ、この高いハードルをクリアーして月面着陸を成功させれば、間違いなく日本の技術力は世界的な評価につながるというわけだ。
また月へ向かうためには、地球を周回する人工衛星軌道よりも多くの推進剤が必要となるが、極力その搭載量を抑えるため、金星探査機「あかつき」で採用されたセラミック製スラスターの高性能化・高信頼性化で燃焼効率を上げることで対応するとしている。
金星探査機あかつき。機体下部にあるのがセラミック製のスラスター。(c) JAXA
ただし、あかつきのセラミック製スラスターは当初の金星軌道投入時に破損してしまって、信頼性の点で問題があったのも事実。それでも、そうした失敗も糧として、ぜひ月面着陸に活かしてほしいところである。
今回のSLIMの開発総資金は180億円、打ち上げ~着陸は2019年から2020年を予定している。
2016年8月1日(JAFメディアワークス IT Media部 日高 保)
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