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最終更新日:2022.08.28 公開日:2022.08.28

【フリフリ人生相談】第391話「転職サイトのCMを見てアセる」

登場人物たちは、いいかげんな人間ばかり。そんな彼らに、仕事のこと人生のこと、愛のこと恋のこと、あれこれ相談を続けてきた「フリフリ人生相談」もいよいよシーズン5。 人生の達人じゃない彼らの答えを聞いていると、こちらがどこか達人になった気がするから、あら不思議。きっと人生の悩みごとって、そういうものかもしれません。馬鹿馬鹿しい意見を聞いていると、未来がちょっぴり明るく思えてくる。そんな気持ちで、さて、今回のお悩みは? 「転職サイトのCMを見てアセる」 そんな問題に答えるのは、埼玉の青年実業家、高橋純一です!

松尾伸彌(ストーリーテラー)

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自分の稼ぎは正当か?

【フリフリ人生相談】第391話

画=Ayano

「フリフリ人生相談」シーズン5。今回の登場は、高橋純一。埼玉の青年実業家(もう青年でもないけど)です。私は必ずカギカッコつきで紹介してきたわけですが、年齢は私と同じくらいか、少し下……まぁとにかく、そろそろ老年なので、青年実業家って呼ぶのはやめます。

高橋は、埼玉県内にいくつかの会社を所有しています。全国区ではないので有名ではありませんが、それぞれ、埼玉県内ではトップクラスの業績を誇るらしく、埼玉県の実業界ではもはや重鎮らしいです。

高橋純一に取材するときは、コロナ禍もあり、リモート形式が多かったのですが、今回は久々に直接会うことにしました。正直言って、私が積極的に会いたいという人物ではないのです。話しても、あまりおもしろくない。顔がMr.オクレにそっくりなので、とぼけた味でなごませてくれるかと思いきや、まったく冗談が伝わらないタイプなので、疲れる。

しかも……。

今日もそうなのですが、会うとなると、なぜか、大宮駅近くのビルの小さな会議室。四畳半くらいのスペースで窓もない。ここは取調室ですか? という感じ。そこに、小さなテーブルをはさんで、Mr.オクレとふたりきり。暑苦しいというより、身の置きどころのない、心も落ちつかない、とにかく、いやぁな感じ。

由佳理と住んでいる自宅は料亭旅館みたいな豪華さなんですよ。埼玉ならみんな知ってる会社をいくつか所有しているんです。ビルの最上階であたりが一望できるスペースだって、準備できないはずはないのです。なのに、私と会うときは、いつも、この部屋。

いやがらせ? なんなの、これは……と、私はいつも思ってるわけですね。

「というわけで、今回の相談は、ですね……」と、要件を早々と口にする私です。もう、こいつとはずっとリモートでいいや、と、心に言い聞かせたりもします。

「30代の男性から、なんですけど……。転職サイトのCMなどを見るたびに、もっと稼げる会社があるのではないか、いまの会社で、自分は正当に評価されているのだろうか、などと不安になり、転職するなら早いほうがいいかも、と、焦ったりしています。そういう気持ちをどうすればいいでしょうか。また、転職を考えるときに大切なことは、なんですか……」

と、質問を読んで、目の前の高橋純一を見ると、まったく表情を変えずに私を見つめています。
「最近、ほんとに転職CMってよく見ますよね」と、思わず私から声をあげてしまいます。
「有名タレントもいっぱい出てくるし、ある意味、転職産業みたいなものが活況ってことなんですかね」

高橋純一は、眉毛のあたりを少しだけゆるめました。
「実際、転職情報関係の会社を、私、やっております」
「あ、そうなんですか」と、興味がわくので会社名などを聞くのですが、彼はいつも具体的なことは言いません。
「言ってもご存知ないですよ」

そう言われるたびに、確かになぁなどと思いつつ、私のなかでも急速に興味が失せていくのです。

やりたい仕事、とはなに?

