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最終更新日:2023.07.05 公開日:2022.10.26

【フリフリ人生相談】第395話 「定年間近。独身男性の孤独と不安」

登場人物たちは、いいかげんな人間ばかり。そんな彼らに、仕事のこと人生のこと、愛のこと恋のこと、あれこれ相談してみる「フリフリ人生相談」。 人生の達人じゃない彼らの回答は、馬鹿馬鹿しい意見ばかりかもしれません。でも、間違いなく、未来がちょっぴり明るく思えてくる。 さて、今回のお悩みは? 「定年間近の独身男性。その孤独と不安」てす。 答えるのは、どこにでもいる男代表、山田一郎です。!

松尾伸彌(ストーリーテラー)

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定年……いやな響きです

画=Ayano

今回の相談は定年間近の独身男性からです。

「50代後半、独身男です。
結婚したくなかったわけではありません。
つきあったこともありますが、結婚にはいたりませんでした。
貯金もありません。勤めているのは小さな会社で、
あと何年かで定年で、退職金は当てにはなりません。
この先の人生に暗黒のような不安を感じています。
この不安はどうしたら乗り越えられますか?」

さて、誰に相談するかと迷いつつ、そう言えば、山田一郎ももう若くはないし、定年を意識する年齢ではなかったかということを思い出しました。

というわけで、山田一郎を呼び出しました。とはいえ、家まで来られるのも迷惑なので、JR山手線の恵比寿駅で待ち合わせです。小さなカフェを見つけてカウンター席で話すことにしました。こういうのがいちばんラクチンで金がかからなくて安心です。

「ってことで、定年間近の男性の悩みなんだけどさ。山田くんもそろそろ、そういう年齢じゃなかった?」
と、席についてすぐに悩みの内容を話したあとで、わかりやすい年齢バナシを振ってみました。山田一郎はトロンとした横目で私を見つめ、すぐに手もとのグラスを手にしてオレンジジュースをズズッとすすります。

「きみは、いくつになったんだっけ? そろそろ定年じゃなかった?」
重ねて訊く私に、山田一郎は大袈裟に驚いたポーズで、私を見ます。
「それって、ぼくのこと言ってます?」
「そうだけど?」
「松尾さんは自分が年取ったから、世のなかの人間がみんな年寄りに見えるんじゃないですかね」
「…………」
山田一郎と話していると「絶句する」という言葉を実感できます。このときも、まさに言葉を失って思考も止まりかけました。

「あ、いや、うーん……実はまだ若いんだっけ?」
ようやく言葉を見つけた私です。
「若くはないですよ。でも、定年なんていうのは、まだまだ先の話です」
「そうだっけ……」
なんて少しばかり驚きつつ、山田一郎の言うとおり、自分と同じようにみんな年取っていくんだと勝手に思ってたかもしれない、と、反省しちゃいました。

「ですけど……ほんと、定年って、いやな言葉ですよね。いつまで働くか勝手に定められちゃうわけですもんね。今回の相談もそうですけど、定年が近いっていうだけで気持ちがドンと落ちるのも、わかりますよ」
「うんうん。あと、独身だしね。きみも独身で……どうなの、そのあたり……これから先、どんどんさびしくなるって思わない?」

なんて私の言葉にしばらく沈黙したあと、山田一郎はゆるゆると首を振って言ったのです。
「松尾さんと話していると、絶句するって言葉を実感できますね。ほんと。思わず言葉を失いますよ」

孤独とか不安はダークサイド

山田一郎の言葉に、またまた絶句してしまう私です。まさか、ここで絶句返しをくらうとは思いませんでした。

「定年が近いと不安でしょ、とか、独身だとさびしいでしょ、とか。そういうことを人に言っちゃいけませんね」
と、絶句している私にピシリと言ってくれちゃう山田一郎なのですが、それに関しては反論できません。

「確かに。それは、おれが悪い。そういうこと、言っちゃいけないね」
「言っちゃいけないし、思ってもいけないんですよ。それはダークサイドですから。不安だ、孤独だ、なんて思えば思うほど、そうなっちゃいますからね。そんなところで落ちこんでたって、不安も孤独も消えませんから。前向きに生きる、上を向いて歩く、ってことが大切なんじゃないですか」

