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最終更新日:2023.04.15 公開日:2023.04.15

【フリフリ人生相談】第406話「子どもが生まれるのに2台目のクルマを買おうとする夫」

登場人物たちは、いいかげんな人間ばかり。そんな彼らに、仕事のこと人生のこと、愛のこと恋のこと、あれこれ相談してみる「フリフリ人生相談」。 人生の達人じゃない彼らの回答は、馬鹿馬鹿しい意見ばかりかもしれません。でも、間違いなく、未来がちょっぴり明るく思えてくる。 さて、今回のお悩みは? 「子どもが生まれるのに2台目のクルマを買おうとする夫」です。 答えるのは、プロの人生相談引き受け人、天空です。

松尾伸彌(ストーリーテラー)

画=Ayano

クルマは男のワガママ?

今回はものすごく具体的な悩みです。悩みというか、編集部の女性スタッフの友人の話。なので「悩み」というより、ちょっと小耳にはさんだ愚痴みたいな感じです。「松尾さんなら、なんて答えます?」みたいな、そういう話。

「30代後半の主婦です。都内の賃貸アパートに住んでいます。共働きですが、現在は産休中です。
旦那は大のクルマ好きで、独身時代はスポーツカーに乗っていました。いまは高級外車に乗っています。もうすぐ子どもが生まれるので、旦那が『もう1台買おう』と言いだしました。いまのクルマは自分用なので、買いものとか家族用のクルマがほしいと言うのです。
クルマのローン、駐車場代、生活費、子どものための貯金、などなど、どう考えても家計は苦しいのに、そのうえ、もう1台なんて! 子どものために少しでも貯金したいし、先々はマイホームもほしかったのに! なんでいまのクルマじゃダメなんでしょうか? 父親になるんだから、もう少しわが家の財政事情を考えてほしい!
なんて愚痴りつつ夫と相談したところ、結局、いまの高級外車は夫の実家に置き、新しく中古の軽自動車を買うことになりました。これで解決、なんでしょうか?」

すげぇリアルでございます。女性スタッフの友人だけに、そこのうちの家庭事情が見えてくるような話です。
高級外車を所有しているのに家族が増えるからもう1台と言う夫、それが理解できない妻ってことですかね。
この話を女性スタッフから最初に聞いたとき、彼女は「愚痴りながらも旦那さんと相談して決めるって、すてきだと思います!」と、みょうなところに感心しておりました。確かに、勝手に2台目を買ってきたって話ではなさそうなので、夫婦仲は悪くないのかもしれません。

そばで聞いていた先輩スタッフは「旦那さんは愛車を他人に運転させたくないんだろうなぁ。たとえ奥さんであってもね。だから、家族の足にするなら、運転するのは奥さんになるだろうし、ってことで2台希望なのかもね」と感想を述べておりました。

という前情報がありつつ、私は天空のところに出かけたのです。実際に高級外車を所有している天空なら、今回の夫のこだわりも理解しつつ、人生相談のプロとして妻の愚痴にも答えが見いだせるのかな、と、期待したわけです。

恵比寿のマンションの一室で今回のお悩みネタを聞いた天空は、唐突に、歌いはじめました。

「ドコドンドコドン、ワァガマァマはァ、男のツミ〜♫」

どうやら「ドコドンドコドン」はイントロのドラムの音マネみたいですね。みなさん、この歌、知ってます? チューリップの『虹とスニーカーの頃』ですね。財津和夫作詞作曲、1979年のヒット曲です。イラストを描いてもらっている平成生まれのアヤノンに聞いたら「知らな〜い」って言われちゃいましたけどね。

いまの若い人は知らないけど、個人的には青春真っ只中のヒット曲です。ひとしきり歌ったあと、天空はにやりと笑って、こんなふうに言いました。
「ワガママは男の罪で、その男のワガママを許さないのは女の罪だって言い切っちゃう……なんか、なつかしいだろ」
「ジェンダー平等って言われてる現代じゃあ、ちょっと無理筋な歌詞ですよね」
「というかさ、虹とスニーカーの頃ってタイトルからしても、この歌詞自体、自分たちの若いころを歌ってるのさ。ワガママなことばっかり言ったりやったりしてたけど、いま思えば勝手な男だったよなぁ、みたいなさ」
「ああ、確かに……」
私もそのころのことを思い出したのです。ろくな恋愛経験もないくせに「男のワガママを許してやらないのは、女の罪なんだ」ってみょうにすっきりした気持ちになったものです。

うへへ。青くさいですね。

「でもさ、逆もまた真なりで……」
と、天空はおかしそうに言うのです。
「ワガママは女の罪、それを許さないのは男の罪……な、そういうふうに言いきると、それはそれで真実って気もするじゃん?」
「確かに」

「男も女も勝手なことばっかり言ってるって話だ、わはは」

明るく笑う天空に、私はちょっぴり鼻白んだ感じで聞いてみました。
「今回のお悩みに話を戻すと、高級外車を持っているのに2台目を買おうなんて言ってるのは旦那のワガママで、それを許さないのは奥さんの罪だよってこと?」

