[菰田潔]完全自動運転の未来なんて来ない
ここでは、新聞やテレビなどの報道では語られることのない、自動車まわりの本当の話を解説。解説するのは、自動車ジャーナリスト業界の重鎮、菰田潔氏です。
一般の人の素直な思い違い
世間では、まもなく自動運転が普及して、寝ていても目的地に着けるようになると思っている人がたくさんいる。自動車教習所の経営者は、今後運転免許が不要になったら会社が経営できなくなると心配する。
安倍首相が「東京オリンピックでは自動運転のクルマがたくさん走っている!」と世界に発信したものだから、政府も自動車会社も自動運転車の開発に全力投球しているのも事実だ。
しかし東京オリンピックどころか、それから10年、20年経っても完全な自動運転車は”発売”されないと個人的に思っている。
そもそも、自動運転とはどういうことか?
自動運転をどう定義するかによって、その実現がどこまで可能かは大きく変わってくるが、完全な自動運転の移動手段(乗り物)は、現在エレベーターが当てはまると思う。
幼稚園児でも高齢者でも区別することなく、目的地のボタンを押せばそこまで連れていってくれる。エレベーターに乗るために免許は要らないし、直感的に操作できる。一般的には高い安全性も確保されているのがエレベーターだ。
これをクルマに置き換えると、ナビのスイッチを押して、あるいは音声によって目的地を設定したら、あとは自動的に目的地まで連れていってくれるというのが筆者の考える完全な自動運転車だ。
なぜ完全自動運転が無理なのか?
エレベーターの場合、もし事故があっても乗っている人には責任がなく、その責任は製造元やメンテナンス会社、管理者が負う。ということは、完全な自動運転になれば運行はドライバーに一切責任がなく、事故の場合の全責任は自動車会社などが負うことになる。自動車会社は年間何百万台ものクルマを製造しているが、その内の10%が自動運転になったとしても、その事故の全責任を自動車会社が持てるのかは疑問だ。さらに、保険会社が完全な自動運転車を担保できるのだろうか。カーメーカーがすべて保証してくれる完全な自動運転車なら保険もかけなくて済むはずだ。
悪いメンテナンス状況、部品の故障、プログラムでは考慮されていない運転環境などでも安全に走ることができないと、完全な自動運転車とはいえないだろう。
完全な自動運転なら出先でお酒を飲んだ場合でも、自分のクルマに乗って帰ることができる。ゴルフに行くのに家からは運転していき、お昼にビールを飲んだとしても、クルマで帰ることができるのだ。あるいは運転免許を持たない小学生でも塾にクルマで行けることになる。
現実的な自動運転の着地点
いま考えられるのはこんな完全自動運転ではなく、高速道路の本線に乗ったら、目的地のインターチェンジでランプウェイに出る前までは自動運転できるような半自動運転である。その可能性なら十分想像できる。ただしその場合、ドライバーは周囲を注視し、いざというときには制御をクルマからドライバーに切り替える必要があるはずだ。もちろん、ドライバーの運転免許は必須である。
将来の技術に対して否定的なことを書いたが、自動運転に向かって開発された技術は、過渡期におけるドライバーのアシストとしては素晴らしい先進安全装備になり得る。たとえば走行中にドライバーが気を失ったときでも、周囲にぶつからないよう路肩へ停止するまで自動で運転してくれるということはできるだろう。またドライバーがついうっかりというケースであっても、事故にならないようブレーキやハンドルをクルマが自動で制御して安全な方向へ誘導するという技術にはなり得る。そういう意味では、技術の発展は歓迎だが、過度の期待から思い違いをしないよう、ユーザーも冷静な目をもって自動運転を考えてほしいと思う。
2017年9月1日(モータージャーナリスト 菰田潔)
菰田潔:モータージャーナリスト。1950年生まれ。 自動車レース、タイヤテストドライバーを経て、1984年から現職。日本自動車ジャーナリスト協会会長 / 日本カー・オブ・ザ・イヤー選考委員 / 一般社団法人 日本自動車連盟(JAF)交通安全・環境委員会 委員 / 警察庁 運転免許課懇談会委員 / 国土交通省 道路局環境安全課 検討会 委員 / 一般社団法人 全国道路標識・表示業協会 理事 / NPO法人 ジャパン スマート ドライバー機構 副理事長 / BMW Driving Experienceチーフインストラクター / 運送会社など企業向けの実践的なエコドライブ講習、安全運転講習、教習所の教官の教育なども行う。