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連載最終更新日:2023.06.14 公開日:2020.08.20

『イタリア発 大矢アキオの今日もクルマでアンディアーモ!』第7回 「えっ、たったこれだけですか!?」イタリア最新AT事情

あなたはAT派? それともMT派? イタリア在住のコラムニスト、大矢アキオがヨーロッパのクルマ事情についてアレコレ語る連載の第7回目は、イタリアにおける最新AT事情について。

文・大矢アキオ(Akio Lorenzo OYA)
写真・Akio Lorenzo OYA

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イタリアではAT車の比率が年々上昇しているものの、小型車ではまだ圧倒的にMT車が主流だ。写真のフィアンメッタさんも、フィアット500のシフトレバーを鮮やかに操る。

イタリアではAT車の比率が年々上昇しているものの、小型車ではまだ圧倒的にMT車が主流だ。写真のフィアンメッタさんも、フィアット500のシフトレバーを鮮やかに操る。

ギアチェンジするのが面白いのよォ

日本では年間乗用車総販売台数のうち、AT(オートマチック)車の比率が限りなく100%に近くなって久しい。いっぽう、筆者が住むイタリアでは新車登録台数のAT比率は20.4%だ(2017年 出典:FCA)。

日本に住んでいる読者からは「えっ、たったコレだけですか!?」という声が聞こえてきそうだ。しかし筆者個人としては、ずいぶん普及したものだというのが率直な感想である。今日に至る経緯を知っているからだ。

1996年、筆者がイタリア中部シエナで生活を始めたときのこと。公共交通機関の未発達に辟易して車を買おうと思い立った。ただし、30歳で一念発起してやってきた留学生である。新車など買える予算はない。中古車一択であった。

ヨーロッパはMT主流であることを知っていたものの、実際に探してみると、ATの中古車探しは想像を絶する困難があった。ディーラーでも中古車専売店でも、AT車が並んでいることはほとんどなかった。地元新聞の「売りたし」欄も、目を皿のようにして読んだ。おかげでイタリア語の読解力が僅かに向上したものの、やはりAT車は見つからない。

バスを乗り継いで行った自動車販売店で探しあてたのは、フィアットのCVT式AT車だった。だが、車内を見せてもらうと、さまざまな補助器具が付加されていた。どうやらハンディキャップをもった人が前オーナーだった。販売員は「器具は簡単に取り外せるよ」という。しかし、4輪ともタイヤの空気が抜けているのを見て、かなり長く放置されていたと想像した。加えて、シートにタバコの焦げ跡がいくつもあるのを発見するに及び、購入をあきらめてしまった。

その日以後、街で車椅子マークが付いている駐車スペースの車をチェックすると、ボルボの「66」「300」といったCVT式AT車が多いことに気づいた。知り合いのイタリア人に聞くと、「2ペダルのATは脚に障がいのある人が多く乗っているんだよ」と教えてくれた。イタリアでは第二次大戦中、外地で地雷によって脚を負傷したり失ったりする人が多かったことも、少なからず影響していることがわかってきた。

それはともかく、驚いたのは、彼の脇にいた夫人、というかおばちゃんの言葉だった。東京で免許を取得して以来、自分の車はほとんどATだった筆者が「AT車が見つからない」と嘆くと、彼女は「何言ってるの? 車は、ギアチェンジするのが面白いのよおォ」と、変速するジェスチャーとともに叫んだ。

彼女以外にも、筆者のぼやきに、多くのイタリア人が同様の反応を示した。テレビのCMもしかり。日本ではとっくにAT仕様しか輸入しなくなっていた高級車でも、颯爽とMTを変速するシーンが映しだされているではないか。MT好きな人々が多いことを示していた。

2008年のアルファ・ロメオ販売店の風景。当時同ブランドは、シーケンシャルAT「セレスピード」をカタログに載せていたものの、実際の店頭に並ぶ中古車にはほとんどなかった。

2008年のアルファ・ロメオ販売店の風景。当時同ブランドは、シーケンシャルAT「セレスピード」をカタログに載せていたものの、実際の店頭に並ぶ中古車にはほとんどなかった。

 やがて自動車に詳しいイタリア人やディーラーの販売員と話すうち、「運転の楽しさ」以外にもATの人気が無いさまざまな理由が判明してきた。列挙すると以下のとおりである。

・AT仕様の追加料金が高い
・大都市以外、交差点の多くがロータリー式(ラウンドアバウト)である。したがって信号によるストップ&スタートが少ない。MTであっても変速する回数が少ないので、苦にならない
・都市部以外、渋滞が少ない
・走行距離が20万km前後に達するまで乗り続けるユーザーが少なくない。ATだと、その間オーバーホール費用が掛かる
・公共交通機関が発達していない地方都市に住んで通勤に使用すると、年間走行距離が3万kmに達することも珍しくない。MTとATでは燃料代負担にそれなりの差が生じてしまう。

……といったものだった。

今日でもイタリアでは、中身が露出するほど摩耗したMTシフトノブを頻繁に見かける。この車は、すでにオドメーターが20万kmを超えていた。2020年7月撮影。

今日でもイタリアでは、中身のスポンジが露出するほど摩耗したMTシフトノブを頻繁に見かける。この車は、すでにオドメーターが20万kmを超えていた。2020年7月撮影。

 これでは、ATの中古車を探しても無駄だ。結局、筆者が2台のMT車を経てAT車を手に入れたのは、在住10年目であった。それも、我が家から380km離れた北部ミラノにあるメーカー認定中古車センターだった。当時、筆者が住む中部のシエナよりも、まだAT車を見つけられる確率が高かったからである。

「乗らず嫌い」も潜伏中?

