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ライフスタイル最終更新日:2017.12.13 公開日:2017.12.13

最終回  いにしえの土地を伝えるお菓子  ●さつま焼

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大阪の町については、まったく詳しくないのですが、行く機会があると、デパートの食品売り場ひとつとっても、底知れぬパワーのようなものを感じます。その勢いと賑やかさ、品物のボリュームは東京にはないもので、圧倒される反面羨ましくもあり、興味深く過ごせるのが、私にとっての大阪です。

この連載の最後に訪ねた末廣堂がある地域は、大阪市の中でも南で、堺市の少し手前、住吉大社が中心にある界隈。途中の恵比須町からは、地元で”ちん電”と呼ばれて親しまれている路面電車が走る街でもあります。
住吉名物とも言える「さつま焼」は、昔は海岸沿いの砂地だったこのあたりがさつまいもの産地であったことから、末廣堂初代が考案したお菓子です。二口で食べられるくらいの小振りな焼き菓子は、まあ何とも美味しそうに艶のある焼き色。中にはこしあんが詰まり、周りは小麦粉の生地。実はさつまいもは使わず、形を模したお菓子なのです。四代目の齋藤裕昭さんによれば、今ではさつまいも餡も仲間入りして、二種類楽しめるとのこと。素朴ながら、普段にもよそ行きにもなるお菓子です。

末廣堂がある住吉大社周辺は、かつてはすぐ近くまで海岸だったそうです。住吉大社の西側、国道26号のあたりまでは海で、住吉大社は、航海安全の神様として海に関わる人たちの守り神でもあります。今では、すぐそこまで海岸線が広がっていたとは想像しにくいですが、南海本線・住吉大社駅の一つ北側の駅は「粉浜(こはま)」。昔の名残は、地名に残っているというわけです。実際に、砂地であったことは、近隣でマンションなどの工事があるときにわかるそうです。
どの神社やお寺もそうだと思いますが、住吉大社は地元に愛される散歩道でもある神社。大木が多く、木陰や池や太鼓橋の雰囲気は清々しい。よく見られる長い参道は見当たらず、”ちん電”と呼ばれて親しまれている阪堺電軌阪堺線・住吉鳥居前、南海本線・住吉大社、南海高野線・住吉東の3つの駅の真ん中に位置しています。駅が近いこともあり、参道がないのが特徴。そのかわりに大きな森が目の前にあるような感じもします。”すみよっさん”と親しみを込めて呼ばれ、西側の住吉公園も含めて、この辺りの中心であり憩いの場所になっているようです。

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末廣堂

住吉大社の少し北側、大通りに沿った場所に末廣堂があります。「住吉名物 さつま焼」とあるように、約150年の間変わらず作られてきたお菓子が、かつて住吉で盛んに栽培されていたさつまいもを象(かたど)ったお菓子。住吉産の蒸し芋は、門前町で売られていた参拝者に人気のおやつ、お土産だったのでしょう。その昔の銘産品だったさつまいもを今に伝えるお菓子でもあります。

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自家製のこしあんを小麦粉の皮で包み、竹串に刺します。艶出しの卵黄を塗って、下からは電気の熱で、上火はガスを使って職人が一本ずつ焼き上げているそうです。揃った形、自然な、しかし同じようにこんがりといい色のこの小さなお菓子は、今でも手作りで丁寧に焼かれているのでした。

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さつま焼というと、あんか皮にさつまいもが使われているのではないか?と錯覚してしまいそうですが、実はそうではなく、色と形でさつまいもを表しています。少し斜めに切ると、竹串を刺した跡が小さな穴になって残っています。焼き菓子の香ばしい香りとこしあんのすっきりした味は、一つと言わずいくつでも食べられそう。
こしあんだけだったさつま焼も、ここ近年仲間ができて、こちらは名前の通りのさつまいものあん。白あんと鳴門金時を合わせたもので、少し粘りのある感じがさつまいもの個性が出ていて、こしあんと好対照です。ますます一つでは済まなくなりそうです。

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末廣堂の包装

いつものことですが、末廣堂でも包装の意匠が気になりました。 変わらず使われている包装紙や全体の意匠は、お店にとっては当たり前のことなので、わざわざ聞いて驚かれることもあります。変わらないということ自体が、最近は相当珍しく貴重なことでもあるので、ついいろいろと質問してしまいます。
白地に賑やかな柄は何かといえば、住吉大社で長く伝承されている「住吉おどり」だそう。しおりに大きく描かれているのは、お正月や夏祭りの時の縁起物である麦わら細工。何やら陽気で楽しい雰囲気の包みを開けると、竹皮の籠のような蓋つきの容れ物が現れます。もちろん、紙箱もありますが、この籠がなかなかに風情のあるもので、さつま焼が十本入った周りを覆うのは、香りのいいヒバの葉。素朴で美しいラッピング方法だと思います。ぜひこれを贈り物にしたくなりました。

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末廣堂のお菓子には、可愛らしい最中もあります。これも、この地域が海に近かったことを表すような、貝殻の形。大きさといい、なんとも言えず親しみの湧く最中です。こちらも創業時からあるお菓子だそうです。

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「神饌」

もう一つ、特筆すべき美しいお菓子があります。それは、住吉大社で一部の祈祷を受けた時にいただく「神饌(しんせん)」。といっても、本当に可愛らしい三つの干菓子です。末廣堂ではお汁粉も商品の一つとして販売されていますが、器に入れてお湯を注ぎ、混ぜるとお汁粉になるという、気の利いた神様の食べ物です。
小豆色のちょっと餃子のような形は「ふと」、フットボール型のような白い「まがり」、そして月を見上げていそうな白兎は、住吉大神が卯年の卯月、卯の日にこの地に御鎮座したことが由縁だそう。一つずつがしっかりした大きさで、お汁粉一杯分になるそうです。ぜひ祈祷していただきたくなってしまう、美しく有り難いお菓子です。

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さつま焼をたくさん買って帰りました。たった一つ手渡しても大喜び、二つでも一箱でも、顔がほころぶお菓子です。器によっても感じが変わるもの。織部の緑にも、輪花の白磁にも、洋皿にも違和感なく収まる小さな焼き菓子は、和菓子とか洋菓子とかのジャンルを超える、誰もが嬉しくなる美味しさという気がします。
お煎茶、ほうじ茶、紅茶、中国茶。もちろんコーヒーにも美味しい素直でシンプルなお菓子。お菓子の本質は、そういうものだと思うのです。

長年、さつま焼を作って来られた齋藤安広さんと裕昭さん親子は、住吉の土地と住吉大社を愛し、住吉のお菓子と言えばさつま焼が思い浮かぶような、土地に根付いた仕事をされています。
店内には感謝状等の賞状が数えきれないほど。煌(きら)びやかなものではなく、素朴で誰にも親しまれそうなお菓子に対しての賞状というところが素晴らしい。
普段着のお菓子に見えて質がいい、上等であるという証だからです。
そんなお菓子を、これからも探しに旅を続けたいと思います。

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●御菓子司末廣堂
大阪市住吉区東粉浜3-12-14 ℡06-6671-4428
【営】9:00~19:30【休】無休
さつま焼1個140円(税別)

写真・文○長尾智子
料理家。雑誌連載や料理企画、単行本、食品や器の商品開発など、多方面に活動。和菓子のシンプルさに惹かれ、探訪を続けている。『毎日を変える料理』ほか著書多数。

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