作り手が使い手であることが、魅力あるモノを作り上げる【魂の技術屋、立花啓毅のウィークリーコラム7】
「モノ作りに欠かせないのは経験だ」と立花啓毅氏は言う。経験の蓄積には、作り手が使い手であることが近道であるとも。立花氏を魅了した自転車に宿る、作り手の魂とは。
かつてマツダに在籍し、ユーノス ロードスターやRX-7などの名車を手がけた技術者、立花啓毅氏は「使い手がどうしようもなく欲しくなるモノには、作り手の熱意が宿っている」と言う。それはどういうことなのか。今回も身近な例として自転車を紹介する。自転車はクルマと比べるとシンプルな構造だが、作り手の情熱がほとばしっているモノが存在するのだ。
折りたたみ自転車の中で芸術的な美しさを放っているのが、英国の「モールトン」だ。クルマのオースティン・ミニのサスペンションで有名な、アレックス・モールトン博士が設計した自転車だ。
モールトンは今までの概念をくつがえし、小径タイヤにも関わらずフルサイズ自転車の記録を次々に塗り替えた。1986年に「AM7」というモデルに乗ったジム・クローバーが伴走車無しのクラスで時速82.5kmの世界記録を達成。続いて各地のロードレースでも優勝をさらい、もっとも過酷と言われるアメリカ横断レースで完走するなど、モールトンは芸術的な美しさを誇りながら、フルサイズ車を超える快挙を放ったのだ。
小径タイヤの構想は、1956年に始まった。その後1962年に自身の城の敷地内に工場を設立し、生産を開始した。生産といっても組み立てラインがあるわけではなく、1台ずつの手作業だ。オースティン・ミニの発表が1959年だから、小径自転車の構想も並行して行われていたようだ。
名作は高価であっても欲しくなる
モールトンは次々に新型車を開発した。種類も多く、価格もピンキリだ。最高峰のダブルパイロンはフレームキットだけで、なんと200万円もする。あまりに高価だが、それに見合った魅力は充分にある。
この自転車を知って魅力に取り付かれてからは、私の右脳が長い間、欲しい欲しいとダダをこねて収まらなかった。モールトンでも構造を少し変えて「パシュレー」に生産を委託したものは20万円台後半からある。だが下手に妥協すると芸術的美しさが損なわれてしまうように感じた。そこで一大決心をして「AM-GP Mk2」を購入した。130万円だった。
いざ走らせると、小径タイヤでありながら路面を舐めるように捕らえ、実に滑らかにまるで絹の上を走るかのようだった。トラスフレームはねじり剛性が高く、足の力がそのまま推進力に変わる。ラバーサスが前後に付いているが、力が抜けることはほとんどない。勿論、坂道で立ち漕ぎをするような時はサスが逃げるが、練習してサスに力を逃がさずに、車体を前に出す漕ぎ方も身に付けた。時代を超えて語り継がれる名作であると思う。
惹かれる名車に共通する理由とは
さて、その一方、私は最新技術のカーボン製の自転車も気になった。新技術を投入したロードレーサーは、これまた魅力的なのだ。カーボン製は最近、数多く出ているが、特に気に入ったのがドイツ製の「フォーカス」である。
フォーカスは1992年にシクロス・レースで世界チャンピオンに輝いたマイク・クラッジが創設したメーカーで、コンセプトは「レースで勝てる自転車を開発する」とある。まさに最先端技術を搭載する優れものだ。何しろツールドフランスで区間優勝を果たしたモデルそのものを市販している。重量は7kg。軽いというだけでなく、まさにペダルの力がそのまま推進力に直結しているかのように走るのだ。このロードレーサーも先のモールトン同様、乗り手がどのように走りたいのかをよく分かっているのである。
今回まで3回にわたって紹介した自転車は、いずれも設計者自身がレースに参戦し、手に油した技術屋が、こだわって設計したものだ。自転車のように変えようもないほどシンプルな構造でも、作り手の情熱がオーラのようにモノに宿って、それを使う者に伝えてくる。それに私の右脳が反応し、欲しい欲しいとダダをこねる。その結果、断捨離どころか自転車もバイク、そして骨董品も増えるばかりとなっている。
立花 啓毅 (たちばな ひろたか):1942生まれ。商品開発コンサルタント、自動車ジャーナリスト。ブリヂストン350GTR(1967)などのスポーツバイク、マツダ ユーノスロードスター(1989)、RX-7(1985)などの開発に深く携わってきた職人的技術屋。乗り継いだ2輪、4輪は100台を数え、現在は50年代、60年代のGPマシンと同機種を数台所有し、クラシックレースに参戦中。著書に『なぜ、日本車は愛されないのか』(ネコ・パブリッシング)、『愛されるクルマの条件』(二玄社)などがある。