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最終更新日:2023.07.05 公開日:2023.05.13

【フリフリ人生相談】第408話「後輩が陰で悪口を言っている」

登場人物たちは、いいかげんな人間ばかり。そんな彼らに、仕事のこと人生のこと、愛のこと恋のこと、あれこれ相談してみる「フリフリ人生相談」。 人生の達人じゃない彼らの回答は、馬鹿馬鹿しい意見ばかりかもしれません。でも、間違いなく、未来がちょっぴり明るく思えてくる。 さて、今回のお悩みは? 「後輩が陰で悪口を言っている」です。 答えるのは、後輩にはきびしそうな恵子です。

松尾伸彌(ストーリーテラー)

画=Ayano

こういう人が増えた

今回のお悩みは、会社の後輩に関する話です。
仲よく仕事をしていたと思っていた後輩が、実は自分のことをまったく評価していなかった、どころか、陰で悪口を言っていた! さて、どうします?

「30代です。会社ではチームリーダーのような役割です。後輩社員のAが、最近、べつのチームに異動になりました。そのチームのリーダーは私と同期のBです。Bがあるとき、私にこんなことを教えてくれました。ミーティングの席で、Aが私のことをボロクソに言っていた、と。
『頑固で偏屈でわがまま。だから、あの人の前では、自分はしっかりと意見を述べたことがない』
私に不平不満があるなら、私に直接言ってくれればいいのに、と、悲しい気持ちでいっぱいです。この気持ちをどうすればいいのか、アドバイスをください」

他人の悪口問題ですね。
学校でも会社でも、きっとよくある話だと思います。最近ではSNSでまったくの赤の他人がボロクソにディスるなんてことも話題になりますが、会社の後輩の場合、どこの誰だかわかっているだけに、複雑でせつないものもありそうです。というわけで、さっそく今回の回答者・恵子に話を持っていきました。

「これは、ひどいねぇ」
と、恵子も顔をしかめます。仕事では後輩にきびしそうです。

「恵子なら、どうする? その後輩をつかまえて、きっちり言って聞かせる?」
「そうねぇ……」
恵子は少しばかり思案顔になりました。
「昔の私なら、そうしてたかもね……って言うか、いまでも本音ではそうしたい。でも、私もずいぶん年取ってきたしね」
「え? そこに年齢、関係ある?」
年取ってきたというわりには老けた様子もない恵子ですが、つまり、プライベートでも仕事でも、いろんな経験を積んできたってことかもしれません。

「そもそも……」
と、恵子は苦笑交じりに言います。
「そのAっていう後輩はさ、べつのチームリーダーには正直に、こうだったって話をしてるわけよね」
「そうね。ふつうに想像すれば、自分の言った悪口は本人に筒抜けになるって考えるよね。実際、そこのリーダーのBは相談者と同期なわけだし」
「そうなのよ。そうなの」
と、なぜか、そこで恵子はみょうに納得顔をしたのです。

「最近の若い子っていう言いかたはしたくないけど、ほんと、人間関係を理解してない人が多い気がするのよね」
「ほう、恵子としては、このAって後輩は人間関係を理解してないってことなのね。たんに失礼なやつとか不注意とか頭がまわらないとかではなく……」
「まぁ言ってしまえば、そういうことよ。失礼であり不注意であり人間関係の機微に頭がまわらない。無頓着というか……。そういう人が増えている気はする」
「うーん、それって世代ってこと? デジタルネイティブなんて世代だから、アナログな人間関係には頓着しない」
「知らない」
素っ気なく言って恵子は肩をすくめます。
「そういうむずかしい話はわからないけど、でも、間違いなく、そういう若者は増えた気がする」

なるほど。どこにでもある悪口問題だと思っていましたが、恵子はいきなりまったく新たな視線を提供してくれたような気がしました。

「じゃあさ、今回のお悩みに関しては、最近よくある話だねっていうのが結論? よくある話でも、いやなものはいやだけどね」

すると、戸惑いの表情のまま、恵子は私を見ました。

本人は素直に感想を述べている?