「究極のあたりを考えますとね」
しばらく考えているような顔つきを見せたあと、高橋は、静かに語りはじめたのです。

「情報がもっと円滑に流れて、かんたんにアクセスできるようになればなるほど、自分の条件に合った仕事というものが見つかるようになります」
「…………」
「究極の選択として、毎日ゲームをやって、お金になる仕事があったとします」
「それは、プロのゲーマーってことですか」
「違います。いまの仕事が自分に合わないとか、好きじゃない、つらい、なんて話が、うちの社員たちからもよく出てきます。そういうときに、私は聞くわけです、じゃあ、どんな仕事なら、自分はやりたいと思う? って……」
「はあ、なるほど」
「すると、まぁ、いろんなことを言いますよ、みんな。でも、なかには、なにをやればいいのかわからない、とか、自分が打ちこめるものが見つかってないと言う人もいます」
「いそうですね」
「そういう人にね、私、聞くわけです。じゃあ、たとえば、一日中カラオケで歌ってていいとか、ゲームしてていいとか、サーフィンしててもいいとか、そういう仕事を私が見つけてきたら、やる? って聞くと、まぁだいたい、みんなキョトンとします。私が会社をつくって、そこの従業員は、毎日ゲームしたり、カラオケしたりするのが仕事なんだよって説明すると、もちろん、やりますって言います」
「そりゃ、言いますよね」
「結局、転職サイトみたいな情報……だけじゃなくて、フリマサイトとか、マッチングアプリとか、とにかく、情報が緻密に個人と個人をつないでいくと、究極は、誰かがパソコンの前で絵本を読んであげると、ブラジルの赤ちゃんがそれを聞きながら眠る、ってことになります。そこにビジネスをからませるかどうかが、実は私たちの仕事、みたいな……」

最後のひとことを言ったあとで、高橋純一はなぜか照れたような顔をしました。

自分が我慢していることに気づいたら

「とにかくね、こうすることで、みんなが頭のなかで、自分のやりたい仕事をイメージできたわけです。いまやってる大きいプロジェクトを完成させたいって人もいれば、実は料理人をやってみたかったって人もいれば、カラオケで歌ってていいなら毎日そうしてたいって人まで、とにかく、それぞれの希望する仕事が決まるわけですよね。そういう究極を考えたうえで、さて……」

と、メガネの奥の目を細くして、高橋は私を見つめました。

「いまなにかの仕事をしてて、転職サイトを見て、自分の稼ぎは正当か、って思っちゃうんだとしたら、それは、やりたいことをやってないってことではないですか。だいたい、働いてる人が報酬の話をするときって、我慢してるときです。なにか問題があって我慢する。会社の方針とか上司の態度とか、部下の能力とか、責任と義務とか、いろいろありますけど、結局のところ、我慢。我慢してるんだから、金をくれって話になる。でもね、そもそもの話、我慢することを仕事とは言わない。我慢が仕事になった時代もありました。肉体労働とか単純労働に多いですけど、黙々と我慢してやらせて、それが仕事だなんていまだに思ってたり思わせてたりする経営者は、古いんですよ」

「…………」

私は、黙って、高橋純一の言ったことを考えていました。転職サイトを見て「自分の稼ぎは適正か」「もっとほかに稼げる会社があるんじゃないか」と不安になったりアセったりしちゃった今回の相談者……30代の男に、ずばり答えるとすれば……。

転職しなさいってこと?

「転職するのが、いいんですかね」と、私は高橋に、ため息のように聞いていました。
「この相談者さんに言うべき答えは、転職を考えなさい、転職サイトに登録して、いろいろ情報を得て、転職をやってみなさい、と?」

「最低限、そうでしょうね。なんなら、職種そのものを変えてもいいんじゃないですか。とにかく、ようやくいま、この30代の男性は、転職サイトのコマーシャルを見ながら、自分が我慢していることに気づいたんですよ。同じことやって、ほかでどれくらい稼げるかなんて、頭に浮かんだ段階で、ミスマッチです」と、言いきってくれちゃう高橋純一です。

私は、少しばかり驚いてしまっているのでした。

せまく殺風景な空間で、コメディアン顔の男に、みょうに説得力のある話をされて—-。

このうえ、「カツ丼でも食べるか?」なんて言われたら、なんでもしゃべってしまいそうです。

毎日カラオケで歌って給料くれるなら、高橋純一の会社で働きたいか……。と、ふと、考えてみました。悪くはないけど、ここでマイクを握るのはいやだな、とは思います。

目の前で、高橋純一が、なぜかうっすらと笑いました。


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