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クルマ最終更新日:2019.04.01 公開日:2019.04.01

菰田潔の【平成を振り返る~自動車業界大変革~】

自動車業界をつぶさに見てきたモータージャーナリストの重鎮、菰田潔氏。平成が終わろうとしている今、菰田氏は、平成を代表する自動車技術をランキング形式で振り返った。

菰田潔

 新元号「令和」が発表され、いよいよ平成の終わりが見えてきました。この平成の30年間にクルマとそれを取り巻く環境は激変し、新しい課題も浮かび上がってきています。そこで、私なりに考えた、平成に誕生(あるいは普及)した、自動車業界に大きく影響を与えた事象をランキング形式で紹介したいと思います。

第1位 トヨタ・プリウスの登場

 世界初の量産型ハイブリッド車(HV)がプリウスです。1台のクルマの中にエンジンとモーター両方を載せたところが非常に画期的でした。単純に搭載するだけならどのメーカーでも比較的簡単にできます。ところが、これをパワーソースのいいとこ取りをしながら違和感なく走らせるとなると非常に難しい。それを、トヨタはプラネタリーギアを介在させるアイデアで解決しました。このギアの仕組み自体は大昔からあって、特許もとっくに切れていました。けれど、その仕組みを使いこなせていなかった。それを使い物になるように開発してエンジンとモーターをうまく制御できるようにしたのです。

 この制御がうまくできたからこそ、減速しているときに発電して電気をバッテリーに蓄える。それを次の加速するときにモーターに使う。減速エネルギーを回収する手立てができました。

 その結果、エンジンがかかっている時間を短くすることができ、燃費を大きく向上させられたことも、とても画期的でした。エンジンだけでも走れるし、モーターだけでも走れる。エンジンとモーターを併用しても走れる。HVは、今でこそ世界中のメーカーが取り組んでいますが、トヨタはこれを20年以上前に市販したのです。振り返って考えると相当な先進性を持っていたということです。

 そしてトヨタは、ここで得たハイブリッド技術でもって大量に特許を持つに至るのですが、この特許を他メーカーも自由に使っていいですよというスタンスを取っていたんです。トヨタはそれほど本気でHVを普及させようと思ったわけです。ハイブリッド技術は、メーカー各社は当初「そういう技術もあるよね」程度のスタンスでしたが、今やなくてはならない技術になりました。

 このプリウスを作ったからこそ、水素自動車(FCV)も作れました。FCVも実はハイブリッド車です。FCVは水素を空気と反応させて電気を作ります。この電気をバッテリーに蓄えることもできますが、発電した電気を直接使うこともできるわけです。つまり2系統から電気が供給されていて、ここにもHV技術が活かされ、必要な時に必要なだけパワーが取り出せるということになっています。トヨタもプリウスがなければ今のFCVはできなかったと明言しています。

 そしてバッテリー容量を飛躍的に大きくして、かつ外の電源からも充電できるようにしたPHEVの誕生へとつながっていくことを考えると、プリウスの果たした功績はあまりにも大きいと言わざるを得ないのです。

第2位 ブレーキ制御技術の進化

写真はイメージです

 クルマの走行安定性を高めることで事故を減らす。この目的を持った技術の中で欠かすことができないものに、ABSのようなブレーキ制御技術があります。

 平成になった当初、ABSは日本車にはあまり付いていませんでした。走行安定化技術としては、エンジンを制御するトラクションコントロールが平成前から普及していました。これは、クルマがホイールスピンをしたときに、エンジンの出力を絞ることでタイヤの空転を抑制し、車体を安定させるというものです。

 一方で、平成に入って以降に爆発的に普及したのがABSです。そう、今はこれほど有名なABSも、平成元年当時は普及していなかったんですね。覚えていますか? ABSは、ブレーキを強くかけ過ぎたときにタイヤがロックして、クルマをコントロールできなくなる状態を防ぐ目的で採用されました。ABSが搭載され始めたころは、制動距離が長くなる場合がありこれが問題視されましたが、現在はむしろABS作動時のほうが短い距離で停止できるほど進化しました。

 そして、これをさらに進めて、四輪にあるブレーキをそれぞれ別個に制御して制動することで、ハンドルが向いている方向に車を曲げるという技術が登場します。合わせてエンジンの出力制御も行う。これがESCです。これらのブレーキ制御技術の登場で事故が大幅に減ったとみられています。事故を低減させる効果があるからこそ、ESC搭載車の任意保険料が安くなっているのです。