「人間関係の機微なんて古めかしい言いかたじゃなくてもさ、誰と誰が親しいとか、上下関係がどうなってるとか、そういう私たちにとっての”ふつう”がさ、いつの間にか”ふつう”じゃなくなってるわけじゃない? というか、このAって後輩はさ、そういうことをほとんど気にしてないんだと思う」
「まぁそうなんだろうね。だから、異動した先のチームのミーティングで、前のリーダーのことを悪く言える」
「悪くっていうのとも、もしかすると、違うかもね。いいとか悪いじゃなくて、Aは素直に感想を述べている。つまり、この相談者さんは、実は、頑固で偏屈でわがままなのよ。後輩からすれば、しっかりと意見を述べるに値しないリーダーってことなんじゃない?」
「えええ……そうくる? お悩みを送ってくれた人に、悪いのはあんたじゃないですかってこと?」
「まぁそうは言わないけどさ、少なくとも、後輩Aにとってはそうだったのよ。だから、新しいチームに入って、まず、みなさん、頑固で偏屈でわがままな態度はやめてくださいね、私が意見を述べやすい環境にしてくださいねって言ってる……」
と、そこで言葉を切って、恵子はふわりと笑いました。
「かもしれない」

うーん、どうなんだろう、と、私は頭を抱えるしかありません。ほんとのところは、どうだかわからない話です。

「でも、そういうふうに理解すると、後輩がどこかで悪口を言ってるって話も、まったくべつの側面が見えてくるじゃない? いい教訓になるっていうか……」
「確かにね、後輩Aの忌憚ない感想を耳にしたわけだからね。他人のそういう意見を聞いて、いろいろと反省したほうがいいんじゃないか、と?」
「そもそも、悪口ってそういうものでしょ? 腹の立つ悪口ほど核心を突いてるってこと、あるじゃない?」
「確かになぁ」

悪口を聞いて怒る、ではなく、その悪口を自分への正直な評価だと受け止めて、自分の態度や考えかたを改善したほうがいいのではないか、と。

「さすがに、人生の達人が言うことは違うね」
と、私は思わず冗談を口にしつつ、恵子に笑顔を向けました。

「すぐそういうこと言うね、松尾さん……って、どこかで誰かに悪口言われちゃうよ」
「へ?」
「人生の達人なんて、女に向かって言うもんじゃないのよ」
「あ、すみません」

これはもう、すぐに詫びてしまう私です。

ウラの心理から読み取れるもの

「確かに、悪口を自分への評価だと思ってしっかりと受け止めるっていうのはさ、正しいオトナの態度って気はするけど……なんか、悔しい気もするね。悪口言われるのって、やっぱりいやじゃん?」
「いやよ。言われたほうもいやだし、言ったほうのAだって、新しいチームメイトに、あ、こいつ、こういうやつだって思われちゃうわけだしね。Aのことを素直に意見を述べる優秀なやつだ、なんて評価はぜったいにないわけだから。頑固でわがままなリーダーには自分の意見を述べませんなんて宣言されても、そりゃあ、まわりは引くしかないでしょ?」
「そうだよ。引くしかない」
私は強くうなずきました。悪口を言ったほうが評価されるわけはないのです。

「でも、Aっていう後輩が、そういう人間関係のことに無頓着というか、気がまわらないのも事実でしょ? そこはしっかりと指導していかないとダメよね。Aが本音で意見を言わなくても仕事がまわっていたっていうのも、考えてみればダメな話だしさ。どういうチームなんだってことじゃん?」
「確かに」
「オモテに出てくる悪口だけ聞いて、そんなこと言いやがってって腹が立つんだろうけど、その悪口のウラにある心理に目を向けると、自分自身や組織の問題も浮かびあがってくる」
「…………」
「だから、悪口言った本人も指導する必要があるし、そもそも、その会社とか組織のスタッフの関係性や意思疎通状況みたいなものも根本的に見直す必要があるかもしれない」
「…………」
「オモテの悪口、ウラの心理……これは案外、大切で重大なヒントが隠されてるってことかもね」
「…………」

私は久しぶりに恵子を尊敬のまなざしで見つめてしまったのです。
「さすが人生の……」
と言いかけて、言葉を飲みこみました。
「うまいことまとめるね。さすが……」

「まとまってるかどうかわからないけど、よその会社に行くとさ、なんとなく、そこに漂ってる空気みたいなものを感じるじゃない? なにがどうだってことでもない、ぼんやりとした、すごく曖昧なんだけど、伝わってくるものがあるのよ。それで、ここはいい会社だなとか雰囲気がよくないなって、わかるものよ。だから、たぶん、この相談者さんの会社は、よくない空気が漂っている気がするのよね」
「後輩Aの悪口のせい?」
「それは、あくまで、オモテに出たものよ。だから、Aばかりを責めても仕方ないの。悪口のウラにあるもの……そこに目を向けるべき、だと思う」

きっぱりと言いきって、ものすごくまじめな顔で、恵子は私を見つめたのでした。
悪口を言うほうも言われるほうも、そして、そういう悪口が発生する人間関係も問題があるのではないか、と。今回の恵子の結論は実に納得できるものじゃないかという気がしました。


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