まさに、山田一郎らしいセリフです。他人がどう思おうと、のほほんと、自分勝手に生きる。これこそが大切。

「まさに前向き男、山田一郎らしいお言葉だね」
からかうわけでもなく、そうつぶやいてみました。
「そうですよ」
山田一郎は、尻尾を振る犬みたいな顔でうなずいています。

「ずいぶん前だけど、将来の夢は世界征服って言ってたもんね」
そんなことを思い出して、私は笑ってしまいました。「夢は世界征服」なんて、そんじょそこらのプラス思考の人間でも言えません。
「それは、いまでも思ってますね。世界征服!」
照れずに言いきる山田一郎です。

「っていうか……」
山田一郎の尻尾は、ゆるゆるとまわり続けています。
「不安だとか孤独だとかのダークサイドに落ちるくらいなら、前向きのほうがよくないですか。定年の前の日に宝くじが当たるかもしれないんですよ。それで一発大逆転ですよ、世界征服も夢じゃない」

宝くじに当たっても世界征服ってわけにはいかないと思いますが、口にするのはやめておきました。
山田一郎の言うとおり、あれこれと落ちこんで考えこんで暗くなるより、根拠はなくても前向きに生きていたほうがいいことが起こる気はします。犬も歩けば棒に当たる。でも、出歩かないことには棒にすら当たらないってことです。

「とにかく明るく前向きにってことね」
なんて言いつつ、笑顔を浮かべることにします。

「あとは、生きがいですよね。それさえあれば、なんとかなる」
「ほお、生きがい? たとえば、山田一郎の生きがいってなに?」

人生120年の生きがい

「そりゃあ……花子ですね」
と、山田一郎は、照れもせずに言いきりました。
「花子って、由佳理の娘?」
「そうです」
「高橋純一のひとり娘だよ」
「そうです」
「他人の子どもが生きがい、なのね……」

別れた妻が再婚してから産んだ子どもです。離婚してからもあまりに仲がいいので、もしかすると山田一郎の子どもかもしれないなんて噂もありますが、それでも他人の家の娘です。

「それは、すごいね」
としか、私には言えません。

「ほんとにそうなんですよ。あの子の顔を思い浮かべるだけで、なんだかやる気が出てくるんですよ。生きる活力っていうか……だから、そういう生きがいを見つけるといいんじゃないですかね。甥っ子とか姪っ子でもいいし、いや、年齢的には甥っ子たちの子どもかな……なんなら、近所の保育園とか幼稚園とかを観察して、かわいい子を探すとか……」
「いや、それはまずいでしょ。いまどき近所の保育園児を生きがいにしちゃあ、あぶないおじさんになっちゃうよ」
「そうですか?」
「そうだよ。通報されちゃうよ」

「あと、ボランティアとかね。世のため人のため、なんでもいいからやってみるといいんじゃないですかね」
「それはそうかもね」
「ネットで探せば、真っ当なボランティア活動ってすぐに見つかりますよ。お金にはならないけど、孤独だ不安だってダークサイドに落ちてるよりいいじゃないですか」
「まぁそうだね」
「盆栽もいいし……あと、楽器とかね。流行ってるらしいですよ、年取ってから楽器をはじめるの……ペットを飼うとか、ブログ書いてもいいし……いろいろ生きがい探しをするだけでも活力が湧くんじゃないですか」
「確かにね」
「年取っても仕事はいっぱいありますよ。若い人が少なくなってるんだから、やることはどんどん増えると思うんですけどね。人間は120年は生きられるんですよ。60になっても、人生まだ半分。不安がってても仕方ないんです」

うーむ。山田一郎に「60歳でも人生半分」などと諭されて、私はどんな顔をすればいいのか、わからなくなっていました。

この先60年……あまりに先が長すぎて、不安とか孤独を感じている場合でもない気がしてきました。もう一回小学校に入り直そうかとさえ思える年月です。それはそれで不思議に楽しい気持ちになってくるのは、やはり、私が老人の粋に達してきたってことなのでしょうか。

ちらりと横を見ると、山田一郎の尻尾が、まだゆっくりとまわっているような気がしました。


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