「っていうか、高級外車がすでに、旦那のワガママだよね」

天空は、ごく冷静な顔でそう言ったのです。

いい奥さんってことだね

「クルマって、そもそもワガママなもんだよ。高価だしデカいし、置く場所大変だし、維持費もかかるし……興味ない人からすれば、こんなにワガママなものはないよ」
「でも、天空さんも高級外車に乗ってるじゃないですか」
「だから、ワガママなんだって。そのスタッフの先輩が言うようにさ、愛車は誰にも運転させたくないって気持ちになるしね。自分だけの空間で、自分の好きなように自由を感じたいわけじゃん、クルマってさ。高級外車ってなると、ワガママの極みみたいなもんだ」
「なるほど」
「だから、今回のお悩みっていうかさ、編集部のスタッフの友だちの話はさ、そういうワガママな旦那の言い分を否定してるんじゃなくて、結局のところ、軽自動車を買ったってことで、実にいい奥さんってことなんじゃないの?」
「確かに」

これはもう納得するしかありません。奥さんは愚痴りつつも、しっかりと旦那と話し合って「高級外車は実家に置いて、生まれてくる赤ちゃんのために、家族用に中古の軽自動車を買う」という結論に達しているわけですから。

「今回はお悩みになってないってことですね。みんなで和気あいあいの家庭の話を聞きました、フリフリ人生相談じゃなくてラブラブ家族自慢、ってあたりがオチですね」
私は苦笑しつつ、そんなふうに言うしかありません。

「そうそう」
笑いながら、天空は、天井を見あげて、ゆっくりと視線を落として、私をしっかりと見据えたのです。

「たださ……ワガママは男の罪なんだけど、そのワガママを自分の実家に置いちゃうっていうのは、どうなのって気はするけどね」
「は?」

「だから、旦那こだわりの高級外車は実家に置くんだろ。要するにふだん使いは軽自動車、たまに旦那は実家に戻って、自分のクルマを運転する、と」
「そういうことでしょうね」
「でも、それって、よく考えると、奥さんの言うように無駄、以外のなにものでもないよね」
「そうですか?」
「高級外車と軽自動車、単純に考えてどちらが安全かっていう問題でもある。乗り心地とかさ……そういうところに想像力を働かせたほうがいいよ、この旦那さんは」

家族の安らかな顔を思い浮かべて

天空はさらに言います。

「自分の奥さんと生まれたばかりの赤ん坊……ほんとに大切な家族だよ。その家族を乗っけてどこかに行くのに、中古の軽自動車と高級外車、どっちがいいんだろう……いまどきは、高速道路を逆走してくるクルマだってあるんだよ。よく行くショッピングセンターの駐車場で、向かいのクルマがブレーキとアクセルを踏み間違えて、突然こっちに向かってくる、とかさ」
「ありがちですね」
「そういうことを想像したときにさ、軽自動車と高級外車、どっちを選ぶんだって話じゃない? 自分だけじゃなくて、 奥さんが運転しているのを想像してごらんよ。軽自動車に赤ん坊を乗っけて買いものに行く奥さんと、高級外車を運転する奥さん……その後部座席のベビーシートで眠ってる赤ん坊を思い浮かべてみてよ」

確かに、天空の言うことはすごくわかる気がします。
いま乗っている高級外車は自分だけが運転するクルマ。だから、奥さんも運転できるように、ふだん使いの軽自動車を買う。でも、よく考えてみると、なんのために、どういうシチュエーションを想像して、その高級外車を買ったのか、そこが大切なのかもしれません。

「おれはさ……」
と、ふと、天空は遠い目をしました。
「最初に子どもが生まれたとき……そのころは、ふつうの日本車に乗ってたんだけど……病院で赤ん坊が産まれて、退院ってなったときにさ、その赤ん坊を完璧にくつろいだ状態で、もっとも安全に自宅に届けるにはどうしたらいいかって考えて、ジャガーのセダンを買ったんだよ。でっかいやつ。フワフワしたサスが有名だったんだ、そのころのジャガー」
「は?」
「最初に外車を買ったきっかけが、奥さんの出産だったってことね。出産前はうちの奥さんは実家に帰ってたから、まったく相談せずにジャガーを買って、それで病院に迎えに行ったのさ」
「まさにバブルのころの、まさに男のワガママだ……」
「そうそう……そうかもしれない」

遠い目をしたまま、天空はかすかに笑いました。

「今回の話だとさ……自分の高級外車を自分だけが運転するって思ってたんだろうけど、これから赤ん坊が産まれるんだからさ、ちょっと想像を広げて、奥さんもそのクルマを運転して、赤ん坊がすやすや眠ってて……ってイメージしてみれば、すべては解決するんじゃないかと思うけどねぇ」

せっかく買った高級外車……より有効な使いかたは、わざわざ中古の軽自動車を買い足すってことではないのではないか、というのが、今回の結論です。いかがでしょうか?


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