 ドライバーのミスを助けて、事故を未然に防ぐという意味では、これら技術の進歩は画期的な出来事だったと断言できます。

 そして、平成のブレーキ技術の進化はこれで終わりません。自動ブレーキの登場です。車外を監視するカメラやレーダーが必要になります。そしてそもそもクルマの状況が危ないのか危なくないのかを考えて実行する「頭脳」も必要です。自動ブレーキもクルマにとって大きなステップアップです。ですが、まだ未熟なところがあり、万能ではありません。この進化が次の時代の課題と言えるでしょう。

第3位 SRSエアバッグとチャイルドシートの普及

 第2位が事故を未然に防ぐ技術でしたが、こちらは事故が起きてしまった後に、人をどう守るかの仕組みです。エアバッグやチャイルドシートも昔からある仕組みでしたが、平成に入って広く普及しました。

 衝突したときに風船のように膨らんで乗員を守るのがSRSエアバッグです。この普及によって、それまで死者を出すような事故になっていたようなケースでも、負傷する程度で済むことが多くなりました。注意点は、実はエアバッグだけでは乗員を保護する効果が限定的なことです。まず乗員がシートベルトを装着していることが前提で、その上でさらに保護性能を上げるのがSRSエアバッグです。だからSupplemental Restraint System=補助拘束装置という名前になっているわけです。

 実は、エアバッグは時速25km以下では作動しません。ところがドイツのデータでは、事故の75%が時速15km以下で起きているとされています。つまり、事故の75%はエアバッグが開かないわけです。ほとんどの場合エアバッグが開いていないのになぜ助かるのか。これはシートベルトをしているからなんですね。非装着の場合、時速15km以下でぶつかっても状況によって乗員が死亡することがあります。そして、シートベルトをせずにエアバッグが開くとどうなるか。これは乗員がフロントエアバッグを簡単に飛び越えてしまい、効果がほとんどないのです。逆説的に、シートベルトをしていても助からないような事故を起こしたときに性能を発揮するのがSRSエアバッグだということができるのです。

 それからシートベルトには乗員の車外放出を防ぐ役割もあります。事故や転落などで乗員が車外に飛ばされたときの死亡率は50%といわれています。車外放出されるとエアバッグは無力です。

 そしてチャイルドシートです。これはシートベルトと同義です。詳しくいうと、大人の体に合わせて作られているシートベルトを、子どもの小さい体にも有効にするための装置です。平成に入ってから着用が義務化され、日本の法律は6歳未満の幼児は着用しなければならないとなりました。では、小学校に入ったら装着しなくてもいいのかというと、決してそんなことはありません。ほとんどの子どもの場合、まだまだ大人用にできたシートベルトは合わないのです。腹部にかかったベルトでの内臓破裂や、首にかかったベルトでの頸動脈断裂など、被害が非常に大きいからです。ですから、チャイルドシートでかさ上げして、シートベルトが凶器にならない適正な位置に座らせなければなりません。小学校の高学年になっても身長が明らかに足りない場合は、チャイルドシートに座らせるべきです。国内の調査でも6歳を過ぎるチャイルドシートの着用率がぐんと下がることが明らかになっています。着用率を上げていくことが平成後の課題です。

第4位 高速道路関連の取り組み(ETC・高規格舗装・最高速度120km/h)

 ETCは、ETCカードと機器を搭載して無線通信によって高速道路料金を支払う仕組みです。これによって料金所を止まらずに通過できるようになりました。ETCは、平成に入ってから運用を開始されました。メリットはもちろん渋滞が少なくなったことです。かつて料金所では必ず停止して料金を支払っていました。ですから、交通量の多い高速道路では、当然料金所で渋滞が発生していたわけですが、ETCの登場でこれが大幅に減少しました。それと、一時停止しないのですから燃費も良くなります。一台当たりの燃費向上はわずかでも、高速道路を通過する何十万台分ものクルマに換算すれば、相当のCO2排出量を低減できているとみられます。

 問題点は、安全面です。ETCカードの有効期限切れとか車載器の不調によってゲートのバーが開かないことがあります。このため慌てて止まった時に後続車に追突されてしまうという点です。正しい対処法は、無理に止まらずに安全なところに行ってから道路管理者に連絡します。危険を冒してまで無理に止まる必要はないのです。ちなみにスペインでは、ETCが有効でない場合、本線に乗る前に退避して現金で支払いができる場所が設けられています。この仕組みは非常によくできているので、日本でも導入してもよいのではないかと思っています。