もちろん、イタリアでは2020年の今日でもMT車がマジョリティである。まだ約8割がMT車なのだ。

シエナにあるポピュラーブランドの販売員は、「AT車は、今もほとんど売れない。大都市のように発進・停止が少ないから」と語る。広告で「9,999ユーロ・支払い開始は2か月後」といったキャッチーなキャンペーンも、広告の細かい注釈を確認すれば十中八九MT仕様のものである。

車種によっては、まだAT仕様の価格が高い。たとえば1リッター級のクロスオーバー車「シュコダ・カミック」の6段シーケンシャル・シフト仕様は、1500ユーロ(約19万円)の追加だ。別のセールスパーソンは「今でも顧客の多くは、ATに費用を投じるくらいなら、その金額をアルミホイールにかける」と証言する。

筆者の知人である商店経営者ドメニコさんも、「自分は免許を取得したのがMTだから、MTのほうが良い」と語り、今狙っている新型ルノー・キャプチャーも、必ずMTにするという。

参考までにイタリアでは欧州基準に準拠するかたちで、2013年からAT専用免許が導入された。だが、広く認知されるまでには至っていない。また、第1回に登場したイタリア氷上スピード選手権で活躍中のアルベルトさんも、「快適なのはわかっているが、今はMTのほうが好き」と話す。

それでも、冒頭のように、新車登録される車の5台に1台がATとなった。その比率は高価格車になるほど高くなり、Dセグメントの車両の場合、2012年には40%だったものが今日、約70%がATという。第4回で協力願ったドイツ系プレミアムブランドを扱うサービス工場の社長マルコ・ナルディ氏も、「お客さんの車は、もはや9割がAT」と証言する。

イタリアにおけるAT普及は、目下プレミアムブランドが主導している。

イタリアにおけるAT車の普及は、目下プレミアムブランドが主導している。

 背景には、セールスパーソンが顧客にアピールするに足るAT車の燃費 ・性能・信頼性向上とともに、以下の背景があったと筆者は考える。

・一部ブランドがMTとAT仕様の価格を同一にしたこと
イタリアでは2017年にはFCAとルノーが、相次いで一部車種に同一価格を導入した。
・ダイムラー社製のシティカー「スマート」の都市部における成功と、日本ブランドに代表される低燃費ハイブリッド車の普及。つまり、コンパクトなサイズや低燃費(とイタリア版エコカー補助金)を享受するためには、AT車しか選択肢にないモデルが登場した
・”車を操る”ことへの興味の低下
イタリアの65歳以上人口は2017年に22.3%で、ヨーロッパで最も多い。たとえば2020年に68歳のイタリア人が免許を18歳で取得したのは、第一次石油危機前の1970年だ。自動車のパフォーマンスを存分に謳歌できた彼らの世代だが、もはや車を操作する楽しさよりも、移動の快適さを優先する年齢になってきた。

加えて、AT車ユーザーの話を聞いてみると、「乗らず嫌い」も少なくなかったことが窺える。前述のドメニコさんの義父で、アントニオさん(60代)が良い例だ。「最初は試乗することに躊躇していたが、乗ってみたら至極快適だった」。以来ボルボXC90、そしてSUVシュコダ・カロックと、今日までAT車を乗り継いでいる。

また、税理士(50代)は、知人のレンジローバーを運転させてもらった際にATを体験したのがきっかけだったという。今では「家族が所有する4台中3台がAT車ですよ」と教えてくれた。

ある女性が乗る初代スマート。走行11万km。ATのセレクターレバーも、それなりに風合いが。イタリアでATファンは徐々にではあるが着実に増えつつある。

ある女性が乗る初代スマート。走行11万km。ATのセレクターレバーも、それなりに風合いが。イタリアでAT車ファンは徐々にではあるが着実に増えつつある。

 ところで、土産物店主のドゥッチョ君は、目下アウディA3のMT仕様を通勤の足としている。その彼も「次に車を買うときは、4WDのAT車にしたい」という。4WDというのは、数年前結婚した夫人の故郷がスイスで、スキーをたしなむようになったことが多少なりとも影響しているようだ。

4WD+ATのコンビネーションと聞いて、日本ブランドの名前を即座に筆者は挙げた。ついでにいえば、彼の父親もここ10年以上、そのブランドの車を愛用している。しかし、ドゥッチョ君はたちまち首を振った。「良いのは充分わかっているけど、スタイルがちょっと……」。たとえメカニズムが優秀でも、自らのセンスと合わないものに違和感を唱えるところが、いかにもイタリア人らしいではないか。

カルロ氏は日産リーフを早くから購入。日頃の足に使ってきた。将来はEVもATの普及を後押しするだろう。

カルロ氏は日産リーフを早くから購入。日頃の足に使ってきた。将来はEVもAT化を後押しするだろう。

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