写真はイメージです

 高速道路の舗装はこれまで、雨天時にクルマが通過すると水しぶきが盛大に上がっていました。これでは視界が悪く危険だということで、水はけが悪い場所を中心に高規格な透過性舗装が広まってきました。この舗装ではハイドロプレーン現象も起こりにくいので、より安全になりました。この雨を溜まらせない舗装は、まるで「雷おこし」のような
構造になっているので、出始めのころはもろかったんです。何年も持たないので年中舗装をやり直してばかりいました。ただこれも、日本の技術の進歩によって改善が進み、現在ではとても強い舗装になった。この夢のような舗装が出来上がって普及したのも平成です。

 高速道路では現在、一部区間を時速120kmで走行してもよいという取り組みが始まっています。今の日本の法定最高速度は一般道は時速60km、高速道路で時速100kmになっているにも関わらず、それを破って走行できるということが画期的なところです。

 現在の道路の環境と車の性能があれば時速120kmで走ることができますが、問題点はドライバーの意識がそこに合わせ切れていないということです。例えば時速120kmの制動距離は時速100kmの時と比べておよそ30mも長くなります。30mというと、ドライバーからすると「狙ったところに止まれない」という感覚を持つほどの距離です。制動距離だけではなく、クルマの挙動も敏感になってくるのでそれなりの運転技量も求められます。ドライバーへの教育がない状態のまま全線時速120kmになるのは危険が大きいとと危惧しています。

第5位 ライト類の進化

 ライトは明るければ安全、ということだけでは片づけられません。明るくすればそれだけ電気を使うわけです。電気を使うということは、燃費が悪くなるということです。ヘッドライトが昔のタングステンライトからハロゲンになりました。ハロゲンは平成になってからも使用されました。その後にキセノンが出てきました。ハロゲンよりもむらなく明るくできるメリットがありました。さらにその後、明るく省電力、かつ長寿命のLEDが出てきました。平成になってから、どんどん新しい方式のライトが出て普及しました。これも視認性を高めることで安全面で大きく貢献した技術です。

 実は今、LEDライトの意外な問題点が浮び上っています。雪がレンズ面に溜まるんです。これまではライトの発光体が主な熱源になって付着した雪が溶けていたのですが、LEDはその発光体自体があまり熱くならない。それで、テールランプが見えなくなるという弊害が出てきています。降雪時は視界が悪いので、追突の危険が非常に高くなることが分かってきています。昔のタングステンライトの時には考えられなかった問題です。ここで別に熱源を設けて温めたとすると、それに電力が食われるのでLEDの省電力分が相殺されてしまう。物事の本質には、メリットがたくさんある裏側にはデメリットも必ず存在するということを改めて実感しました。

 そしてこのLEDライトに加えて、今最新なのがレーザーライトです。時速75km以上でかつ先行車や対向車、歩行者などがいない場面で、「スーパーハイビーム」として作動します。とても指向性が強いので手前は標準で付いているLEDライトでカバーします。驚異的なのがライトの照射距離です。昔のハロゲンは100メートルでした。今のLEDは300メートルほど。レーザーは700メートルとか800メートルといわれ、その搭載車も出てきました。比較的廉価なレーザーでも500メートルも届きます。平成に入ってかくも多くの種類のライトが登場したのです。

 時代を代表する技術の裏には、日の目を見ることなく消えていった無数の試行錯誤があります。それが無駄だったのかというと、そんなことはありません。そうした有形無形の技術や取り組みが、次の時代を作る礎になると私は信じています。そしてそれを動かす原動力は、AIやロボットなどの先端技術ではなく、私たち人間の「想い」に他ならないのです。

菰田潔(こもだきよし):モータージャーナリスト。1950年生まれ。 タイヤテストドライバーなどを経て、1984年から現職。日本自動車ジャーナリスト協会会長 / 一般社団法人 日本自動車連盟(JAF)交通安全・環境委員会 委員 / 警察庁 運転免許課懇談会委員 /NPO法人 日本スマートドライバー機構 理事長/ 国交省ラウンドアバウト検討委員会 委員/ BMW Driving Experienceチーフインストラクター / 運送会社など企業向けの実践的なエコドライブ講習、安全運転講習、教習所の教官の教育なども行う。

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